地下施設再び
なんとなく懐かしさを覚えながら、冬木、吉良と共に中へ入っていく。
やがて現れたのは、やはりあの大仰な緑色の扉だった。この扉を前にして、冬木が俺らのほうを振り返る。
「ここから先、戦闘は免れないでしょう。くれぐれもお気をつけて」
その目配せに頷く俺たちを見て、冬木は扉に手を掛けた――と、その前に。
「……冬木、何を知ってるの?」
不安そうな吉良の疑問が飛ぶ。触れるにはあまりにもタブーなものだが――
「何れお話いたします。今は私を信じてください。全ては里美様の為に……」
――と、立派な忠誠心と共に吉良を宥め、冬木は改めて扉を開けた。大仰な扉の向こうには、嘗て俺が見た光景と同じ、地下へ伸びる真っ暗な階段が続いている。
懐中電灯を片手にその階段を駆け下り、青白い光が廊下を照らすようになってから、いよいよ緊迫とした空気が俺の本能に触れる。いつサイレンが鳴るとも分からないし、どこから刺客が現れてもおかしくない雰囲気だ。死角から刺客――なんていう親父ギャグを思いつくも、今の俺には笑えそうに無い。いや笑えない。
「……」
とある扉の硝子から、明るい蛍光灯の光が溢れている。
注意深く中を観察すると――1人の老人がテレビを見ている様子。まったく暢気な奴だ、野球中継とか。
年の頃、約70代か。常に身体のどこかしらを忙しなく動かしては、何度も「ふぅー!」とか「はぁー」とか「はっ、はっ」とかって虚空へ息を吹きかけており、そのたびにゲップし、「ガァァァァァァゴォガァゴォ」とかいう謎の欠伸をかまし、テレビに映る選手の行動に声を出してダメ出しをしている――ようなのだが、滑舌が悪いので何を言っているのか聞き取れない。
「――何あの人」
やることがまるでおかしい――吉良はそんな目で老人を見ているが、生憎俺のジジイとやってることが全く同じなので驚かない俺が居る。
「変な人だと思わない?」
「思うけど、慣れた。あの光景を目の当たりにするのは」
「す、凄いね君……」
「さあ、用事があるのはここじゃない。冬木の案内に従おう」
「うん」
――黙って、ついていく。
なるべく殺している足音だけが鳴り響き、周囲は静寂に満ちている。
先のように硝子のついた扉というのは殆ど無く、目的地に着く頃には結局空き部屋と老人との2部屋しか見かけなかった。
「――この先かと思われます。誰か敵がいると思ったほうが良いですよ」
「2人とも、俺の後ろに回ってくれ。念のためバリアを張る」
「助かります」
「さっすがぁ」
硝子で出来たようなバリアは、あらゆる衝撃を跳ね返す。触れたと同時に、同じ量の運動エネルギーをそのままお返しするという俺考案の鬼畜バリアだ。
「――いくぞ」
ドアノブに手を掛け、2人が頷いたのを見て――
「うらぁあ!」
思い切り開け放つ。
中には白衣姿の人間が何人かいて、皆驚きと共にこちらを振り返った。その一瞬の硬直が、命取りになるとも知らず。
固まってろと言わんばかりに、俺はそいつら全員を氷漬けにしてやった。あとで一瞬で解凍すれば死ぬことは無い。一時的に細胞の活動を停止させただけなのだから。
「む?」
さて、見たことのある研究施設だ。最奥には例のカプセルが幾つか並んでおり、左右の檻には――眠る神楽と青松の姿。
でもって中央にいる男。奴こそ吉良の父親か――と思って、奴が振り返ったところを見たのだが。
「お前は……」
――なんと、グランツだった。
「させないわっ」
「うおっ!?」
突然バリアが反応し、今度は誰かと思えば。
――アリシアさんだった。
そして、久しく邂逅したその2人を見て。
「お父さん。お母さんも……」
――と呟くのは、誰でもない吉良里美。これは一体どういうことだ。
「全てでは無いにしろ、大半を知られたか。まったく、どこまでも迷惑をかけるな、月宮とやら」
グランツの、赤い双眸が俺を睨む。
「――里美」
「な、何? いきなり名前で呼んで」
「この2人の名前をフルで教えてくれ」
「パパが吉良悠一で、ママが吉良貴美江だけど……?」
「――ほう」
悠一に、貴美江。なるほど、"この世界"ではその名前で通っているようだ。
「――偽名だか知らんが、俺はもう1つの名前を知ってるぞ」
「え?」
「グランツに、アリシア……お前の知らない世界で、そう呼ばれていた名前だ!」
俺が知る2人の名前を叫ぶと、2人はご名答と言ったように不気味に笑う。
「まったく、エターナルマザーも大したことないな。あれは私たちに微笑む、勝利の女神だと思っていたがね」
何やら小芝居が始まりそうだ。
「お前がここにいると言うことは、未来の私はお前と出会っているということだな? フッ、ようやく謎が解けたよ。ある日突然、私は他人を操ることが出来るようになった。これも異界の力かと思っていたが、どうやらそうではないらしい」
案の定、わざとらしく両手を広げてみせるグランツである。
「なるほど、未来は失敗に終わった。つまり私が最終手段を使ったのだな。ならば……ククッ。このマインドコントロールも、私の未来に需要があるらしいな。そして! エターナルマザーは完璧な未来を歩むべく完全なるプログラムを我々に刻む。実に滑稽だ……君もそう思わないか?」
「戯言抜かしてんじゃねぇぞ。エターナルマザーは、自らのプログラムにバグを見出した。だからお前みたいな奴が現れたんだ。本来なら吉良悠一として、ここで只会長を務める人間だったはずだ」
里美は俺らの会話が理解できていないようだが、今は説明している場合ではない。
「そのバグは、修正されて然るべきだ。ならば修正されていない今、これこそが正しき道ではないのかね?」
「――は? アホじゃねぇの?」
心の底からそう思った。
「お前はまだ、エターナルマザーについて知らないことがあるな」
「ふむ、その理由とは?」
「言っちまえば、あれは創造神だ。どっから湧いて出たのかも分からん、俺ら人類では到底知りえない未知の存在――全知なんて言葉が鼻で笑ってやれるわ」
「それを君は知っているようだが?」
「なわけねぇだろ。あれはなァ、1つのバグから大きく乱れた今を、愉しんで傍観してる存在なんだよ。自分自身のミスすら観察してんだ。でもってあれは、観察途中でも様々な"書き換え"をやってのけるだろう。つまり、今は何が起きてもおかしくない世界なんだよ。だから遠い星とこの世界が繋がっちまったし、ノエルとルークの親である傍ら吉良家の大黒柱にもなった。よってお前は、然るべき手順を踏んで必要とされた人間じゃないってこった」
「……」
「さっさと消え失せるんだな。でもって本物の悠一さんと貴美江さんを引っ張り出してやる!」
冬木の指示も、里美の声も聞かず。俺はグランツへ飛び掛る。
「っ!」
すかさずアリシアの攻撃が来る。だが、この壁を前にすれば誰だって無力な存在だ。よって、強力な吹き飛ばし魔法をかけたらしいアリシアさんは――大きく吹き飛ばされて背中を壁に強打。そのまま意識を失った。
「さぁ、残るはお前だけだ。どうする? 土下座して降参するならまだ考えるぞ?」
「……」
「……?」
しかし、気付けばグランツは口から血を流していて。
「え」
バタンと横に倒れた。
「――嘗てのお父さんじゃないってのは分かるよ。だって娘だもん」
言って、グランツを刺していたのは里美だった。




