【第003話】惑星観察記録
システムチェックを終え、問題が無いことを確認したジェイクは、惑星の観察結果を眺めていた。
惑星の三つの大陸では、それぞれに複数の人型の知的生命体が活動を開始しており、そのデータをまとめていく。
ファーストと呼ばれる在来大陸は最もかつて人類が誕生したとされる〈地球〉に似た環境で、生活環境としては申し分無いのだが、人の発生が最も遅く、原始人のような暮らしぶりを見ることができた。まだ特定の集落を形成するには至らず、狩猟や採取をしながらある程度の群れを形成していた。
「ヒト種と思われる種族だが、遺伝的な解析を行いたい」
『遺伝子解析プログラム起動。地表のナノマシンとリンク確立。組織干渉確認。解析開始・・・・・・・・解析完了。ほぼヒト種です。遺伝子情報の一致率は72.6%ですが、染色体の数など似通った部分も多く、交配も可能という結果が得られました』
「なるほど、似た環境ならば似た結果が得られる、か。一致していない部分の解析も頼む」
『了解。少数の個体の体外に、ヒトとは異なる器官が確認できます。用途は不明。劣性遺伝で発現しているものは少数。また、他にもヒト種と交配可能な種族が発見されています』
「よし、確認してみよう」
山間部、ヒト種が繁栄している平野部、河川沿いから離れた厳しい地域では、背中に翼を持つ種族が少数ながら発生していた。
また、大陸東部の渓谷では、大人の平均身長が身長が3mを超える巨人族がかなり小規模だが生活を営んでいる。
「以外に多いものだな。やはり地球とは違う、ということか。ところで、あれだけ大きさが違ってもヒト種と交配が可能なのか?」
『遺伝情報的には肯定。 ただし、通常のヒト種のメスに対し、巨大なオスでは物理的に交配は難しいでしょう』
「ま、そりゃそうだな」
ジェイクは他にも観察結果を詳細に解析し、次の大陸の観察を開始した。
セカンドは緑豊かな森で覆われた大陸だ。大陸全体を覆いつくす大森林は、地球環境の木よりもはるかに大きく、地上30~50mほどの大樹だった。
いち早く文明と呼ばれるものが発現したこの大陸では、集落が集まって村を形成し、大きな規模のものでは数百人が集まって暮らしていた。特筆すべきはその容姿である。ファーストで発生した人類が、容姿も、遺伝学的にもほぼ人と同じなのに対し、セカンドとサードでは環境の影響か、人類とは異なる種族が多数発生していた。
セカンドの主たる住人は、ヒトと比較すると顔が小さく手足が長い。そして、特徴的な長い耳を持っていた。
「これは・・・空想の物語に登場する〈エルフ〉に似ているな。・・・面白い。言語解析は済んでいるか?」
『完了しています。現在使用されている言語は主に3種類です』
「では、こちらからのメッセージを送信しろ。『お前たちはエルフだ』と。伝達の方法は任せる」
『実行方法を検討・・・キューに登録、プロセスを開始します』
さらに観察を続ける。
セカンドは圧倒的にエルフが多く、少数派としては獣人が二種類ほど発見でき、それぞれビースト、ワーウルフと名付けた。
ビーストは黄金に輝く鋼のような体毛、平均身長が2m20cmを超える大型種で、既知の生物で例えるなら二足歩行のライオンといったところだろうか。
エルフとはかなり生活水準に差があり、いまだに集団で狩猟生活を営んでいる。武器を使うこともなく、鋭い爪と牙で獲物を捕らえていた。
ワーウルフはその名の通り狼のような種族だ。
ほとんどが黒か灰。ビーストよりも知能が高いのか、文明レベルは以外にも高く、農耕や牧畜をしながら定住し、狩りや争いには武器を用いていた。
「人型とはいえ、エルフと獣人か。 将来的には差別意識から争いが絶えない社会になるかも知れんな」
『対策を講じますか?』
「いや、すでに大幅に干渉したとはいえ、ここからは流れをそのまま観察したい」
宇宙で人は差別意識を克服した。
遺伝子を制御したことにより、人は容姿や能力を政府の制限下でコントロールしている。
かつては〈量産型〉とも揶揄されるような『容姿端麗、文武両道』という人類の比率が飽和したが、現在では個性的な特徴こそ尊重されるようになった。
一度〈無個性〉に収束した結果、尊重すべき個性が生まれたのだ。
新しい世界ではどうなっていくのか、大いに興味があった。
「さて、サードのほうはどうなっている?」
サードは殆どが荒れた大地だ。緑が少なく、森と呼べるような場所はごく僅か。その僅かな範囲に存在する豊かな大地には、大型の獣や恐竜にも似た大型の爬虫類が跋扈し、高度な武器を持たぬ人類など、すぐに絶滅するであろうと思われた。
短い雨季と長い乾季。寒暖の差が激しく、昼は灼熱、夜は凍える。弱い生物は水を求めて大移動を繰り返す。
このような厳しい環境下でも、人は発生した。
彼らは主に地下で生活している。寒暖の差や水の不足を、地下を掘り進むことで解決したのだ。地下の生活に適応した彼らは、小柄で筋肉質の体をしている。
「・・・・・これもどこかで・・・・・・・ああ、ドワーフか」
人が宇宙に進出し、科学技術が大きく進歩を繰り返してもなお、魔法と言うものに対する憧れは消えない。遥か昔より剣と魔法の物語は人々の好むところだ。それに近い生命体が続々と生まれてきている。
この事実にジェイクは興奮を覚えた。
「よし・・・この種族の名は『ドワーフ』だ。そう伝わるように伝達してくれ。この件に関しても手段はまかせる」
『実行方法を検討・・・キューに登録、プロセスを開始します』
他にはどのような種族が見られるだろうか。注意深く観察していく。
すると、ドワーフのように小柄だが、少し異なる容姿の種族も繁栄している。
「これは・・・ドワーフとは違う・・・か?」
『遺伝学的な解析を行います』
「筋肉質ではないし、顔のサイズも小さい。あえて言うなら小人族だな」
『・・・解析終了。ドワーフとは完全に異なる遺伝構造をしており、構造としてはヒト種に近いという結果がでました』
「やはり小人なのか。彼らの名は・・・いや、やめておこう。彼らがどういった存在になっていくのか、というのも見てみたい」
巨大な生物が多い平野部を詳細に観察すると、湿地の一部に二足歩行の人型のトカゲを発見した。
「あれは・・・人に近いトカゲなのか? 解析を頼む」
AIが解析を行う。その結果は驚きに満ちていた。
なんと、遺伝的にはヒト種とほぼ同じ。交配も可能ということらしいのだ。・・・かなりできにくくはなるようだが。
見た目は爬虫類だが、生物学的にはちゃんと哺乳類になるようだ。タマゴも生まず、母親の腹の中で幼生体が育つ。
「しかし、ヒトと交配可能と言っても、どのような子供が生まれるのだ・・・」
『シミュレーションを行って映像化しますか?』
「いや、いい。やめておこう」
見てはいけない気がする。ジェイクは心からそう思った。
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偵察に出た小隊が、うっすら、ぼんやりと光る宙域を発見したのは、翌日の早朝にあたる時間のことだった。小隊のリーダーが、現況を超高速通信を用いてリアルタイムで報告する。
ジェイクはカプセルの中、寝起きだった。〈寝起き〉といっても、通常の人間の寝起きとは違う。ジェイクが寝ている状態、それはCPUに自我を全部譲渡している状態のことを言う。
理論的には睡眠は必要なかった。CPU制御で睡眠時の分泌物を生産し、覚醒状態を保つことができる。
だがジェイクはそれを好まなかった。『人としての最後の尊厳』ということらしい。
報告を見て分析したところ、どうやらナノマシンが集結しているようだった。
「・・・おかしい。 あの一帯のナノマシンは制御下にないぞ。」
『プログラム確認中。いくつかの破損ファイル、および極小のゴミファイルが集積されているようです。』
「解析は可能か?」
『現在アクセス試行中。・・・ネットワークが切断されています。アクセスルート、こじ開けます。警報・・・進入プログラムが攻撃を受けています。アンチウィルスプログラム作動。・・・既存のウィルスに該当無し。対応プログラム構築します』
「・・・探知されないほど細分化された新型のウィルスか?」
ここまで自分のCPUが苦戦をするプロテクトやウィルスも珍しい。民間の最新型・・・としてもここまでの物は初めてだ。
『敵性プログラムの攻撃を受けています。・・・アクセス中断、プロテクトに専念します。』
なにか、得体の知れない恐怖を感じ、背中に汗が垂れるような感覚を受ける。
『敵性プログラム、システムの3%を侵食。カウンタープログラム完成。迎撃を開始します。』
恐怖は当然だった。CPUは遥か前時代の独立したマシンではない。自分の脳に直結されていて、しかもジェイクは相互アクセスをする特別製だ。ウイルスの攻撃でシステムがダメージを受けるということは、脳の内部にダメージを受ける、という事になる。
『・・・敵性プログラム排除完了。システムチェック、グレード5で行います。』
「ふぅ、何とかなったか。しかし、今のはまさか・・・・・!?」
同時に、アラートが鳴り響く。
『メインシステムがガルスのAIに進入されました』
「即座にアンチウィルスプログラム起動! 進入経路を遮断し、解析を始めろ! さっきの対応プログラムが使えるか?」
『アンチウィルスプログラム、機能しません。短期間で進化しています。現在、艦体制御機能のほか、時空間転移プログラムが異常です。』
「なに? 艦体制御を取り戻せ!」
『解析、およびカウンタープログラム完成。・・・艦体制御機能を再奪取。』
『少佐ァ!!・・・・ああああああああああ!!!』
突然、思考型通信が送られてきた。アーウィンのようだが、発狂している・・・?
「アーウィン! どうした!」
『メインシステムより、個人のインプラントに侵食拡大。敵性プログラムのアクセスを確認・・・排除完了。安全のため、外部との接続を遮断します。』
「まずい、全てが後手に回っている。この敵性プログラムの目的はなんだ?」
『現在解析中』
巨大な黒が周囲に広がる。
「これは一体!?」
『転移層の発生を確認。 当艦を中心に大規模転移が発動します。』
「制御を奪い取れ! 転移させてたまるかッ!」
『解析中、解析中、解析中・・・一定の揺らぎを持って構造が変わる、きわめて特殊なプログラムと判明。カウンタープログラムの作成は困難です。』
「まわせるリソースは全部まわして対応! 間に合ってくれ!」
全てのコントロール機能をカウンターに集中させる。ジェイクは人としての活動を殆ど停止させ、対応していく。
『揺らぎのパターンを解析、カオス構造を逆アセンブル、カウンタープログラム構築完了。排除開始。・・・間に合いません、転移、来ます』
外ではこの人工の星系を包み込むほどの転移層が広がっている。
(カウンタープログラムはウィルスを駆逐できただろうか)
すさまじいGが体の自由を奪う。
そこでジェイクの意識は途切れた。