壊され続ける人格
「お父さんはね、私を見るなりいっつも抱きついてくる人だった。お母さんも同じだし、何より雰囲気が違うもん」
「お前……」
「いいの。もう、どうだっていいよ。どっちみち今のがお父さんだったら、お父さんじゃなくていい」
グランツの心臓を刺し切った里美の右手は返り血を浴び、引き抜いたナイフも赤黒くなっている。
「……君と、この人の会話。私には何一つ分からなかったけど、私、間違ってないよね?」
「――すまん、実は何も分かんねぇんだ。誰が死んだところで、未来がどうなるかなんて何も分からない。でも、これで良かったなら……いいんじゃねぇの。コイツは、間違いなく黒幕だったんだよ」
「ははっ、そっか。ならお母さんも殺しておかないとね……」
里美の目から、徐々にハイライトが消えていく。やがてアリシアのほうを見ると、ゆっくりと歩み寄り――右手を振り下ろした。肉を切り裂く音と共に首から血潮が噴出し、それがアリシアさんの死を告げる。
「どう? 絶望した? 私は元からこういう人物なんだよ。愛する人が苦しんでるなら、殺して楽にしてあげるんだ。だからここで死んだ2人は、本当の両親って思い込むんだ」
――飄々とした抹茶色の双眸は何処へやら、今や完全に虚ろだ。
「腐ってるよね、この世界ってさ。愛する人くらい、幸せになってもらいたいじゃん? でも、そんなことさえ許されない現世なんだよ? 在るように見えて存在し無い、虚ろな現世……だったらさっさと殺して、次の世界で幸せになってもらう。それが私の主義」
チラッと横目で冬木を見る。彼は平静を装っているが、額から汗が染み出ているのが分かった。
今の里美は危ない。もしや2重人格とでも言うのか。まるで人が違う。
「君だってそう」
「!?」
矛先が俺に向いた。
「何か最近、すごく苦労してない?」
「――青松といい、似たようなこと言いやがって」
「そりゃ言うでしょ。月宮君、納涼祭りの少し前から凄く思い詰めた顔してる。あっはは……"里美が心配するのも分かるよ"」
「……?」
引っ掛かるような言葉は、すぐに胸へストンと落ちる。
コイツは――里美であって里美ではない。
「でもさぁ、"私だって"君を愛してるんだから、いいよね? どうせ君は思い出してくれないんだし、だったら新しい世界で一緒に暮らそうよ。この虚ろな現世とは無縁な、お花畑の世界でさ」
里美の右手が――振りあがる。
「月宮さん!」
冬木の声で我に返った。
「のぁ!?」
そして、間一髪で刃を回避。髪の毛が何本か持っていかれた。
「どうして逃げるの? 思い出してよ」
「何をだよっ!」
避ける。逃げる。これの繰り返しである。
しかし里美は、増殖能力の持ち主だ。距離を取れば取るほど、飛んでくるナイフの数が増える。
「思い出してよ! じゃないと……殺す……」
「待て、おい、落ち着けっての!」
声は次第に悲痛な心の叫びとなり、徐々に殺意が満ちていく様子が感じ取れる。
これが愛情の裏返しとやらなら、コイツは一種のヤンデレかもしれない。
「逃げないで! お願い、私と一緒に死んで!!」
これじゃ埒が明かない。動機不純のままグランツを刺し殺したはいいが様子がおかしすぎるぞ。
しかし、彼女の殺意が何処から来るのか、俺には察することもできない。何せ、徐々にだが思った以上に攻撃が激しく、避けることしか出来ないのである。
「あ……」
すると突然、里美は動きを止めた。
まるで糸が切れたようにふわりと倒れる。
「……?」
何があった。神楽と青松は未だ気絶している。
「――よく分からんが今しかない。冬木、神楽と青松を外に連れ出してくれ」
「分かりました。くれぐれもお気をつけて」
すると、冬木も超能力者であるらしく――神楽と青松の身体を空中に浮かせて運び、音もなく部屋を出て行った。
さて、あとは里美か。
「……」
息こそあるが、倒れた彼女は全く動こうとしない。
しかし唇だけモゾモゾと動いている。心の中に居る2人の里美が喧嘩でもしているのか。
「……おーい?」
返事が無い。
ためしに身体を揺すってみたが起きる気配が無い。
「……はぁ」
思わず溜息が出た。一気に疲労感が襲ってくる。
ここで思う。吉良が俺を襲ったとき、彼女は本当にマインドコントロールを受けていたのだろうか、と。
一応グランツ本人は、実際にマインドコントロールが使える様子だった。だが今の吉良の様子を鑑みると、操られていたとは考え難くなる。
「副作用」
「!?」
気付けば神楽が隣に居た。
「目覚めたのか。っつーか冬木と一緒じゃなかったのかよ?」
「っていうか、元々起きてたよ。さっきまでの里美の様子も見てたし。それで私だけ戻ってきた。貴方だけだと心配だし。青松ちゃんは冬木さんが保護するって言ってた」
「……そうか」
一対一だと、なんだか久し振りに神楽と話す気がする。
「で? 副作用って何だ?」
「マインドコントロールの副作用。操る側の人間は、仮人格というものを操る人間に宿す」
「仮人格だぁ?」
「本来、人間が持つ自意識や人格というのは非常に強力。何を使っても、自壊しない限り殆ど壊れない。だから催眠術のように、本来あるべきではない人格をイメージして宿す。これを仮人格と言って、人間が生きてきた中で培った人格じゃないから非常に脆いのが特徴。この脆さを利用して操るのがマインドコントロール。壊れた人格は何者にも染まるから、わざと壊すことでいくらでも操れる」
――なんだか話が見えてきたぞ。
「マインドコントロールで壊され続けた仮人格も、一応人格に変わりはない。だから、長らく宿っていればいずれ普通の人格になる。そして壊され続けていれば精神的に病む。里美の場合は結果的に、壊され続けて病んでしまった人格と普通の人格の2つが宿った。だからさっきみたいに、たまに表へ出てきては他人を困らせる。もしかしたら、本来の里美は両親を殺すつもりはなかったかもしれない」
「……」
マジかよ。そう思うしかない。
「マインドコントロールの上級者は、通常の人格として成立する前に2つ目の人格を消失させるんだけど、そういう意味では私より下の人間だったみたい。その、グランツって男」
今や屍となり、蛆が這い寄りそうな悪臭を放ち始めたグランツとアリシアの死体。神楽はそのうちグランツのほうを、乱暴に蹴り飛ばした。
「不覚だった。まさか私が後れを取るなんて。本当はここで硫酸の水槽に沈めたいところだけど、人の死体は凄く重たいから運べない……」
「――どうやって証拠を隠滅させる?」
「大した隠滅はしなくていい。血痕を消して死体を処理して、そこの氷漬けになってる人たちを元に戻して"ビリフス"をかければ事件は解決するよ」
ビリフスというのは神楽の得意技のようなもので、相手に言葉を投げかけてその通りに思い込ませるという、言葉では説明し難い催眠術のようなものだ。
「この人たちは、色々な意味で"食えない"人間だった。警察には、山で遭難したとでも伝えておけばそれで解決する。探す振りして探さずに、期限切れでハイ終了、だから。功績は上げたくても、面倒なことはしたくないからね、警察っていうのは。まったく、何のために存在してるんだか」
「……」
確かに、その通りである。




