あれの望む場所
いつか帰れるだろうかと不安に狩られる里美を他所に、俺は元の世界へ帰る手段を探すため戦いに身を投じていく。
里美に日常を――そう思えば思うほど俺のイマジネーションは威力を増し、今やミカエル軍の勝利は目前かと思われるほどだ。
しかし、必ず立ちはだかるのが壁というもので。
「これ以上はやらせないわ」
目の前で不敵に微笑む女性――彼女はどうやら、サキュバスという悪魔の種類らしく。
「……効かねぇだと」
俺のイマジネーション悉く無力化する、とんでもない奴だった。
「思念術使いかしら? 不思議な力……でもね、君が男である時点で、私には勝てないのよ」
自信満々に言う口は伊達ではない。事実、俺のイマジネーションによる攻撃は全て、サキュバスに触れる前に消えてしまっているのだ。
「サキュバス――神が人間を犯す、だったか?」
「あら、よく知ってるわね。でも見ての通り、悪魔だけどね」
「わりぃな露出狂、今の俺の性欲は皆無なんだ。他あたれ」
「ダメよ。それに貴方、サキュバス族に対して変なイメージ持ちすぎよ。私達は男から精を吸うだけで、別にエロいことだけが目的じゃないわ」
「……なるほど、その際どい衣装は男を誘うためか」
尚更厄介だ。精を吸われては衰弱死という未来が見える。色仕掛けで俺が落ちるとでも思ったかルシファーめっ。
「って、ちゃっかりエロいことも目的かよ」
「どうせ相手は死ぬんですもの、愉しまないとね」
「ハートマーク飛ばしながら言われてもテメェの誘いには乗らないぞっ」
「そんなこと言って、いつまで持つかしらね?」
「……」
確かに、サキュバスが醸し出す――フェロモン的な何かは非常に強力だ。俺の理性が危ない。
里美を思い出すことで辛うじてブレーキをかけているが、口では強がっていても俺の本能が理性を吹き飛ばさんと内部膨張を始めている。
――すると。
「何をしている?」
ブリュンヒルデ――かの有名な戦乙女が登場した。
彼女はミカエル軍に所属するヴァルキリーで、実力と言えば話しにあるとおり無敵に近い。
「お前は――ツキミヤだったか」
「おう、ツキミヤでっせ」
「……ふむ、サキュバスを相手に苦労していたと。君も男だな」
「恥ずかしいこと言うのやめてくれませんかね」
とはいえ、女性が来てくれたのは助かった。サキュバスの吸精やフェロモンは無論、女性を相手にしたところで効果は全く無い。
「さて、ここからは私が相手をしよう」
言って、サキュバス相手に廃墟の一角で槍を振りかざすブリュンヒルデさん。
「逃げるなら今のうちだが?」
「……」
するとサキュバスは、黒い煙になって消えた。
「ンだよ、ワープとか卑怯だぞ」
「君にとっての宿敵が消えただけマシだと思え。さあ、進軍開始だ」
「はいはい」
――と言いかけたときには既に遅かった。
「?」
やけに寒いと思ったら――辺り一面が凍土と化しているではないか。
「……おーい、ヒーさん?」
ブリュンヒルデと呼ぶのは長ったらしいので適当にニックネームをつけて呼んでみるが、気付けば彼女の身体は非常に冷たく、宛ら氷漬けになっているかのようだった。
「……」
唐突な凍土。一体誰の仕業やら。
「手間をかけさせてくれたな、少年」
「!?」
圧倒的な威圧感に振り返ると――黒髪黒目に漆黒の巨大な翼が印象的な男が立っていた。
「……まさか、お前は……ルシファー?」
「俺の名前を知っているか。異邦人と聞いたが、勉強熱心だな?」
「……」
冗談じゃねぇ。異世界へ来て3日、もうラスボスの登場とかどこのマゾゲーだよ。
「俺は退屈の慰みに、天界への反逆を開始した。その障害となるならば、ここで消えるが良い」
「マジかっ」
――さあどうする、月宮隆之。相手は比類なき強大な力を持つルシファー、果たして俺の命運や如何に。
とりあえず避ける。でもって防ぐ。赤子の手を捻るような攻撃を繰り出すルシファーは無限に闇の球体を生み出しており、俺はそれの対処に必死になった。
「あーもう、元の世界へ帰りたいだけなのに何でこんなことに!」
思わず叫んでしまった。
「――異界へ戻る、か」
「おうおう、お前ごときが何を知ってやがる?」
ふと、ルシファーの攻撃が止まる。
「俺と里美を元の世界へ返してくれるのなら、退いてやってもいいぜ。いや、それどころか死んだ悪魔共を生き返らせてやろうか?」
「……お前が帰るべき場所は、大いなる原点ではないのか?」
「は?」
大いなる原点とは如何に。
「なんじゃそりゃ」
「曰く、全てを創った何かが存在するとされている場所。曰く、生命という輪廻にいるうちは、決して触れることの出来ない存在がある場所。そんなところだ」
「――エターナルマザー、か?」
「……なるほど、こんなところに、な」
「おい、何を納得してやがる」
「悪いが、事情が変わった。お前を此処から消し、"あれ"の望む場所へと誘ってやろう」
「は? ちょ……」




