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執務十:理解者-2

 こうして、アリアとのやりづらい仕事が始まった。

 この屋敷の中では私の方が先任である。その点はアリアも承知している様で、私に対する物腰は丁寧で謙虚だ。しかし仕事の上では彼女の方が相当上手で、私が一か二こなす間に、彼女は十も二十もしてしまう。置いて行かれる様で、何だかしゃくだった。

 ジョンはすっかりアリアに熱を上げている様子で、自分の仕事そっちのけで彼女の様子を見に来ていた。物陰からこっそり覗き込んでは、ニヤニヤとしている。

「ジョン」

 アリアはそれに気付いていた様で、廊下の角に身を潜めたジョンに向けて声を上げる。

「貴男は仕事をなさったらどうかしら?」

「は、はいィ!」

 飛び上がって逃げて行く。彼女はまるで女版チェンバレン氏だ。一言であの口の減らないジョンを動かしてしまった。

「全く。どうしてあんな人が三年も続いているのかしら」

 不服そうに言う。真面目に仕事をしている人間からすれば、彼の様な存在は酷く疎ましい。気持ちが解るだけに、私は苦笑する他無かった。


 その夜、私は何と無し寝付けずにいた。今まで一人きりだった部屋に別の誰かが居る環境に、どうしても慣れなかった様である。会話もそれほどしていないから、彼女とはまだ赤の他人に近い。こんな夜こそ女同士で語り合うのも悪くないかも知れないが、私には出来なかった。

 寝よう寝ようと思えば思うほど、眠気は遠ざかっていく。そうして時間ばかりが過ぎて、とっぷりと夜が更けていった。背中を向けたアリアは寝息を立てている。仕事の出来るひとは体力の管理も上手い様だ。

 私も無理に深いの呼吸を作り、瞼を閉じる。しかしいくらそうしても眠りに落ちる気配は無かった。

 と、やおらに背後で衣擦れの音がした。アリアが寝返りでも打ったかと思ったが、そうではないらしい。どうやら彼女は起き上がっている。便所に行くつもりか、ベッドから降りて床の軋む音が聞こえた。しかしどうにも様子がおかしい。彼女は私の傍まで歩み寄って、私の顔を覗き込んできた。私は目を閉じたまま、狸寝入りを決め込む。特に理由など無かった。私が眠っていると確かめると、アリアはランプを持って部屋を出て行った。

 不審な行動だ。私も起き上がって暫く考える。昼間から一日中彼女と行動を共にしていたが、怪しいと思う事は一切無かった。思い過ごしかと思ったが、しかし、気になる。どうせ眠れないのだから、そう自分に言い訳をして、彼女の後をつける事にした。

 ドアをゆっくり開けてそっと覗き込むと、丁度廊下の角を曲がる所だった。忍び足で後を追う。

 彼女の向かう先はやはり便所ではなかった。トイレのドアを通りすぎ、玄関ホールに向かう。ホールに出ると、大階段を上って二階に上がって行った。

 まさか。鼓動が早くなるのを感じた。二階にはワイアット卿の部屋がある。廊下掃除をしながら、屋敷の部屋割りを彼女に教えたのは私だ。

 案の定、彼女が足を止めたのはワイアット卿の部屋の前だった。そこで一度周囲を伺うと、ノックもせずにゆっくりとドアを開ける。鍵は掛かっていなかった。もうワイアット卿は就寝しているはずだ。彼女を咎める声はしなかったし、彼女も無言のまま部屋の中に姿を消した。

 私は急いで部屋まで行き、ドアに聞き耳を立てる。足音が遠ざかっていくのを聞いて、そっとドアノブに手を掛け、薄く開き覗き込む。

 アリアはランプを灯したままテーブルに置き、そっとワイアット卿のベッドに歩み寄った。何をする気だろう。アリアの思惑は知れないが、もし彼に手を掛ける様な事があれば、私が自らを犠牲にしてでも彼を守らなくてはならない。そんな使命感を燃え上がらせていた所、予想外の事が起きた。

 アリアは寝間着の肩をずらすと、それを一気に脱いだ。薄手のワンピースはするりと身体を滑り落ちて、アリアはズロース一枚の後ろ姿を見せた。そして彼女はたった一枚残された下着すら脱ぎ去って、とうとう全裸になる。

 私には何が起きているのか解らなかった。夜中に部屋を抜け出し、主の部屋に忍び込むやいなや服を脱ぐ。思わず声を上げたくなる程、不可解だった。

 一糸纏わぬ姿でベッドに忍び寄り、音も立てずに乗り上がる。出て行って止めるべきか否か迷っているうちに、声が聞こえた。

「……アデル様。起きて下さいませ。アデル様……」

 アリアがワイアット卿に囁いている様だった。ワイアット卿の唸り声が聞こえた。

「んん……誰だ? 僕はまだ寝てる……」

 まだ意識がはっきりとしないのだろう。舌の回らない声でそう言った。

「……まだ暗いじゃないか。誰だ、お前?」

 漸く目が覚めてきたのか、少し大きな声を出す。シッ、とアリアは声を潜めた。

「今日からこのお屋敷に務めさせて頂いています、アリアで御座います」

「ああ、聞いている。けど……お前、なんでそんな格好……?」

 訝しんでいる様子だ。

「決まっているでしょう? 旦那様。存じませんか?」

 そう言って、あろう事かワイアット卿の唇を、奪った。

「……男と女のする事を」

 アリアは毛布を取り払い、ワイアット卿の上に跨る。

 彼は、拒絶しなかった。

 私の中で何かが音を立てて崩れ落ちる。

 私は走ってその場から逃げ出していた。

 嫌だ。こんな事は認めない。

 布団を頭からかぶって、その中で泣いた。

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