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執務六:買い物騒動-1

 今日もまた車に揺られている。余所行きの礼服を一着、先日のキーツ家訪問で駄目にしてしまったから、新調すべく買い物に出掛けたのである。今日の座席は先日とは違って、助手席に私、後部座席にワイアット卿とチェンバレン氏が並んで座っている。

 二人の関係は回復したと言うより、改善したという印象だ。何かが特別に変化したと言う訳では無いが、何となく、距離が縮まった感じがする。

 また軽い口論をしているが。

「駄目です」

「良いじゃないか。乗馬服も近頃キツくなって来てるんだぞ。ついでに買ったら良いじゃないか。合わせて鞍と手綱と、それと鞭……ああ、あとブーツも欲しい」

「駄目と言ったら駄目です。今のままで十分事足りているでは御座いませんか」

「またそうやって、女装で乗馬する羽目になったら怒るぞ」

「ハハハ。旦那様も冗談が言える様になりましたか」

「冗談じゃ無いッ」

 ワイアット卿も落ち込んでいる様子は無いし、チェンバレン氏も苛ついていない。ついこの間までのわだかまりなど忘れてしまったかの様で、微笑ましい。

 到着した商店街は、私の知っているそれとは大きく異なった。見渡す限り高級店ばかり。ショウウィンドウに並ぶのはドレスや革のバッグ、宝石店もある。飲食店はドアマン付き。カフェらしき店もあるが、とても庶民が気軽に入れるような雰囲気ではない。通りを行く人々もステッキを持った紳士に、つばの広い帽子をかぶった淑女ばかり。つまりは富裕者向けなのだ。

「ところでですけど……」

 私は当然抱くべき疑問を尋ねた。

「どうして私を?」

 私は酷く場違いだ。それにワイアット卿の服を見るだけなら、私を連れてくる必要は無い気がする。

「誰でも良かったんですよ」

 チェンバレン氏はあっけなく答えた。

「所謂荷物持ちです。ミスター・ジョンでも良かったんですが、彼は役に立ちませんから」

 つまり、暇そうな私が抜擢されたという、それだけの事なのだ。良い気分はしないが、二人を傍観出来るのだから、役得と言えるかも知れない。

 真っ先に向かったのは洋裁店だった。店主は恰幅の良い中年紳士で、値段の張りそうなスーツを着ていた。

「お子様のお洋服ですかな? でしたらこの生地など如何でしょ」

 そう言って出してきたのは、少し安い――と言っても私の考えからすれば高級だが、しかし他のと比べればだいぶ見劣りする価格の生地だった。

「僕の事馬鹿にしてるのか?」

 ワイアット卿は無表情に言った。

「一番高い生地を見せろ」

 怒っている。店主は眉毛を吊り上げてから笑った。

「ボクにはこのくらいのが良いと思うけどね。汚れたり破れたりしたら困るでしょ?」

 この発言がワイアット卿の琴線に触れた。そして怒鳴ろうと口を開いたが、それより先にチェンバレン氏が声を上げていた。

「わたしの主を侮辱しないで頂こう。ごちゃごちゃ言わずに出しなさい」

 静かだが、それでいて凄味のある声。流石に店主も口を閉じ、すごすごと奧に引っ込んで行った。

 そうして選んだのはチェック柄の生地で、仕立てる服はベスト、ジャケット、半ズボン。これだけで私から見れば目玉が飛び出るほどの値段だが、追加で蝶ネクタイとサスペンダー、更にハンティング帽と加わり、目眩がしそうな額がはじき出された。その金額をチェンバレン氏は慣れた手つきで小切手に書き記し、店主に突き付け、颯爽と店を後にした。

「さ、帰りましょうか」

 チェンバレン氏は店を出るなりそう言った。荷物持ちの私の手元には、小物の入った紙袋だけ。私の存在に必要はあったのだろうか。

 ワイアット卿はじっとチェンバレン氏を見上げていた。その瞳を潤ませ、キラキラと輝かせながら、

「何か忘れてるだろ?」

 と言う。はて、とチェンバレン氏は首を傾げた。

「洋服の仕立てには数日掛かりますから、手荷物は少なくとも御買い物は済みました。既に目的は果たしたと思いますよ」

「そうじゃなくて」

 くい、とチェンバレン氏の袖を引っ張り、遠くを指差す。

「見えるか?」

「さあ、全く見えません」

「ほら、『乗馬用品の店』の看板が出てるだろ?」

「さて、何処で御座いますか?」

 チェンバレン氏はわざとらしく手で日よけを作り、目をこらす仕草をした。遂に両手で袖を持った。

「見るだけ。な? 見るだけで良いんだよ」

 ワイアット卿は悲痛な顔で訴え、チェンバレン氏は、ふう、と溜息をする。

「……見るだけで御座いますよ」

 チェンバレン氏が折れるや否や、ワイアット卿は満面の笑みを浮かべて走り出した。物凄く速い。チェンバレン氏が止める間も無く駆けて行き、途中、転んだ。しかし直ぐさま起き上がり、何事もなかったかのように走る。やっぱり、安い生地の方が良かったのではないだろうか。

「仕方のない御子様ですねえ」

 呆れた様な、それでいて楽しんでいる様な調子で言う。

「追い掛けなくて平気なんですか?」

「旦那様はああなると手が付けられませんから。ま、ゆっくり参りましょう」

 そう言って落ち着いた足取りで歩き出した。

 その途中チェンバレン氏はふと、こんな話を切り出した。

「そうそう、ブレナン家とワイアット家の繋がりですが……」

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