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熟女事変

世界平和はお金で買えるのか もしもの世界編


1 熟女事変


 朝起きてすること言えばなんだろうか。ご飯を食べる?顔を見る?歯を磨く?それとも、寝癖が気になって鏡を見る?

 俺は鏡を見る。鏡の中の俺は俺じゃない。鏡に映るのは自分だろ?真正面を向いていて、左右が反対な虚像。でも、今覗いている鏡の中の俺は違う。せわしなく制服を着ている。俺はおかしいんだ。普通じゃない。精神がいかれてる。この異常が起こったのも、ちょうどあの日以来だったからな。


 学校とはいい場所だ。特に授業でないかぎり、話すことはない。俺は話すのが嫌いだ。ただでさえ普通とは違うのだから、話が合うわけがない。でも、そんな独りぼっちな俺に話しかける物好きもいる。

「花田くん。元気?」

 俺は何も言わないが、そいつは俺に話しかけてくる。

「元気そうでなによりだよ。」

「なあ。」

「うん?」

 俺から話すことがないから、そいつは驚いた顔をする。

「どうして俺に話しかける?」

「うーん、普通とは違う何かを感じ取ったからかな。」

「それは悪かったな。」

「いや、悪気があったわけじゃないんだけど。僕さ、流行りのアイドルとか知らないんだ。だから、ちょっと寂しくて。」

「千石佳菜子のこと?」

「花田くんも知ってるんだ。」

 そいつが転校生だったことに俺は気がついた。

「前住んでたところではそんなに人気じゃなかったのか?」

「うん。周りは山ばっかだったし。」

「そうか。」

 そこで予鈴が鳴る。

「僕の名前は山崎正臣だよ。」

 山崎はそう言って自分の席に戻っていった。


 俺はトイレに行った。学校のトイレの中には洗面所はない。トイレの入り口についている。いや、あることにはあるが、一つしかないから、不潔ではあるが、用をたしたその手でドアノブを触り、外の洗面所へと行く。そこには大きな鏡がある。鏡。そこから見える別の世界はいつも様子が違う。俺の目に映っているのは何故か荒れ果てた景色。空が見えている。昼なのだから空は青い。でも、現実は曇り。鏡からは誰も映ってはいない。鳥さえ飛んでいなかった。

「鏡を眺めているなら、寝癖でも直したら?」

 突然の声にビックリする。俺に話しかける者のことは気にしなくてもいい。いつだって一人だけだ。

「そうだな。ひどい寝癖だ。」

 俺は鏡で自分の姿を見ることができないから、どうしようもない。髭はまだ生えてきてはいないから、大丈夫だと思う。手触りでしかわからないけど。髪は本当にどうしようもない。

 ヤツはトイレに入って行ったようだった。帰ろうとして鏡から目を離し、もう一度見てみると、鏡に女の子が映っていたのでびっくりした。俺の妄想なのだろうけど。


 ありきたりな一日にうんざりしている自分も確かにいる。でも、それ以上に平和が大好きだ。今までが決して平和ではないのだから、余計にそう思う。こう、時間の流れが長くてウンザリしたり、早くて呆れてしまったりが平和の証なのだろう。

「花田闘将さん。お入りください。」

 初めての人は俺の名前を見て驚く。でも、この病院はずっと通っているから、看護婦さんは誰でも心得ている。診察室に入って、いつもと違うことに俺は戸惑った。これしきで平和は崩れない、と自分に無理矢理言い聞かせる。

「初めまして。トウショウくん。」

 少し戸惑い気味に声をかけてくれたのは、若い医師だった。先週までは太り気味の男の先生だったが。

「初めまして。」

「まあ、座って。緊張しなくていいから。僕の方が緊張している。」

 こんな病院だから、色々あるのだろうと俺は思った。

「実は、前の紙魚戸先生が急病で倒れてしまって、少しの間、僕が担当することになりました。三好翔と言います。よろしく。」

 慣れたようにすらすらと先生は述べた。

「大変ですね。」

「分かってくれるかい?」

 とてもほっとした表情で先生は言う。

「実は、紙魚戸先生は僕の叔父でね。まあ、コネとは言い難いけど、この病院を受け持つことにしたんだ。」

「前の病院は大丈夫なんですか?」

「いや、僕は免許は持ってるけど、医者としては活動してなくて。」

「そうですか。」

「こういう病院だと必然的に先生が変わってしまうと不安になる患者さんが多いから。っと、僕のことより君のことだ。愚痴ってごめんね。」

 それから先生は俺の症状について質問した。

「お薬は以前のもので変わりなくていいよね。で、症状は変化なく?」

「ええ。」

 カルテを見ながら、先生は話すべきかどうか迷っているようだった。

「できれば、君の言葉で教えてくれたらうれしいんだけど。」

 カルテには先生には、いや、人間には理解できない内容が書かれているのだから仕方がない。

「鏡に、自分の姿じゃないものが映るんです。」

 それだけでは語弊があると思って、俺は出来る限り詳しく説明しようとする。

「自分が映る時、自分が別のことをしている――例えば、背を向けて着替えているとか、後は、鏡の中が廃墟になっていたりとか。」

「ふんふん。」

 先生は続きがあると思っているようだが、もうない。

「スクールカウンセリングには通っているんだよね。」

「はい。」

 嘘だ。先生は、少し気まずそうにそうか、とだけ言う。行っていないのはばれているようだった。

「ちなみに、君は、鏡の中の世界をどう思ってる?」

「どう、とは?」

「それが何を表しているかとか、その景色は一体どこなのかとか。」

「きっと、俺の願望だと思います。」

「こうありたいっていうのが映ってると。」

「ええ。妄想です。」

「大丈夫。君はおかしくなんかない。誰にだってそういうことはあるから。」

 何度も言われた言葉だった。お薬出しておくからね、と言って今日の診察は終わりだった。


 誰もいなくなった家。それは俺のせいでないと誰もが言った。誰もが言ったことが俺に不信感を抱かせた。きっと俺のせいなんだ。

 あれは妹が産まれそうになった頃。この家を父親が買った。妹が産まれる前に完成させるつもりであったし、実際、妹が母親のお腹の中で粘ったおかげで、無事完成した。一つ誤算があるとすれば、妹が産まれるまで住むことができなかったことと、妹が産まれなかったこと。生まれる前に俺以外の家族が死んでしまったことだ。俺が八歳のころの話である。その日、父親は俺を祖父母に預けて、病院に急いだ。難産だったらしい。でも、妹は産まれなかった。産声を上げる前に事故で死んだ。急いだせいで運転を誤り、川へ突っ込んだ。それもこれも俺が悪い。俺が風邪を引かなければ、そのまま俺を病院へと連れて行っただろう。祖父母の家へと俺を連れ込んだせいで、急がなければならなくなった。

 俺は一人で暮らすことにした。祖父母は一緒に暮らすよう言ったが、俺が鏡のことを話すと恐れて、そのうち何も言わなくなった。中学生が一人で暮らすのは普通じゃない。俺が普通じゃなくなっただけだ。

「ねえ、花田くん。昨日、駅前にいた?」

「いや。」

「そうだよね。」

 俺はここが教室であることに気がついた。

「世の中には似ている人が三人はいるって話だからね。」

 山崎は不気味そうに俺を見ていた。どこかで俺の話でも聞いたのだろう。呪われた子だから。


 その呪われた子は踊り場の大鏡の前に来ていた。どうして階段と階段の間を踊り場というのだろう。お前もそう思うだろう?鏡に引っ付いて水槽を覗く子どものようにしている俺よ。現実の俺は何もしていない。鏡を見ている。鏡の俺は何をしているのだろう。俺の妄想は鏡に引っ付いて何をしている。俺も同じ様にしてみる。鏡の俺の手に沿って、手を合わせる。鏡はひんやりとしていた。凍えるように冷たい。俺の心のように。俺は人肌が恋しかった。四年間、誰の手も握っていない。まだ親の愛情を恋しがる年頃なのだろう。俺は鏡の中の俺の手が握れるように拳を握りしめる。当然、何も握れやしない――はずだった。

「は?」

 我ながら間抜けな声だったと記憶している。手には肉の感触、生身の温かさ。鏡の俺はにやりと笑った。俺は咄嗟に後ろに跳んだ。あり得ない。そう。鏡の中からもう一人の俺を引き出すなんて。

「ずっと待ってた。」

 俺は俺の声でそう言ったはずだ。でも、俺の声は俺が思うより幼く、高い声だった。

 俺は逃げた。


「残りの授業出といたぞー。」

「どうしてぬけぬけと入ってこれる。」

「だって、俺の家だし?」

 部屋に籠っていた俺の部屋にもう一人の俺が入ってきた。

「鍵が同じで良かったよ。」

 もう一人の俺は俺に鍵を見せる。

「自己紹介はしなくていいな。俺は花田闘将。闘将って呼んでくれ。」

「俺はそんなのじゃない。マネをするなら、もっと静かに過ごせ。」

「アドバイス?優しいじゃん。」

 それきり俺は黙る。

「あ、ちょっと家具が違うなあ。やっぱりそういうことか。」

「どういうことだ?」

「お前も見てたんだろ?っていうか、見えてしまって困っている。」

「鏡、か。」

「お前も見ただろう?」

「何を。」

「目を背けるな。」

 闘将は俺に顔を近づけて、逃げないようにした。

「何度も見ないふりをしてきたんだろ?」

「でも、それとこれとは話が違う。お前の目的はなんだ?」

「ただ、他人の世界で思う存分楽しく過ごしたいってだけさ。」


「その・・・もう一人の自分が現れたことについてなんだけど・・・」

 先生は苦い顔をして言った。まあ、そうなるだろう。薬を強いものに変えるかもしれない。

「君はどう思う?」

「どうって?」

 この前も同じ話をしたような覚えがある。

「もう一人の君はどうって?」

「こことは別の世界から来たって。」

「同じ時間の?」

「ええ。」

「闘将くんはパラレルワールドって知ってるかい?」

「まあ、人並みには。」

「あのこじつけに近いシュレディンガーの猫で有名だよね。僕は君に会うまで存在を疑っていたよ。じゃあ、君が今まで見ていたのは並行世界の風景だったわけだ。面白い。」

「先生?」

「何?」

「もしかして信じてるんですか?」

「当り前じゃないか。」

「でも、俺の妄想です。」

「本当にそう思うかい?」

 それは妄想ではないことは俺がよく知っていた。二日に一日は闘将が学校に行っている。その間、俺は引きこもる。そして、部屋でぼーっとしている記憶はあって、次の日俺は休んでいないことになっているが、学校に行っている記憶はない。学校にいる記憶を抹消して、家でごろごろしている幻想を見ているということも考えられなくはない。

「ところで、闘将くん。君、銀行強盗とかしてないよね。」

「え?」

 先生は何も言わず、新聞を差し出した。そこには俺に似た似顔絵が映っていた。

「俺はどうすればいいんですか。」

「まあ、冷静になって。まずは二人でいるところを、もう一人の君と一緒のところを誰にも見られないようにすることだ。そうすれば、アリバイは完璧。」

 俺は徐々に先生をうさんくさく見るようになっていた。


闘将が来るまで一度も使ったことの無かったテーブルで俺たちは向かい合って食事をしていた。二人とも自炊なんてできないから、コンビニで買ったものを食べる。

「これ、見ろよ。」

 俺は先生からもらった新聞を闘将に見せる。

「新聞なんて読まねえよ。」

 闘将はコンビニの牛丼に目を移す。

「これだよ、これ。」

 俺は写真を指差し闘将に見せる。

「俺たちに似てるな。」

「俺が言いたいのは、お前がやったんじゃないかってことだ。」

「銀行強盗を?」

「ああ。」

 闘将は困った顔をした後、俺に写真を見せる。

「ほら、ここ。傷がある。」

 闘将の指したのは、額の左の方だった。確かに、よく見ると、傷がある。

「こっちも見ろよ。」

 闘将は髪を掻き上げた。そこに傷はない。

「闘将。」

「なんだ、闘将。」

「区別がつかないから、お前、オールバックにしろ。」

「どうしてお前に指図されなくちゃいけないんだ。」

「お前は俺だろ。」

「絶対に違う。」

 闘将は食べ終わった牛丼をゴミ袋に入れて、去っていった。そしてしばらくすると、髪をオールバックにして帰ってきた。

「どうよ。」

「似合ってる。」

「だろ?」

 めでたし。めでたし。


 学校に行くのは危険だった。警察が間違って俺たちを捕まえに来るかもしれない。今度は正真正銘のそっくりさんだから、心配はないかもしれないが――

「おはよう。今日はロウテンションなんだね。」

 山崎は言った。

「昨日の俺はどんな感じだった?」

「変なこと聞くね。」

 しかし、変だと思っているよりはしっくりくるというような表情をしていた。

「みんなの人気者。正直近寄りがたいよ。」

「今より。」

「当然。僕は今日の君に興味を持ったんだからね。」

「お前、もしかして・・・」

「ねえ、闘将。君、二人いるでしょ?」

「え?」

 頭の中に恐れが渦巻く。山崎は笑って言う。

「冗談だよ。」

 俺は完全には安心できなかった。


 帰ってくると、闘将はコンビニのご飯を用意していた。

「片方が外にいるときは、もう片方は出て行かないって約束だろ。」

「でも、髪型を変えると案外分からないぜ。」

 俺は徐々に闘将改めオールバックを受け入れ始めていた。妄想ではなく現実であると。結局のところ、俺にとってオールバックが現実だろうが妄想だろうがどっちでもいい気がした。心を許せる存在が、家族ができたように感じ始めていた。

「今日は重大な話がある。」

「なんだよ。重大な話って。」

「まあ、座れよ。」

 俺はオールバックの向かいに座る。

「俺がこの世界に来たわけだ。」

 オールバックはおもむろに机の上へ雑誌を置く。それは千石佳菜子のグラビアである。

「俺は妹を探しに来た。正確には、妹が生きている世界を探していた。」

「はなだろ?妹の名前は。」

 生きていたらである。

「男の子なら闘将。女の子ならはなにしようっていう、どっかの新世紀のような話か。」

「そもそも、千石佳菜子は俺達より年上だろう。」

「でも、俺の妹、いや、俺たちの妹なんだ。」

「どういうことだよ。」

「俺の妹は姉だった。もしもの世界だよ。俺とお前の世界は並行世界ってやつらしい。」

「じゃあ、何で妹って言ったんだ。訳が分からない。」

「ともかく。俺は妹に会いたい。」

「姉じゃなくて?」

「そうだ。姉だった。」

 どうも胡散臭いように思った。俺は雑誌を眺める。こんな美人が俺の妹なはずがない。だが、ずっと考えてきたことでもあった。もし、妹が生きていたら。もし、家族が無事だったら。

「でも、どうするんだよ。芸能人になんか会えないぞ。俺は兄ですって言うのか?あれ?弟?ともかく、この世界じゃあどうしようもない。」

「膳は急げだ。命短し恋せよ乙女。萌えよドラゴン。」

「つまり?」

「東京に行くっ!」

「京都市営地下鉄のキャッチコピーかよ。」

 俺は付合うことにした。妹に会いたい気持ちはよく分かる。俺の能力の正体はそういうものなんだと思った。見たいもしもの世界を見る。オールバックはずっとこの世界を覗いていたのだろう。そして、奇跡は起こった。能力に関してまだ分からないことも多いけど、俺はわざわざ異世界まで飛んで来たオールバックに何かしてあげたいなんて思っていた。


 お金は両親が残した貯金でやっていけている。新幹線を使う。学校は休む。高校になったらバイトして生きていく他ない。

「さあ。東京だあ。」

 オールバックははしゃいでいた。俺はそんなオールバックを呑気だと思っていた。どうせ会えっこないのは分かり切ったことだからだ。そうと分かれば、元に世界に帰りたくなるだろう。

「だが、どこに行く。」

 人通りの多い歩道で二人立ち止まっているのを歩行者は迷惑そうな顔をして通行する。

「俺が学校を休んでいる間、寝てばかりいると思っていたのか?」

「俺はそうだった。」

「俺はお前とは違うんだ。あらゆる手段を駆使して、情報をかき集めた。まずは事務所に行く。」

 だらだらと付き合ってやるかと俺は思った。


 大きなビルの中に、事務所はあった。表から真っ向勝負に出た俺たちは、警察を呼ばれ、連行された。任意同行など嘘っぱちだ。思いっきり引っ張られた。

「で、君らは千石佳菜子の兄だと。」

「俺は弟です。」

「バカを言え。」

 取り調べ室で俺たちはこっぴどく叱られる。

「君らは実は指名手配されててね。名前は分からないんだが、いや、分かってるのか。まあ、いい。府警に身柄を引き渡す。大丈夫。向こうのおじさんたちも優しいから。」

 俺は貞操の危機を感じた。オールバックも青ざめていたから同様だろう。

 そして俺たちは東京に来て間もなく、元いた場所に戻されることになった。


「君らには容疑がかかってる。窃盗に強盗。それも十件近く。こりゃあ、少年院は確定だね。」

 警察署の刑事はそう言った。あまり真面目に見えない刑事ではあった。

「それも双子だと分かると、トリックは明かされたも同然。同時存在のマジックは種が明かされたよ。」

「俺たちはそんなこと――コイツはやったかもしれませんけど。」

「いや、コイツがやったんだ。」

「うーん。大雑把な事しか分からないけど、君らクローンかなにか?」

「え?」

 俺たちは刑事の方を向く。

「いやあ、実はDNAの結果が出て、ピッタリ一緒だったんだよ。双子でも違ってる場合が多いから。ちなみに、現場のと同じ。」

「DNAの採取は任意なはずだけど?」

 オールバックは言った。

「犯人に人権はないの。」

「それはあんまりだ。」

 訴えられそうなことを平気で言う刑事だった。取調室の扉が開いて、別の刑事が耳打ちをする。

「え、うそ⁉」

 刑事はそう言うと、さっさと取調室から出て行く。俺たちは手錠をかけられたまま、取り残される。

「お前、さっき俺を売ろうとしたな?」

「そっちがだろ。」

「もともと俺はお前を信用できなかった。犯人はやっぱりお前だったんだな。」

「俺だって信用してなかったぜ。やったのはお前に違いないさ。嘘だけは達者だな。」

 俺たちはそっぽを向く。


 鍵をかけずに取調室を出て行くとは、なんとも間抜けな刑事だ。俺たちはまんまと逃げだした。

「なんで着いてくるんだよ。」

「こっちのセリフだ。」

 建物と建物の間に隠れて一休みしていた。二人とも息を切らしている。

「真犯人を逮捕するまで、警察は俺たちを探し続けるだろう。」

「それはヤバいな。」

「お前たち。何してる。」

 俺たちは突然の声に驚く。警察官に見つかったのかと思ったが、目の前に現れたのは、俺たちと同じく息を切らしている男だった。身なりは汚く、髪ももじゃもじゃで顔は分からない。男は糸が切れたかのようにその場に倒れた。力尽きたようだった。俺たちは思わず顔を互いに見合わせる。その男の顔は俺たちとそっくりだった。額に傷がある。


 しばらくすると男は電源が入った電化製品のように動き出した。

「お前ら、何者だ。」

「お前こそ。」

 この男がもう一人の闘将であるのかを確かめなければならなかった。

「お前。いや、お前ら。俺をこの世界に引きずり込んだ奴に似ているな。」

 もう一人の闘将確定である。名前はキズ。決定。

「じゃあ、やっぱりお前がこんな危ない奴を引きずり込んだんだな。」

「覚えがない。」

「それよりも腹減った。お前ら何か買って来い。」

「何でそうなるんだよ。」

 傷の言葉に俺とオールバックは反論する。

「俺、追われてる。お前ら似てる。おとり。」

「最低だな。このケダモノ。」

「右に同じ。」

 傷は何も言わず、俺たちの手錠を触る。

「なにしてんだよ。」

 オールバックの言葉と共に、手錠が外れた。

「貸しにしておく。だから、行って来い。」

「なんで俺が。」

 そう言いながらもオールバックは去っていった。

「おい、キズ。」

「俺の名前は花田闘将だ。」

「俺も花田闘将。」

「何言ってるんだ。」

「この世界の花田闘将だ。それより、さっきのオールバック、帰ってこないぞ。」

「お前ら仲間。あいつお前残して行かない。」

「仲間でもなんでもない。アイツはどこかの世界の俺だ。つまり、お前と一緒。」

「それならそれでいい。」

「お前、強盗とかしてたやつだろ。」

「それが?」

「俺の顔で無茶苦茶されると困るんだよ。」

「平和の中で生きてきた甘ちゃんが何を言う。」

 吠えるような声でキズは言った。

「俺のいた世界はこんな平和じゃなかった。戦争が起き、人が死に、食べるものもなくなった。奪う他なかった。」

「だからって、コイツに同情するなよ。」

 オールバックがコンビニの袋を持って帰ってきた。

「逃げなかったな。」

 キズは俺を見た。

「そうか。逃げればよかったんだ。考えてもみなかった。くそ。次からは逃げてやるぜ。」

 オールバックは悔しがった。

「これからどうする。」

 俺は言った。

「家には帰れないよな。」

「俺野宿できる。」

「俺らが嫌だわ。」

 この場所でも十分にどぶ臭かった。飲食店の排気ダクトの臭いも相まって、えげつない臭いになっていた。

「誰か頼れるヤツいないの?・・・いないわな。」

「いないな。」

「いや、いる・・・かもしれない。」

 俺は言った。

「無理するな。俺たちはお前が頼れる人一人いないことを知ってるんだから。」

 俺は俺たちに励まされる。何故か無性に腹が立つ。

「先生の所に行こう。」

「精神科医の?」

「ああ。」

「そいつうまいのか?」

 俺は早速先生に電話をかける。

「もしもし、花田闘将ですが。」

「どうしたんだい、闘将くん。大変なことになってるよ。」

 俺はちらりとキズの方を見る。

「実は助けてもらいたいんです。少しの間かくまってくれませんか。」

 しばらく沈黙が続いた。ダメだと思い電話を切ろうとすると、先生が答えた。

「分かった。来なさい。」

 住所を教えてもらい、二人に告げる。

「ここから遠くはないな。包囲網が完成する前に急ごう。」

 キズがそう言うと、俺とオールバックは先行するキズについていった。


閑静な住宅街の一軒家が先生の家のようだった。扉が開いて先生が俺たちを見た時、当然のことながら驚いた。けど、すぐに俺たちに入るように言った。

「どうしたんだい。というか、どういうことなんだい?」

 俺はどう話せばいいのか分からなかった。仕方なく、全てありのままを話す。信じてくれなければそれでいいし、精神科のお医者さんなら精神分析でどうなっているのかわかるだろうと思った。

「なるほど。追われているのは君か。」

 先生はキズを見て言った。

「ちなみに、別の世界の僕はどんな感じだった?」

「会ったことない。」

「俺も。」

 オールバックとキズはそう言った。

「そうなんだ。」

 先生はすこしがっかりしたようだった。

「僕が言えるのはただ一つ。君に関してだ。」

 先生はキズを見る。

「君がやったことは犯罪だ。当然罰せらるるべきもの。だが、君の住んでいた世界はあまりにも残酷だった。やりたくなくてもやらなければならなかった。そうだろう?だから、もうこれ以上は罪を犯さないこと。他の二人は彼を止めること。それだけが条件だ。」

「わかった。やらない。」

 キズは案外すんなりと条件を受け入れた。

「でも、どうするんだよ。先生。あんた、ただのお医者さんだろ?」

「これでも知り合いが警察官でね。適当にもみ消せるさ。君らはまだ十四才だから、警察もあまり関わりたがらないのさ。そもそも、新聞に未成年の犯罪者の写真が載ること自体が異常だからね。ほんと、アイツがついていながら、何をしてるんだか。」

 先生は携帯電話で誰かと話した。しばらくして、少し疲れた様子でソファに座る。

「君たちに聞きたいことはたくさんある。この世界以外の闘将くんは一体どうやって来たんだい?」

 オールバックは答える。

「コイツに引っ張られた。」

 俺を指さす。

「俺も。」

 キズも俺を指さした。

「いや、待てよ。俺はお前を引っ張ってはいないぞ。」

 俺はキズに向かって反論する。

「そう。お前であってお前ではない。」

 なんだかよく分からないことを言った。

「どういうこと?」

 先生は聞く。

「姿は同じ。俺とも、お前らとも。でも、違う。お前は本当に俺のことを知らないようだった。雰囲気も大分違う。」

「もしかして、他にもこの世界に来ているのか?」

 俺は言ったが、誰も答えることはできない。

「もしくはお前がやったかだ。」

 オールバックは俺を睨んだ。

「俺は覚えていないんだ。」

「でも、証拠はない。今のところ、他の世界の俺たちを引っ張ってこられるのはお前だけ。そうだろ?」

「でも・・・」

「覚えていないのなら、多重人格ってのはどうだ?辻褄が合う。」

「心理学的に多重人格は認められていない。」

 先生は言った。

「こんなところで常識を語られても何の意味もない。それを言うなら、俺にだってこの世界のことなんか関係ないけど。」

「無責任だぞ。」

 俺は怒る。

「落ち着け。今のところ、万事解決だ。」

 キズが言う。騒動の原因はお前だろう、と俺は思った。

「そうだ。万事解決。ということで、俺の計画に協力しろ。」

「またなんかやるのか?」

 俺はうんざりして言った。

「また、とはなんだ。まるで計画は終わったかのようではないか。まだ終わってはいないぞ。これからだ。」

「計画って?」

 先生はさりげなく聞く。

「俺は妹に会う。それだけだ。」

「妹?」

 キズが顔をしかめる。どうも頭が追いついていないようだった。

「これが俺の妹だ。」

 またもグラビアを出す。

「千石佳菜子が?」

 先生は素っ頓狂な声を出した。

「でも、どう見たって年上。」

「お前らにとっては妹でも、俺にとっては姉だ。」

「さっきからさんざん妹って言ってたのに。」

 俺の小言は聞こえていないようだった。

「カナちゃんは明日、統京でライブをする。これは千載一遇のチャンスだ。」

「チケットは?」

「ない。」

「じゃあ、どうすんの?」

 俺の言葉にオールバックは考える時間もなく言う。

「潜入だ。」

 俺は呆れて先生の方を見る。先生は反対するだろうと思ったからだ。しかし、先生は俺たちに向かって親指を立てた。

「嘘だろ?」

 俺だけがしょんぼりしていて、オールバックは無謀な計画を発表しているし、キズは乗り気であるように、オールバックの計画を静かに聞いていた。


「おお。ここが俺の家か。」

 キズは珍しそうに俺の家を走り回る。

「走るな。ホコリが立つ。お前の世界にもあっただろう。珍しくもない。」

 キズはきょとんとした顔をする。

「ない。売られた。」

「誰に。」

 あまり胸糞のいい話ではなかった。

「分からない。俺はお前らと違って親戚の間を転々とした。同じ親戚に三回以上預けられたよ。そのうち、家は売られた。誰が売ったのか分からない。俺にお金は渡されていない。親の通帳も持ってない。そのうち、戦争になって捨てられた。」

「戦争って、どういうことだ。」

「第三時世界大戦だよ。」

「まさか。」

「そのまさかが起こってるのが俺の世界。そのまさかが起らなかったのが、お前らの世界。」

 俺とオールバックは驚いた。世界大戦なんて小説の話だと思っていた。

「どことどこが戦争するんだ?」

「もうどこでもよくなっている。初めは大陸同士。なんで戦争になったのかはわからない。理由なき戦争とも言われた。そのうち、それぞれの国が互いを信じれなくなり、国同士で争った。その国の中でも人々が互いに信じられなくなり、戦った。俺が分かるのはそこまで。いつのまにか戦争は終わってたのかもしれないが、それを知る手立てはなかった。」

「そんなバカな。」

「俺は驚かない。この世界は戦争が起こらなかったのではなく、まだ起こってないだけかもしれない。俺たちの両親が助からなかったのと同じく、世界大戦も必然かもしれない。」

 キズはコンビニの袋から牛丼を取り出し食べた。

「おいっ。それは俺のだ。」

 オールバックが言うが、キズは止まらない。

「仕方ない。青椒肉絲丼で我慢するか。」

「それは俺のだ。」

 俺は素早くオールバックの手から青椒肉絲丼を奪う。

「嘘だろ。俺、餡子丼かよ。誰が買ったんだよ。というか、こんなの発売しないでくれ。」

 絶対不味いのは分かっていた。オールバックは顔を鬼にして一口ずつゆっくりと食べている。

「で、オールバック。計画の方はどうするんだ?」

 俺はオールバックに言う。

「とりあえず、統京に行ってからだ。」

「何で行くんだよ。新幹線か?俺、金はそんなにねえぞ。それも三人分だろ?」

「なら、車奪うか?」

「ダメだ。」

 俺とオールバックは口をそろえて言った。

「でも、今後三人分を養っていく金はない。早く帰れ。お前ら。」

「俺は帰っても一文無しだ。」

「そこ、笑うところではない。」

 先行きが不安であった。


朝起きて新幹線に乗り、電車やバスを乗り継いで、ライブ会場に着く。

「統京ビックリサイト、キタ――――ッ。」

 オールバックはテンションが高かったが、俺とキズは出発よりテンションが下がった。何故なら、この行列である。

「これ、何の行列だ?うまいものあるのか?」

「そうだな。俺もアイドルが食べ物だったらいいと思うよ。」

 だが、策はここまでだ。どうしようと言うのだ。

「こう開けた場所だと、建物に近づくのも難しいな。」

 オールバックは言った。

「じゃあ、どうするんだよ。」

 俺のうんざりした声に答えたのはキズだった。

「俺に任せろ。お前たちは道具を買って来い。」

「お前は?」

「調査だ。」

 とりあえず、俺とオールバックはキズに指定されたものを買いに行った。


 集合場所にすでにキズは来ていた。

「どこに行くんだ?」

「喫煙所だ。」

「未成年の喫煙は――」

「違う。警備員ってのは意外とじいさんが多くて、喫煙してるやつが多い。」

「だから?」

「服を奪う。」

「犯罪だろ。」

「人は殺さない。生きるか死ぬかの世界にいた俺にとっては、盗む盗まれたは大した問題じゃない。何事もなく盗まれた方が、安心できる場合も多い。運が悪けりゃ、強姦された後に殺される。全ては運さ。」

 なかなかにへヴィーなお話だった。

「お前たちはどうする。罪を犯してまで歌姫に会いたいか。」

「俺は行くぜ。」

 俺は溜息を吐いて言った。

「お前らが問題を起こすととばっちりを受けるのは俺らなんだぜ。」

 だが、こういうのもいい、と思った。

「よし。まず、三人を仕留める。」

 そして、俺たちはあっという間に三人仕留めた。警備員ってのは武道とかやってて、倒されそうなイメージがあって、最初は怖気づいていたが、みんながみんなそうではないらしい。とくにおじいさんであって、三人に襲われたら、ガキであっても捕まってしまう。捕まえた警備員は縄で縛り、口に猿轡をする。縛られているじいさんを見て、これは犯罪なんだと再認識した。


 糸で適当に丈を合わせて、着る。やっぱりちょっとぶかぶかだが、じいさんなのが幸いしたのか、違和感は少ない。

「この後、どうするんだ。」

 キズは犯罪に詳しい。俺たちはキズに判断を仰ぐようになっていた。

「建物まで着いたら、排気ダクトでも窓でもいいが、入り込む。」

「正面はダメなのかよ。」

「有名人なんだろ?当然セキュリティは厳しいはずだ。」

「なるほどな。」

 俺たちは建物の影になっている場所に行き、ドライバーで排気ダクトをこじ開ける。急に影に行って不審に思われないのかと俺が問うと、キズは平然と答えた。

「立ちションに行ってると思うよ。警備員の暗黙の了解。」

「お前やけに詳しいな。」

 興奮気味にオールバックが言った。

「警備員をやってたからな。」

「でも、十四だろ。」

「歳がどうこう言ってられなくなる。人手がないんだ。まあ、会社が爆破されて給料が一切貰えなかったけど。」

 俺とオールバックは目を合わせる。互いに言いたいことは分かっていた。平和で良かった、と。


排気ダクトは各部屋の空調につながっていた。こんなに簡単に潜入出来て、欠陥ではないかと俺は思ったが、わざとこういう風に、つまり、潜入出来るように作ってあるとキズは言った。誰がとは聞かなかった。天井裏のような場所から千石佳菜子の楽屋を探すのはオールバックの仕事だった。ここからは全く中が見えないので、オールバックの耳を信用するしかない。姉であると言っている割りに、首をひねっているので、大いに不安である。その内、楽屋を見つけ出した。オールバックは意を決したように床を押しのける。ズタンという音とともにオールバックは雪崩落ちる。俺たちもすかさず滑り込む。

「妹よ!」

「姉じゃねえのかよ。」

 俺はオールバックの頭を叩くが、気付いていないようだった。オールバックの見上げる先には女がいた。千石佳菜子である。佳菜子は悲鳴を上げる。俺はキズを見る。キズは言った。

「片道切符だって言わなかったっけ。」

 背後でバタンという音が聞こえたかと思うと、俺たちは簡単に取り押さえられた。

 せめて、ライブが見たいです、と泣きわめくオールバックをよそに、俺たちはパトカーをタクシー代わりにして、警視庁へ急いだ。


「まーた君らか。」

 取調室にいたのはF市警察署の若い刑事であった。

「おっちゃん、どうしてここに?」

 オールバックが言った。

「僕はおっちゃんって歳じゃないの。分かるでしょ?」

 刑事は続けて文句を言う。

「この前は多少見逃してあげたよ。特にそこのキズくんね。被害も合わせて一万未満だから。でもね、今回はヤバいよ。れっきとした犯罪。僕らが例え見逃しても、民事で訴えられるかもしれない。民事ってわからないか。つまり、あのアイドルから金をむしり取られるってこと。そりゃあ誰だってアイドルに会いたいさ。特に、あの千石佳菜子だよ?俺だってあんな侵入経路知ってたら・・・っと。ちなみに、あの経路はどうやって知ったの?」

「たまたま。」

「偶然ってまっさかあ・・・本当に偶然なの?」

 俺たちは頭を縦に振る。刑事はしばらく何かを考えていたが、やがて、こう言った。

「君らを所まで連行する。文句はないね。」

 俺たちは何も言わなかった。文句を言うべきは刑事さんではない。


 しばらくパトカーで走っていると、刑事は路肩に車を止める。

「みんなでマック行かない?」

 何の冗談かと思った。俺たちは手錠でつながれている。何か買ってきてくれるのだろうか。

「キズくん。もう手錠はずしていいよ。他の子のも外してあげて。」

 まるで縄がほどけるようにキズは簡単に手錠を外した。俺たちの手錠をちゃかちゃかとすると、これまた簡単に外れる。

「さあ、行こうか。」

 パトカーの中から出て行くのは恥ずかしかった。だが、俺以外は何事もなかったかのようにマックへと歩みを進める。それぞれ適当に注文した後、二階の席へ持っていく。すべて刑事さんのおごりだった。

「やあ、お疲れ様。」

 俺たちよりも先に席に座って待っていたのは、山崎正臣だった。

「どうしてお前が。」

 俺はその場で立ち止まって驚く。山崎はまあ座りなよ、と促す。みんなが座って一呼吸置いたら、山崎は語り始めた。

「まず、どこから説明するか、だね。唐突かもしれないが、僕とそこの刑事さんは同じ組織に属している。その組織は正義を守ることを目的をしている。そこで、僕たちは君たち三人に一時的に協力してほしいと考えてる。」

 刑事は胸ポケットから三枚の写真をテーブルに投げ出す。

「これはここ最近、この統京で強姦や殺人を平気で行っている犯人だ。」

 その写真には、俺が映っていた。

「俺じゃないぞ。」

「俺だって。」

「右に同じ。」

 俺たちはそれぞれ犯行を否定する。

「それは分かっている。君らのアリバイは完璧。問題なのは、君らのドッペルゲンガーが好き勝手しているってことさ。彼も君らのような存在で間違いないかな?」

「というと?」

「パラレルワールドから来たのかってことさ。」

「どうして知ってるんですか。」

「あれ?アイツ、僕らのこと、言ってなかったの?」

 刑事は目を開いて驚いた。

「僕の名前は三好拓真。三好翔の双子の兄だよ。」

「うそっ。」

 俺たちは驚いた。何せ、全然似てない。

「似てないのは二卵性だからだよ。」

「でも、もっと似るんでは?」

「俺が親父似で、アイツがお袋似なの。」

 バツが悪そうに拓真は答えた。

「で、どうかな?捕まえてくれる?」

「どうして俺たちが捕まえなくてはいけないんですか。」

 俺は言った。

「問題は簡単。裁けないからだよ。だって、この世界には君一人しかいないはずだよ。でも、同じ遺伝子情報、同じ指紋の人間が二人もいたらどうやって裁けっていうの。」

「でも、その組織とどういう関係が?」

 俺は山崎を見て言った。

「僕らはそういう、超常現象専門なんだ。」

「なんだよ、それ。」

 面員ブラックなのか。

「それに、一番迷惑なのは君たちなんじゃないか?そのうち、前回のように誤認逮捕されちまうよ。」

 刑事はむしゃむしゃとハンバーガーを食べていた。他の二人が話さないなと思って二人を見ると、オールバックとキズは俺の分のポテトを食べていた。

「なにしやがる。」

 俺が悲痛な叫び声を上げた時にはもうポテトは空になっていた。


「さて、事件の話をしようか。」

 拓真が去ってから、山崎は話を始める。

「被害者はどれも女性。被害に遭ったのは三人で、一人だけが無事生きている。でも、ひどい心的外傷後ストレス障害に悩まされている。」

「被害者の写真は?」

 オールバックは言った。山崎はオールバックに写真を渡す。

「うわっ。全部俺の好み。」

「犯行は深夜に行われている。深夜まで出歩いているのもどうかとは思うところだけど、色々と仕方がない。君たちにお願いしたいのは、次のターゲットを絞ってほしいんだ。」

「犯行場所は?」

「ちょうどこの辺り。」

「お前は何か分かるか?」

 俺はキズに聞いた。

「手口は?」

 キズは山崎に聞く。

「後ろから襲って、人通りのない路地に誘い込み、レイプしたそうだ。その後、ナイフで首を一突き。」

「ナイフはそのまま。」

「ああ。」

「ナイフから探ることは?」

「どうも以前から複数購入していたらしい。さっきの写真はナイフを購入している時のものだ。」

「そいつは何本買った?」

「分かっている限りで四本。」

「俺なら五本は買う。」

「俺も。」

「俺も。」

「どうして。」

 山崎は困惑しているようだった。

「だってきりが悪いから。」

 俺は答えた。

「全てのナイフを使わせる前に捕まえたい。」

「レイプ中の猿轡は?」

 縄だったようだ。

「じゃあ、人通りの悪いところに潜んでいれば、捕まるだろ。」

「それが、どうしてか捜査の目を簡単にすり抜けてしまう。まるで未来を知っているように。このことについてどう思う。」

 二人は頭を抱えていた。

「別の世界で何度も同じことをしている――だから、行く先が分かる――とか?」

 キズと山崎はきょとんとしていたが、オールバックは突然立ち上がった。

「次に狙われるのは佳菜子ちゃんだ!」


 謎の組織の力は凄いらしい。山崎に指定された場所で待っていると、千石佳菜子がすたすたと歩いてきた。俺たちは佳菜子の後ろについていく。

「なあ、お前の言ってたこと、嘘なんだろ。」

 俺は言った。

「佳菜子ちゃんが襲われるのは嘘じゃない。」

「分かってる。でも、それ以外は嘘。」

 キズが言った。

「なんだ。ばれてたか。」

 人の命がかかっているのに、少し不謹慎かもしれないが、暇であるのも事実。俺たちは話した。

「俺の世界の佳菜子ちゃんは死んじゃったんだよ。彼女は俺の心の支えだった。俺ってさ、お前とは違って、道化を演じてたんだよな。それがすっごく苦しくって。でも、テレビの中の佳菜子ちゃんを見てると、そんな現実を忘れられて。彼女が死んだとき、すっごくショックでさ、もしかしたら、この世界のどこかに、いや、別の世界には佳菜子ちゃんが生きてる世界があるんじゃないかって。そんなわけないと思って鏡を見てたら、佳菜子ちゃんがまだ生きてる映像が鏡に映ったんだよ。俺はずっとそこに行けたら、と思ってた。そうすれば、佳菜子ちゃんを救うことだってできるかもしれないって。だから、お前には感謝してるんだ。」

 オールバックは主に俺に言っているようだった。

「でも、いつから分かってたんだ。」

「初めっから。」

「右に同じく。」

「なんで付き合ってくれたんだ?」

「初めは早く帰ってほしくて、付き合ってた。だが、俺とキズだけがその場にとどまって、お前が買い出しに行ったとき、帰ってきてくれただろ。その時から、お前のために何かしてやりたいって。友達のためにな。」

「俺はこの世界が好きなだけだ。平和が一番。だから、手伝ってるだけ。」

「おまいら・・・」

 別にオールバックの目から涙が止めどなく溢れてきたわけじゃない。俺たちはみんな、そんなガラでないことは分かっている。

 そして、目の前で佳菜子が消えた。俺はポケットに忍ばせてあったナイフを抜く。他の二人は直ちに佳菜子が消えた路地に向かった。俺が見た時、もうひとりの俺が、佳菜子の首筋にナイフを突きつけているところだった。俺は佳菜子のことなど構わず、闘将を押し倒す。その時に、しっかりと首にナイフの先をつけておいた。そのまま押し倒されれば、闘将の首にナイフが刺さる。実際、そうなった。初め、こりっという感触だった。その後、金属音とともに、手に激痛が走る。コンクリートにナイフを勢いよく突き付けた反動だったのだろう。俺の全体重をかけたのだから、首の骨を貫通して、下のコンクリートまで到達したようだった。血は思った以上に出なかった。全く動かないところから見ると、すぐに絶命したのだと分かる。俺は死んだ闘将を見て言った。

「お前、似てないな。」

 これまでかというくらい開かれた目は、焦点が合っておらず、水晶玉の人形の目に思えた。それがだんだん乾燥してくるので、魚の目だと訂正した。俺は闘将の襟首を掴むと、メッキのように輝いていた排気ダクトに押し付けた。力の抜けた死体というものは、水分を大量に含んだ布のように重たく、思いのほか横柄してしまった。闘将は排気ダクトの中に吸い込まれた。正確には、排気ダクトの鏡面になっている面の部分に押し付けた。すると、思った通り、するすると鏡面の中に吸い込まれていった。

「お前も死体をこうすりゃよかったんだ。」

 俺は最後に闘将の死体に蹴りを入れて、向こう側に飛ばした。ヤツがどの世界に飛ばされようと、関係はない。

「ほら。帰るぞ。」

 その場のみなが、放心状態だった。誰も返事はしなかった。俺たちが仕事を終えるのが分かっていたかのように、車が俺たちの前に止まった。


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