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執務十二:二人の黒い執事-5

 二人は居間で、本当にトランプ遊びをしていた。流石チェンバレン氏。停電になって間も無いが、もう燭台を立てている。部屋の中は割と明るかった。

「丁度良い所に来た。二人でババ抜きをしていても、ちっとも面白くなかったんだ」

 それはそうだろう。普段なら直ぐ様言葉を返す所だが、チェンバレン氏は黙っていた。矢張りアディントンの脅迫が気になっているらしい。

 そんな彼に何と言えば良い。私も知ってしまいました、だなんて、簡単には口に出せない。

「……どうかなさったのですか?」

 チェンバレン氏は立ち上がり、執事然として尋ねた。取り敢えずの所、私は正直に話を進める事にした。

「今まであの人に捕まっていました。それでさっきの停電を機に逃げ出して……」

 おやおや、とチェンバレン氏は笑うが、表情が硬い。

「もしや、アレが何か良からぬ事をしましたか?」

「いえ。ただ話を……」

 言おう。言わなくては。

 そうだ。私は彼を軽蔑したりしていない。私がしないのだから、ワイアット卿だって、いや寧ろワイアット卿だからこそ尚更に、どうとも思わないだろう。私が彼を傷付けてしまっても構わない。彼が私を憎んだり恨んだりしても、ワイアット卿さえ彼の傍に居てくれたら、私はそれで良い。

 決心して、深く息を吸ってから、一呼吸の内に言った。

「……先程の話の、続きを聞きました」

 氏の目が大きく丸くなる。ああ――言ってしまった。もう後には引けない。一応ワイアット卿が、もしあの時に立ち聞きしていなかった場合に、何も解らない様な言い方を心掛けた。ワイアット卿に対してどうするかを決めるのは、彼自身なのだ。

「アレが、貴女に?」

 まさか、という風に聞き返す。私はこっくり頷く。もう良い。私は悪者でも良い。ただ私はチェンバレン氏を蔑んだりしないという事だけ、解って貰えれば。

「一部始終を聞きました。けど、私はどうとも思いませんでした。だって、私には何の関わりも無い事ですし、貴男は昔から凄いひとだったのだと……」

「関わりが無い事ですって?!」

 私の言い訳じみた言葉に、チェンバレン氏は語気を強めた。怒っているのかと思いきや、そうではない。一層に驚いた様だ。

「それはだって、貴男は執事で、私は使用人で……」

 しどろもどろになる。もう何を喋って良いのやら解らない。叱られている子供の様だと、我ながら思った。

 私が言い淀んでいると、氏の左頬がひくりと痙攣した。そして、急に笑い出した。

「ハ、ハハハ、ハハ、ハ。何て事だ。いや、これは……傑作だ!」

 次第に笑いが激しくなる。肩を揺らしていたかと思えば、もう腹を抱えて、何かが壊れたのかと思うほど、笑い転げた。

「ハッハッ! 愉快だ! 痛快だ! 実に面白い!! ハハハハハ! トーマスの馬鹿め! 笑わせる!!」

 何だか怖い。嘲笑いと言うか、高笑いと言うか、馬鹿笑いと言うか。笑い死にをしてしまうんじゃないかというほど、声を上げて笑っている。

 遂には呼吸が苦しくなったのか、私の肩に手を置いて、ぶるぶる震え出す。ヒッ、としゃっくりみたいな声を断続的に上げている。必死に笑いを堪えかねている様子だ。

 何が何だか解らないが、兎に角怖い。こんな崩壊したチェンバレン氏は怖い。しかもそれが、蝋燭の火の、ぼんやりとした明るさの中でだから、より怖い。

「お、おいセバスチャン……?!」

 ワイアット卿が心配げに立ち上がる。声を掛けられたのをきっかけに氏は、ドワッ、と吹き出した。

 氏は笑いが引くのを待って、燭台を手に客間へ向かった。私もワイアット卿も、何が何だか解らないまま、彼の後に続く。

「トーマス・アディントン!」

 氏はドアを盛大に開け放って叫ぶ。アディントンは飛び上がって驚いた。私がランプを持って戻るのを、しおらしく待っていたらしい。

「わたしを脅そうとした内容というのは、例えば浮浪者だったのを隠していた事ですか? それとも、娼婦のオモチャにされていた事ですか?!」

「えッ?!」「なッ……!」「何だって?」

 氏の他三人が声を上げたのは、同時だった。ワイアット卿は元より知らなかった事だが、隠さなければいけない事実を大声で叫ぶチェンバレン氏に、私もアディントンも驚いたのだった。また笑いが込み上げてきたのか、氏は、フフフ、と含み笑う。

「まったく、なんて人騒がせなひとです。わたしがそんな『些細な事』でビクビクするとでも御思いですか!!」

 ぴしゃりと言い放つ。私もそう思っていたのだが。

「何を『どうでも良い事』で勝ち誇っているのですか。まるで駄目じゃありませんか。ミラー家の執事ともあろう御方がそんな事でどうします。恥を知りなさい!」

 彼はもう、水を得た魚の如く活き活きとしている。アディントンなど怖くない。彼の身体が全身で勝利の雄叫びを上げている。

「さあ、その惨めな顔をぶら下げて出て行きなさい。そして血眼になってわたしの粗を探り、そして御自分の甘さを思い知りながら絶望すると良いのです。さあ、お行きなさい!」

 あまりの剣幕に、アディントンは諸手を挙げて逃げ出した。この暗闇と雨の中を。

 私もワイアット卿も、ただぽかんと口を開けているしか無かった。

 これは一体、何だったんだろう。


 アデルは腕で目を覆い隠しながら、呼吸が荒れるのに任せていた。

「……どおりで……」

「はい? 何か仰いましたか?」

 ベッドの端に腰掛け、シャツのボタンを留めながら、セバスチャンは笑う。

「通りで……こんな……僕より若い頃から屋敷に入ったのに……」

 喘ぎの合間から何とかそう言う。

「嫌ですか? 御坊ちゃんは」

 答えを予測した上で、セバスチャンは尋ねた。

「……いや……イイ……」

 アデルは喉を鳴らして、唾を飲む。セバスチャンは吹き出し笑いを漏らし、

「それは良う御座いました。幻滅なさったのではと心配していた所で御座いますから」

「……あの笑い方にか?」

 セバスチャンは堪らず、ハハハ、と声を出して笑う。

「御冗談を」

 ボタンを留め終えて一息吐き、話を少しだけ戻した。

「わたしは『される側』限定でしたから、あまり関係は無いと思いますが。ただ、された事の記憶を頼りにしていた所は、確かに……」

「セバスチャン。もう良い。やめろ」

 アデルは遮った。おや、とセバスチャンは振り向く。

「焼き餅で御座いますか?」

「……違う」

 腕の下から目を覗かせて、見返しながらアデルは答えた。

「お前はもう、僕だけのセバスチャンだ」

 セバスチャンは一瞬真顔に戻り、アデルを見詰める。それから柔らかく微笑んで、

「……左様に御座いますね。わたしはもう、貴男だけのセバスチャンに御座います」

 その言葉に、どちらからともなく腕を伸ばし、手を握り合った。

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