理想世界
もう何がなんだか分からない。いや、展開の早さから今までも中々頭のおかしい出来事が連発したが、今回ばかりは本当に理解不能である。
あれから俺は、あの黒い翼の持ち主ルシファーに頭を突かれたので、何だと思って反射的に閉じた目を開けてみると、今度は周辺が花畑になっていたのだ。
「……」
今度こそ本当に何も無い、ただ花畑と青空が広がるだけの世界。
また別の異世界だろうか。アイツの意味深な呟きは結局謎のままだが。
「――お?」
気付けば俺の周辺には、見覚えのある人物が倒れ臥していた。
と言っても2人だけで、吉良里美と神楽沙耶である。何なんだコイツら。
「ん?」
今度は何だ。目の前に暖かい光が満ちてきたぞ。
「……呆気ないものね」
「あ?」
光の中から、声がする。
「好きなように、全てを操る。その通りに動くのが、とても滑稽」
続いて、その声の主と思わしき人物が光の中から出てきた。俺より少し小さな身長の、儚い雰囲気の女の子だ。風に揺れる長髪は純粋な白に染まっており、瞳は不思議なことに、白を基調として薄く虹色に染まっている。顔立ちは――とても可愛らしい。いや、美しさと可愛さを上手く両立できている、完璧に綺麗な子だ。
「でも、貴方だけは強力だったわ。少し手間取った」
「何言ってんのお前?」
だが、出てくる言葉は電波極まりない。
「貴方の言う早すぎる展開、非常識な出来事、矛盾だらけの物語……それらは全て削除した。直にそこの人間も消えるわ」
「あ?」
そこの人間と言われ、神楽と吉良のほうを見る――と、唐突に彼女達は光の粒子となって本当に消えてしまった。
「……何をしやがった」
「美しいものを創るのに、不純なものは要らないわ」
「言葉のキャッチボールをしっかりやらんかいっ。お前、さっきから聞いてりゃ喋りたいことだけ一方的に捲くし立てやがって」
「落ち着きなさい」
「……」
普通なら「落ち着いてられるか」と言うところなのだろうが、どういうわけか俺の昂った感情は一瞬で静まった。まるで――この子が操ったかのように。
「――理想的な世界の創造には、まだ時間がかかるわ。生命が存在する世界において、時間という概念を書き換えてしまっては何も観察が出来ない」
「書き換え? 観察?」
「あらゆる視点から見た様々な可能性――その中から真の理想を取り出す。取り出した理想は零の世界に入れて、理想だけの世界を作っていく。それが私たちの目的」
「だーかーら、何が言いたいんだよお前は。っつーか、私たちだぁ? 俺も入ってるのかよ」
「……」
その子は暫く黙り込んだかと思えば、再び意味不明な言葉を並べていく。
「貴方が感じている、今此処。それは全ての始まりになるの」
「はぁ?」
「そうね……貴方の世界では、アダムとイヴの話があったでしょう? 私と貴方は、それに当たるわ」
「俺がアダムで、お前がイヴ?」
「えぇ。生命の始まりであり、理想世界の創り手。ここは理想世界で、この外にはもう何も存在しないわ。いくつもの姿であらゆる実験を試みたけど、今の私――元の姿が、一番気に入っているようね。だから、貴方をここに連れ戻したわ」
「冗談じゃねぇ、俺は一般人だ。得体の知れないお前と一緒にされて堪るか。っつーかさっきから色々意味が分からんぞ、何なんだよお前?」
「……」
少女は、俺に背を向ける。
「貴方と私は同等。私が書き換えて解決する問題じゃない」
「何の問題じゃ」
「ここは理想世界」
「それはさっき聞いた」
「この外には何も無い」
「それもさっき聞いた」
「貴方が見てきた今までの景色、星、人物――それら全ては、私の意識と貴方の無意識が作り出した幻像に過ぎない。実在する世界ではなかったの」
「……ちょっと待て。つくづく引っ掛かるんだけどよ、お前もしかしなくても……」
――エターナルマザーだろ?
その問いに彼女は――
「えぇ」
――と、振り向き様に首肯した。
「私に名前は無い。でも貴方が幻像の中で、私の事をエターナルマザーと呼んでいたわ」
「マジかよ……」
今までで一番、わけの分からない現実に出くわしたな。
箇条のようにまとめると、こうだ。
一つ。名も無き少女は、俺がエターナルマザーと呼んでいた神そのものである。
一つ。その少女は理想世界という、全てにおける理想だけを取り入れた世界を創造しようとしている。
一つ。俺はその少女と同等の存在である。
一つ。本来世界とは、俺とその少女が今ここに足をつけている世界だけしか存在せず、地球という星やその他の異世界でさえ、俺の無意識と少女の意識が作り出した幻像だった。
「生命に自我はある。でも、それも私と貴方が創り出したものに過ぎない」
「……なんか一気に寂しいぞ。全てにおいて、俺とお前しか居ないのか」
「えぇ。そして、月宮隆之や芳隆なんていう名前も貴方のものではない。偽名に過ぎない。私と同じで、貴方の本名は無いのよ」
「名前無いのかよ。不便だな」
「不便ではないわ。この理想世界、私と貴方しか居ないから」
「それでも、名前は欲しいだろ。そうだ、折角俺とお前が原点だっていうのなら、物語に因んでアダムとイヴにしようぜ」
「……好きにしなさい」
「よし、決まりだ」
とはいえ、流石の俺も未だに現実が飲み込めない。
母親の腹から産まれてきて、今まで見て感じてきたこと全てが――幻像? 寝言は寝てほざけってんだよ。
しかし、俺の母親"だった"あの女性から産まれてきたのは――多分、偶然そういう設定になってたんだろう。
そして隣に居る少女――俺が名付けたことによりイヴという名前を持ったこの子は、幻像というプログラムのあらゆる"書き換え"が出来た。どんな無茶でも幻ならばやってのけることができたのだろうさ。
そんな彼女が唯一慎重になっていることと言えば、この理想世界とやらの創造。でもって俺も濃密に関わっているという。
――さあ、俺は何をすれば良い。




