執務十一:誕生日の夜-3
急遽催されたワイアット卿の誕生日会は、僅か五人の出席者で行われた。大きな食卓の一番端にワイアット卿、その右斜め前にはレイチェル嬢が座り、その向かいはキーツ伯爵。ワイアット卿の横でチェンバレン氏が構え、私はレイチェル嬢の後ろに立っていた。
テーブルには三皿、お茶請け程度の大きさに切り分けられたミンスミートパイが載っている。キャンドルや誕生日会らしい気の利いたものは一切無かった。これではアフタヌーンティーだと言われても解らない。
「君に僕ら以外の友達は居ないのかい?」
キーツ卿の単刀直入の質問に、ワイアット卿は、
「居る訳が無いじゃないか」
と当たり前の事の様に答えた。少し疲れて見えたのは、多分レイチェル嬢の所為だろう。
「せめてとんがり帽子を持って来たら良かったのかしら?」
レイチェル嬢は深刻な顔をして言う。
「あったって被らないぞ、僕は」
「あら。絶対似合うのに。ねえ、お兄様?」
そうだね、とキーツ卿は頷く。
「子供らしくて良いだろうにね」
「茶化すな、レイモンド」
ワイアット卿は口を尖らせた。
「まあ、何はともあれ」
そう言いながら、キーツ卿はティーカップを掲げる。彼は出来ればシャンパンが良いと所望したが、生憎この屋敷に酒は無かった。
「十七歳の誕生日だ。おめでとう」
「おめでとう、アデル!」
続いてレイチェル嬢が手を叩いて祝う。しかしチェンバレン氏は無言だった。執事が祝っても無礼には当たらないはずだが、何故か彼はそうしなかった。私も氏に倣って何も言わなかった。
「ありがとう」
特に照れるでもはにかむでもなく、言葉を返す。嬉しくないのだろうか。
それから三人――主にキーツ兄妹で、たわいもない話をしながらパイを食べる。レイチェル嬢は美味しいと繰り返しながら休むことなく口に運び、キーツ卿は貴人らしく一口毎にゆったりと食べた。ワイアット卿は、最初のうちは大きめに景気よく食べていたのだが、段々量が無くなってくると次第にフォークで切る大きさも比例して、最後の方に至っては、惜しむ様に小さな小さな一欠片に切り取って口に運んでいた。きっと彼は毎日食べたって飽きないだろう。
「……何だかとても詰まらない」
やおら、レイチェル嬢が酷く残念がった。いつも楽しげにしている彼女が言うと、とても惨めなものを感じる。キーツ卿はそれを聞いても黙って口元を拭き、当のワイアット卿は寧ろ皿が空になったのを残念に思っている様だった。
チェンバレン氏が皿を下げていると、
「これからどうするんだ?」
ワイアット卿は二人の次の予定を尋ねた。誕生日会もその余韻も楽しむ様子が無い。
「そうだね。ぼくは帰っても良いんだけど……」
「まだ早いわ!」
兄の言葉を遮って、レイチェル嬢が声を上げた。
「まだアデルと一緒に居たいもの」
レイチェル嬢は素直だ。
「……と、まあ、妹もこう言うし、今日の所はこちらに泊めて頂くつもりだけど」
キーツ卿はニコニコと笑って、お邪魔じゃなければ、と付け足した。
「いや、別に構わない。そうだろ、セバスチャン?」
「御部屋なら沢山空きが御座いますから」
皿を片付けたチェンバレン氏は、抑揚無く答える。
「じゃあ決まりだね。ぼくと妹とで二部屋頼むよ」
そう告げるキーツ卿の後で、レイチェル嬢は再び大声を出した。
「待って! 提案があるんだけど……」
レイチェル嬢は言い掛けて立ち上がる。そしてテーブルに両手を突いて、ワイアット卿を見た。
「今晩はアデルと一緒の部屋が良い」
ワイアット卿は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになって、盛大に噎せた。一瞬、チェンバレン氏の眉毛がピクリと痙攣した。
「レ、レイチェル! いきなり何を言い出すんだ」
咳をしながら怒る。レイチェル嬢は、えー、と不服そうに、それでいて楽しそうに言う。
「良いじゃない。婚約者同士なんだし」
それはそうかも知れないが、同じ部屋に泊まるという事は、同じベッドで寝るという事だ。その辺の事を理解した上で言っているのだろうか。
ふと、昨晩の事を思い出して、耳が熱くなった。
「ね。良いでしょ? お兄様」
同意を求められて、キーツ卿は紅茶を啜りながら唸った。
「駄目」
「何で?! お兄様は結婚に反対なの?」
それとこれとは別だと思うが。レイチェル嬢は続けて兄に懇願する。
「ね、お願い、お兄様。お兄様が許してくれたら、あたしお兄様の事もっと好きになっちゃう」
キーツ卿はそう言われて、苦笑しながらも嬉しそうに言う。
「可愛い妹にそこまで言われちゃったら、言い返せないなあ」
「おい、こら、レイモンドッ」
ワイアット卿は目くじらを立てるが、相も変わらずキーツ卿は何処吹く風だ。
「そうだなあ。それじゃあ、執事君はどうなんだい?」
「は……?」
突然に尋ねられてチェンバレン氏は思わず聞き返した様だが、その顔には依然として無表情が張り付いている。
「妹の世話まで君に頼む訳にはいかないからね。そうなると寝室にはそこの彼女に行って貰う事になる。その点に於いて君はどうなんだい?」
「わたしは……」
一度そこで言葉を切った。彼がどう思っているのかは、今の私には手に取る様に解った。
「……何も問題御座いません」




