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執務十:理解者-3

「今日も良い天気だねえ。こんなに清々しい朝なのに、どうしたんだよ、その顔!」

 ジョンが私を指差して言う。

「……何でもない」

「本当に、どうかしたんですか? 体調が悪いみたいですけど……」

 嫌な女だ。白々しい。もっとも、彼女は私が見ていた事など知らない訳だが。

「本当に何でもないから、放っておいて。お願いだから」

 誰も信じられない。

 何故だろう。私には関わりの無い事のはずなのに、これ程陰惨な気分にさせられているのは。

 アリアに嫉妬している? ワイアット卿を軽蔑している? 或いは両方? 違う。

 私の中に構築した世界観が間違っていた。全て私の思いこみだった。一方的な勘違いだからこそ、脆弱にも崩壊してしまったのである。

 違う。違う違う、違う。絶対に認めない。

 私には信じるべきものがあって、守るべきものがある。

 信じるべき人が居る。私一人の力ではどうしようがなくても、相談すればきっと力になってくれる人が居る。彼に相談しよう。彼に相談しなくては――。


「旦那様が?」

 一通りを聞き終わって、チェンバレン氏は、ほう、と感心した様に頷いた。

「彼女が何を企んでいるのか解りません。でも私には……」

「そこに別の目的がある様に見えた、と」

「ええ」

 やはり彼に話して正解だった。話が解る。落ち着いて私の話を聞いていてくれる。こんな人を裏切る様な事をするワイアット卿が、少し憎らしく思えた。

 いやはや、とチェンバレン氏は苦笑する。

「そういう事に興味の出る年頃とは思っていましたが、なかなかやるものではないですか」

「そういう問題じゃありませんよ! 早く何とかしないと……」

「何とか、とは?」

 チェンバレン氏は真顔に戻って言う。

「彼女を問い詰めて事を正しますか? それではしらを切られればそれまで。難癖をつけたと逆にこちらが責められる事になりかねませんね」

「それなら、旦那様に注意を促せば……」

「それもやめた方が良いでしょう」

 即座に否定される。

「誰が旦那様の寝室を覗き見た事にするのです? 貴女ですか。それともわたしですか? いずれにせよ旦那様は大いに傷付く結果になるでしょう。本末転倒ですよ」

「じゃあ……」

 どうすれば良いと言うのか。チェンバレン氏は聡明だ。彼の考えに狂いは無い。それだけに、全てを否定されたのでは、八方塞がりではないか。

「どうもしない方が良いでしょうね」

 チェンバレン氏は意外にも放り投げる様に言った。

「どうもしない、って……」

「指を咥えて見ていましょう、という意味ですよ」

「しかし、それでは……!」

 あんまりだ。私には納得がいかない。

「……それで、貴男は宜しいのですか?」

「と、言いますと?」

 小首を傾げて聞き返される。

「貴男は平気なのですか? 旦那様が、あんな……」

 とても口に出せない様な事をして――いや、されていて。ああ、と彼は笑って答える。

「わたしは保護者ではなく執事で、あの方はまだ御子様と言えワイアット家の御当主。何やかやと口出しをしてはかえって失礼というものです。まだわたしが苦言を呈するべき事態とは言い難いものがありますし。そもそも、そろそろ自己管理も出来なくてはなりませんからね。ここは静観していようじゃありませんか」

 言葉を失った。信じられない事を言う。とてもあのチェンバレン氏の口からの発言と思えなかった。彼の言葉からは、少なからず彼自身の保身の意味が込められている様に感じられたのだ。

 正直言って、失望した。

「と、言う訳でその事柄にわたしは関わり合いを持ちませんので。貴女も関与しない方が良いでしょう。恐らく何をしても傷付くのは貴女と旦那様ですからね。もし気になるのでしたら、また静かに覗き見ていれば宜しい」

 冷たく言い放つ。

「……解りました」

 もう、彼には相談しない。彼ならワイアット卿を守ってくれると信じていたのに。裏切られた気分だ。

 私が背中を向けると、

「もし御金が動く様でしたら御一報下さい。その時はわたしから然るべき処置をしますので」

 ワイアット卿と金とどちらが大事なんだ。そう言い返しそうになったが、馬鹿らしくなってやめた。


「どちらへ行かれていたんですか」

 仕事に戻ると、アリアが心配そうな顔を作って私に声を掛けてきた。

「……気分が悪くなったから、お手洗いに」

「トイレなら先程全部掃除して回った所ですけれど」

 あ、と彼女は手を打つ。

「そういえばチェンバレンさんに声を掛けていらっしゃいましたよね。それで……」

「待って。変な勘ぐりは……!」

 言い返そうとしたのに、あら、とアリアは窓の外に目を遣る。庭をワイアット卿が散歩しているのが見えたのだ。ワイアット卿もこちらに気付いて、アリアと視線が合う。彼女がニッコリ笑うと、ワイアット卿は慌ててそっぽを向いた。耳が赤い。

 誰も彼を守らないなら、私が守らなくては。アリアの笑う横顔を見ながら、私はそう決心した。

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