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始の章―イマジネーション―  作者: 風純蓮
序の話―取り巻く現実―
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胡蝶の夢と約束

 ――夢と現実の区別がつかない。初めてそんな体験をした気分である。

 俺は確かに、不思議探求部の男性陣の中に紛れて布団に潜って寝た。よってこれは夢に違いないのだが、何故かあらゆる感覚が現実味を帯びていて気味が悪い。

 ただ、"超能力が発動できない"。

 先ほどのこと。イマジネーションにより夢から覚めようと試みたのだが、あえなく失敗に終わっている。普通なら不可能だろうが、夢の中で目覚めの想像をすれば目が覚めることは既に立証済みであり、その確信を元に出来るかと思ったら出来なかったのだ。さらに、1ヶ月に亘る特訓をする前でもできた、食べたいものが食べられるという想像。実験程度にやってみたのだが、なんとこれも現実になっていない。

「……」

 その代わりと言ってはナンだが、俺の手元には1台のボードがある。

 スケボーとは違ってホバークラフトのように、どうやら空気の力で浮遊して移動するものらしい。殆ど無に等しい確証だが、何故か本能的に分かる。

 そして俺は今、見たことのない都会のビルの屋上に立っている。なんとなくニューヨークと香港と東京を足して3で割らない感じの、夜だってのに喧騒としててビルの明かりも最強な都会。明らかに日本ではない、しかし海外でもないという、物語の中で出てきそうな絵面である。

「あれ、珍しー! なんでアンセムがここにいるの!?」

 見知らぬ少女が、日本語を話してこちらへやってくる。

 ということはここは日本か。だが何故、コイツは俺の事をアンセムと呼んでいるのだろうか。

 念のためと確認したが、周囲には誰もいない。

「もう病気はいいの?」

 活気を感じさせる、溌剌とした明るい色合いの髪と目と服。正直に言おう。可愛い。

 ただ、全く見覚えが無いのは確かで、そもそも俺の名前はアンセムではないし病気も患っていない。

「……?」

 戸惑っていると。

「どしたの? そんなことより、今日こそライドするんでしょ。はやく行こうよ!」

 ライド――とは、このボードに乗ることを意味するのか。

 試しにスケボーのような感覚で足を乗せてみると――慣れてるのかと錯覚するほど、自分で言うのもなんだが乗るのが上手いらしい。両足を乗せるとフワフワと浮遊しはじめたが、全くバランスを崩すことがない。他人が乗り移っているかのようだ。

 ――すると。

「よっと」

 ふと少女が俺の背中に負ぶさるが、バランスは揺ぐことなく、ガッシリとそのままの姿勢をキープしている。さも背中の少女なんて居ないかのような感覚である。

「行こうよ。また昔みたいに、私の知らない世界を見せてっ」

「……」

 どうすればいい。何から聞けばいい。何を話せばいい。しかし戸惑っている間にも時は過ぎていく。

 ――最早言葉は不要か。そんな中途半端にカッコいい気がする結論に至った理由は、俺が物凄くこのボードを操作したい衝動に駆られているから。

 故に俺は、まるで身体が覚えているように――車さえ優に追い越す速さで前進を開始。そのままビルから飛び降りて地上に降り立ち、超絶低空飛行を始めた。

「あははっ! 久し振りに気持ち良い~ッ!! やっぱこの感覚だけは忘れられないよー!」

 背後で歓喜する少女を他所に、俺は夜の都会を疾走する。

 警察は――まだいない。道行く人が驚くばかりで、捕まる心配はなさそうだ。

 というか、この様子だと逃げ切れる自信もあるが。

「そうだ、海まで行こうよ! このまま真っ直ぐ進もう!」

 言われるがまま、ひたすら真っ直ぐに進む。

 やがて港町が見えてきたので、岬でボードを止めて少女を下ろした。

 ――何やってるんだろうな、俺。

「わー、朝日昇ってるよ!」

 ほんとだ、朝日である。

 っつーかさっきまで深夜帯だったのか。休むことなく24時間ずっと騒がしい都会ってのもどうかと思う。

「綺麗だね~」

「――朝焼けだな」

「ふぇ?」

「朝焼けだと、今日は雨が降るぞ」

「えぇ、そんなぁ! 今日テレジアちゃんと遊ぶ約束してるのにぃ……」

 初めて何とか搾り出した声による会話は何とか成立したようだ。

 声色も、僅かに残る水溜りに映る俺の顔も、確かに俺に変わりは無い。ただ、俺の名前がアンセムであることと、隣で朝焼けを見て浸る少女の名前を知らないことと、彼女の知り合いにテレジアという知り合いがいるらしいことと、この町並み。この4点は不可解である。

「……なぁ」

「ん? なあに?」

 打てば響くように返事が返ってくる。

「君の知っている俺は、どんな人なんだ?」

「――何言ってるの? アンセムはアンセムだよ。このあたしルフィーナが誰より知ってる、孤独と絶望から救ってくれた王子様! なんてねっ」

「……そうか。君は、ルフィーナっていうんだな」

「え……ちょっと、どうしちゃったの? いつもルナって呼んでたのをいきなり……あ、もしかして。病気して寝てる間に記憶なくなっちゃいました的なオチ?」

「どうやら……そうらしい」

 なるほど、俺は病気をしていたのか。

「そんな……もうあたしの知ってるアンセムはいないの……?」

「――いや」

「?」

「ルナ、で良かったか? 俺と君の間に何があったか、今の俺には全く分からないけど――思い出を失ってしまったのなら、また作り直そう」

「作り直すって――どうして? もしかして本当に記憶が無いの……?」

「あぁ」

「……」

 先ほどまでの元気な彼女――ルフィーナことルナは何処へやら、すっかり気落ちしている。

 どうやら俺はこの子にとってすごく"大事な人"に当たるらしい。

「今までの俺がどんな人だったか、全て教えてくれ。物真似は得意だ、すぐにそっくりになってやるさ」

「――あはは、記憶失う前もそう言ってたよ。物真似が得意だって。でも……」

「でも?」

「あたしは君と、すっごく濃密な日々を送ってきた。夜にベッドで身体を重ねる程――それを取り戻せるのかな……」

「――取り戻してやるさ」

「え」

 戸惑い、涙目になっているルナを真っ直ぐに見てやる。

 記憶がないというよりは、ここは月宮芳幸である俺の夢なんだが――なんだか泣いているルナを見ていると心が痛む。だから。

「記憶を失う前の俺は、ルナのことを愛してたんだろ? だったらまた、すぐに君を愛することだって不可能じゃないはずだ。記憶は消滅しても、人間の本質が変わらないならな」

「……信じてるからね、その言葉。あたしは君を愛し続けるから、いつか"また"私を愛して」

「当然だ」


 こうして、夢の中で交わした小さな約束。

 これは後程、とても大きく――夢でも現実でも、どこまでも広がるのだった。

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