神話の世界
「……酒臭ッ」
その一言と共に起き上がった俺は、全力で窓を開け放つ。
気付けば寝ていたようで、朝日が昇っている。時計を見ると朝の8時だ。部屋を見渡せばみんな好き好きに眠りこけており、数人の思春期の男女が同じ屋根の下で眠るという珍しい光景を目の当たりにできた。
みんなには悪いが、スマホのカメラで写真に収めておいた。これも思い出の一環となるように。
「……」
みんなを起こさないように部屋を出て、顔を洗い、二日酔いしていないことを確認して外に出る。
きんと冷えた空気が肌に触れて、冬好きの俺にはこの上なく心地よい。
「芳隆君」
「?」
里美がやってきた。
「わりぃ、起こしたか?」
「別に。気付いたら朝だなぁって思って、外に出たら君がいた」
「そうかい」
「……」
「……」
沈黙。ここいらは住宅街なので、およそ喧騒とした空気とは程遠い。
やがて静寂が場を支配すること数分、先に里美が口を開いた。
「お風呂借りていいかな?」
「いいよ」
「ありがと。じゃあ一緒に入ろう」
「おう……ってオイ、今何つった」
「今更何言ってるのさ。ほら、君も来るんだよ!」
「ちょ、引っ張んな……」
――――そうしてやってきた風呂場なのだが。
「……」
「……」
俺たちは、絶句した。
「何、ここ……」
吉良が戸惑うのも無理は無い。束の間の平和に埋もれ、忘れていた現象がここに在った。
俺たちは異世界にある、例の洋館へ飛ばされていた。
「マジかよおい」
「え、え? 何、どういうカラクリ? っていうか何ここ?」
「分かんね。でもここ、俺一回来たことあるんだよ」
「あるんだ……」
「あぁ。前回は確か、俺の部屋に入ろうとして扉を開けたらこの光景だったな」
懐かしの洋館を久し振りに歩く。
結局ここは誰の持ち物でも無いらしく、俺と神楽が使った痕跡があるだけで他には何も変化がない。
さて、ここが異世界であるのは言うまでも無いだろうが、ここが以前と同じ異世界とも限らない。
何故なら窓から覗く洋館の外が、あたり一面が草原という何とも美しい風景を見せてくれるからである。
というわけで、里美も心の準備が整ったところで、洋館の外に出てみる――と。
「ん?」
やけに臭い。
「何だろこの臭い……」
里美も、鼻をつまむとまではいかないが悪臭に眉根を顰めている。
あたり一面草原、しかし自然の香りとは程遠い、煙にも似た臭いが空気を支配している。
「煙たいな。これ硝煙の臭いじゃね?」
「硝煙?」
「火薬が爆発したときの臭いだ。戦場の臭い、みたいな。何も確証はないけど、そんな気がする」
「変なフラグ立てないでよ」
――と言った里美の言葉は、飛来した1本の矢によって現実となった。
「……」
俺の目の前に落ちてきた矢は、木だか金属だか謎の素材で出来たもの。
この矢がどこから飛んできたかというと、なんと空からで。
「お前たち、何者だ!」
上空から滑空しながら飛んでくる、比喩的な意味ではなく天使とも言うべき容姿の女性が飛ばしたらしい。手元の弓が、そう語っている。
「えーっと」
異世界人です、なんて言ったら即御用となるに違いない。
では何と言ったものか――隣で戸惑う里美を他所に言いあぐねていると。
「その者達に敵意は無い」
さらに別の天使が飛んできた。
しかし前者とは違い、明らかに風格や装備などが上位の天使である。階級的に上に位置する天使と見た。
すると、下位の天使が飛んできた上位の天使をこう呼んだのだ。
「ミカエル様!」
――ミカエル。
ネタでもない限り、俺は絶対に聞き間違えをしない男だ。ならばこの圧倒的なオーラの持ち主である天使は、あの神話だかよく分からんのに出てくるミカエルとなる。
まさかこんなところで大天使とご対面か。
――ということは、だ。
「そんなことより、お前たち」
「は、はい?」
急にミカエル殿に話を振られる。
「ここは危ない。直にルシファー直属の軍隊が来る」
――ルシファー。
ここいらで大体読めた。恐らくここは神話の世界……つまり前回とは違う世界となる。
さて、どうしたものか。とりあえず、ミカエル殿の判断が下った後にでも、里美に状況の説明をしないとな、
唐突過ぎる異界冒険譚、ここに第2の幕を開けることとする。




