幼女事変
2 幼女事変
俺は生家へ来ていた。俺が八歳のころまで過ごしていた家。そこにはもう家がなかった。建て壊されたのだろうか。俺は何の話も聞いていない。
「すいません。隣に花田っていう家があったと思うんですけど。」
俺は隣家の住人に聞いた。俺の記憶とは違って、家は新しくなっており、住人もおばあさんではなく、若い女性になっていた。
「ああ。実は、私、火事になった後、売られたここに家を建てたんですよ。もしかして、火事になる前の家の方のお知り合いですか?」
火事になったとは知らなかった。
「はい。ちなみに、いつごろ火事に――」
「丁度六年前らしいですね。この一帯が火事になったみたいで、ほとんど全焼だったみたいですよ。当時、自動車事故にあった家族の呪いだって、騒いでたみたいで。丁度その家族が事故に遭った晩に火が上がったんですよ。初めに火がついたのは別の家だったみたいですけど。」
俺が呪われた子と言われたのは、このことにも原因があるようだった。俺は隣人に礼を言って、火事でなくなった家を見る。よくある空地という看板は立っていない。草はぼうぼうである。これでは、子どもの遊び場にもならない。
「あなた、人んちの前でなにしてるのかしら。」
声が聞こえた。俺は声のした方を向く。主に下方向へ。俺の足元には小さな女の子がいた。小学校に入ったばかりくらいだろう。
「ここ、君んち?」
子どもに語りかけるように俺は空地を指さし言った。
「子ども扱いしないでくれるかしら。」
なかなかに態度のデカいガキだった。
「君、名前は?」
去ろうとする幼女に声をかける。
「そのうち分かるわ。」
フリフリの洋服を着、日傘をさして幼女は去っていく。親はどんな服を買い与えているのか、と思ったが、俺には関係ない。拓真が待っている車まで歩いていく途中に、俺の妹が生きていたら、あのくらいの年だな、と考えていた。
「さて。このまま、翔の家に行くよ。」
「どうしてですか?」
「ミーティング。」
車を走らせて拓真は言った。
「でも、俺たちはあなた方の組織に関係はないはずです。」
「うーん、どちらかというと、君たちの問題なんだけど、僕らが勝手に関わっているというか、巻き込まれてるんだよね。ジーン・ジーニアスが君らを気に入っちゃったみたいだし。」
「ジーン・ジーニアス?」
「いや。なんでもない。独り言。」
やがて、三好翔の家に着いた。一人で住むにはいささかもったいない一軒家。そこには三好翔とオールバックとキズと、そして、大きなワニが座ってお茶を啜っていた。
「おかえり。お茶はセルフサービスだ。」
「それよりももっと先に言うことがあるでしょう。」
隣の拓真を見る限り、拓真は知っていたようだった。
「初めまして。花田闘将です。」
ワニが言った。
「ごめん。誰か別の人説明して。」
「起こったことのありのままを話すぜ。」
そう切り出したのはオールバックだった。
「お前が俺たちに黙ってどこかに消えてから一週間。」
「出てったのは今日だよ。数時間前だよ。」
「こういうのは雰囲気が大事だろ。」
「鏡から出てきた。」
「キズは簡単に言い過ぎだ。というか、このワニが語った時点で大体予想はついてたよ。」
「俺は妹を探してるんだ。」
「それ、この前やったよ。」
俺は恐る恐るワニに突っ込む。
「まず、どうしてお前はワニなんだ。」
ワニと言っても、人型のようで、昔の特撮に出てくるワニ怪人をイメージしていただければ、分かりやすいだろう。
「妹の命と引き換えに、改造人間となったからだ。」
ワニの世界も大分荒れていたらしい。世界大戦とは言わないまでも、改造人間を使ったテロ組織が世界を征服しようとしていたらしい。その頃、組織を抜け出した科学者と政府が手を組んで、正義のための改造人間を作ろうとしていた。その時、両親が事故に遭った。お腹の中にいた妹は奇跡的に命は助かったが、現代の医療では到底助からない状態だった。改造人間を作れるような異端技術でなければ。政府の人間は八歳の俺に改造人間になる話を持ち掛けた。改造人間になるのは若ければ若いほどいいらしい。ワニは改造人間になることを望んだ。かくして、妹は救われ、ワニはワニになった。
「こんなところか。」
「ワニワニ。そうでげす。」
「微妙にキャラがつかみにくいなあ。」
「その大切な妹がどこかに消えたんだみゃあ。探してほしいみゃあ。」
「こっちの世界に来た時には一緒にいたのか?」
「うん。」
「じゃあ、どうして。」
「このオールバックが妹にパンツ見せてって言ったからもし。」
「んな、キズだって、ペロペロしたいって言ってたぞ。」
「このワニも、かみ砕いちゃいたいって言ったにゃ。」
「俺のせいじゃないワニ。」
「俺だって。」
「俺も違うにゃ。」
「いつの間にキズに語尾がついたんだ。」
「四人になると騒がしいね。」
「全くだ。」
三好兄弟は傍観していた。
「うろたえるな!小僧ども!」
ばんっ、と扉が開いた。そこから幼女が現れる。
「会いたかったワニ。はなワニ。もうかみ砕いて離さないワニ。」
「ワニで語尾固定されたんだな。おめでとう。」
俺は飛びつこうとするワニの大あごを蹴り飛ばす。
「また会ったな。」
「だから、また会えるって言ったのよ。」
大きな態度は変わっていない。
「お取込み中のところ、悪いんだけど、そろそろ出発しないと、間に合わないんじゃないかな。」
「ああ、そうだったな。」
俺はさして興味がなかったが、みんなはこれを待ち望んでいるみたいだった。
「早く、佳菜子ちゃんのコンサートに行こう。」
俺と幼女以外が声をそろえて言った。
ぷるぷるぷるぷるぷる。
数回の呼び出し音の後、千石佳菜子は電話に出た。
「もしもし。何かしら。ライブ前は忙しいの。」
これまた高圧的だった。女は高圧的なんだろうか。今、絶対に足を机の上に投げ出して電話してやがる、と俺は思った。
「急で悪いんだが、席を二つ確保してくれないか。」
「本当に急ね。」
今日はこの前助けたお礼に、と千石佳菜子がライブに招待してくれたのだ。近場で助かる。
「分かったわ手配するわ。前も言った通り、S席とか期待しないでね。プレハブみたいな場所よ。もうチケット売れてるし、あんたらに無料で譲れる席なんてなかったから。」
「いや、いい。別に俺はお前に興味はない。」
俺たちは三好翔と三好拓真の車、二台でコンサート会場まで急いでいた。俺の車には、三好拓真と俺と、山崎、そして、謎の妹。特にうるさい奴らは翔の車に乗っている。千石佳菜子に興味あるのは、俺と妹以外で、みんなオールバックの影響を受けて千石佳菜子のファンになってしまっていた。
「招待してあげたんだから、それはないでしょう。それと、来たかったら、楽屋に来てもいいから。渡した招待状で入れるし。」
「遠慮しておく。」
「来なさいよ。」
俺は予定が何もなかったら行く気もなかった。家族サービスをする父親の気持ちが少しだけ分かった気がした。
千石佳菜子の申し出について話すと、千石佳菜子に会いに行くことになった。上げ足をとられるようなことを言われそうだったので、俺は行きたくはなかったが、ふと、年下から上げ足をとる無様な年増の姿を見たいと思って、同行することにした。謎の妹はワニの手ではなく、俺の手を握ってついてきた。
コンコン、とノックする。続けてどう名乗ろうかと考えてしまう。
「花田御一行様のおなーりー。」
「あんた、そんなしけた冗談も言えたのね。」
俺が声を出すとすぐに扉を開けて、佳菜子は言った。そう。確かにオールバックの仕事だこれは。だが、当のオールバックは愚か、俺と謎の妹以外はせわしなく身だしなみを整えたり、頬に手を当てたりしている。なんなんだろうか。
俺たちは楽屋に入って行く。流石に八人も入ると狭く感じた。楽屋には鏡があった。そこからは、日曜朝の特撮のような炎が上がっていた。場所もこのコンサートホールではないようだった。
「あんたには見えるのね。」
謎の妹も俺と同じように鏡を見ていた。
「お前ら、何か見えるか?」
だが、オールバックもキズも佳菜子に夢中で、何も見えていないようだった。あんな態度の悪いところを見せられて、どうして嫌わないでいられるのか不思議でならなかった。
「二人で何話しているの?」
「あなたには関係ないわ。」
佳菜子と妹は火花を散らす。
「あなた、何者なの?」
「俺の妹ワニ。」
「すっかり無視してたけど、ワニ、何者ワニ?」
「ワニは花田闘将ワニ。」
「また、ドッペルゲンガーなの?」
佳菜子は巻き込まれた当事者であるが、俺たちのことを口外してはいない。というよりは、口外しようがなさそうである。俺たちのことを言ったって、誰も信用してくれはしないだろう。
「ということは、あなたの妹でもあるのね?」
つり目になって佳菜子は妹を睨む。
「私の名前は真咲冥。で、どうかしら?」
妹は小悪魔な笑みで佳菜子に言う。佳菜子は目をかっぴらいて言葉が出ない様子だった。
「おい、ワニ。お前の妹、はなじゃなかったのかよ。」
「ワニにとって妹の名前ははなワニ。」
「私は兄者と別れた後、里親に引き渡されたの。あったのはこっちに来る数分前。」
どおりで、ワニに懐いていなかったわけだ。
「その名前は何かの冗談でしょう。」
佳菜子は言う。
「いいえ。引き取られた先の名前。そうあなたと同じよね。」
「どういうことだ?」
「私の本名よ。」
「じゃあ、千石なんとかってのは偽名か。」
「なんとかってなによ。偽名じゃなくて芸名。失礼しちゃうわ。」
しつれいしちゃうわ、は古いだろうと俺は思った。
「あなたは別の世界の私なの?」
恐ろしいものを見る目で、佳菜子は冥を見た。
「どうなのかしら。でも、あなたは私と同じような運命をたどっているのでしょう?どんな並行世界でも、運命までは変えられないわ。」
俺たちはスタッフなどが観覧する二階席に案内された。そこは確かに一階席の最前列とは比べ物にならないが、しっかりと佳菜子の姿は見えたので、悪い席ではないようだった。俺がなにより驚いた、というより、ドン引きしたのは、ライブ会場の熱気だった。誰もが汗水たらし、サイリウムを振っている。
「なあ、メイキングドラマはどうした。」
「サイリウムチェンジはしないの?」
どうも疑問を持ったのは、ライブというものを生で初めて見る俺と妹だけみたいだった。俺は初めて佳菜子に感心した。あれだけ歌って踊って、一体何時間一人で頑張っているのだろう。曲間のトークも息絶え絶えながら、皆の心を掴んで離さない。
「思った以上にやるな。」
俺は唯一話せる妹に言った。他の奴らは佳菜子の一言一句も逃さないように耳をそばだてていて、話せる様子ではない。
「ふん。まあまあね。」
話の真偽はともかく、成長した姿かもしれない佳菜子を見て妹がどう思っているのか、俺には分からなかった。
「さて。これから私の話をするわ。」
楽屋。佳菜子はまだ戻ってきていない。俺は何事かと思った。他のやつはライブに魂を抜かれたみたいで、目の焦点が合っていない。
「あなたたちには使命があるの。私の世界を救いなさい。」
もっと言い方があるような気がした。特に、妹といい、佳菜子といい。
「なんで俺たちが。」
「あなたの妹でしょう。」
俺たちはその言葉に弱い。世界が違うとはいえ、残された唯一の肉親なのだから。妹は楽屋の鏡に手を当てる。すると、鏡の中の世界は、一瞬で荒れ果てた土地へと変わる。
「どうしてそんなことが。」
「説明は後よ。花田闘将全員を連れて鏡に飛び込みなさい。俺は左手でオールバックの手を引く。オールバックは無意識に、キズの手を、キズはワニの手を握っていた。俺の右手は妹が引っ張っている。それは酷く小さくて、握りつぶせそうなほど弱弱しかった。簡単に振りほどくことができたはずだ。だが、できたから、それができなかった。
俺たちは鏡の中へと吸い込まれていった。




