優しさと狂気
吉良里美――彼女の行動は不審なものが多く、別紙にて詳細を記載しておく。
ここで報告することは、彼女の手によって2体の人工生命体が作られたこと。だが、これは然るべき手順を踏まずに作られた人間であるため、製造者は罪に問われる。よって黙秘事項とする。
尚、人工生命体を製造する技術は現存しておらず、どのようにして技術を習得したかについては調査不可能であったため、ここには記載しない。
作られた生命体のうち、1体は一部分に機械の体をもつ。名前は"Type-EX LUNA ver.1"であり、桃色の長髪と水色の瞳を持つ若い成人女性の姿をしている。これは近々稼働する様子を見せており、我々に対しどのような介入をしてくるかは不明。尚、心や感情などは全てプログラミングによるものであり、この生命体は大半が機械で出来ているため本来の人格は宿していない模様。
残る1体は謎が多く、解明したことは少ない。機械的な要素が一切無く、完全なる生命体として既に活動している模様。碧色の長髪と金の双眸を持つ小柄な女性であるが、名前は無く、経過観察が途中で放棄されている模様。尚、製造過程等を記したと思われる書類などが一切発見できていない。故に、十分に注意されたい。
――冬木からこんな報告書が送られてきたのは、あれから1ヶ月が経ったころである。
「……」
さて、色々わけの分からない報告書だが、気になることが一つある。人工生命体とやらのうち、2体目の生命体が持つ容姿である。
碧色の長髪に金の双眸、そして小柄な体型――と聞いて、俺が目線を向けた先には猫とじゃれあう青松の姿。確かに彼女は小柄な体型で、挑戦的な目つきの瞳は疑う余地も無い金色であり、乱雑に纏められたボサボサの髪は碧色で長く、俺の前に現れた唯一のイレギュラーだが――まさかな。
「なぁ、青松」
「何です?」
打てば響くように返事が返ってくる。口は悪いが、根は良い子なのだ。きっと。
「お前さ、両親っているの?」
「……」
すると黙り込んだ青松は、やがてじゃれていた猫を膝から離して。
「どういうつもりです?」
と、そこそこ怖い目つきで訊ねてきた。
「いや、純粋に気になった。出雲神州に居るともなれば心配してるだろうし、ましてやあの世界には異変が訪れたそうだが。聞いて悪かったか?」
「……いいえ。別に禁止していたわけでもねぇですし、この際だから話すです」
彼女は寝転がって、ぽつぽつと話し始めた。
「アタシには親がいねぇです。気付けば独りぼっちで、でもこの体質だから、生きていくには苦労しなかったです」
この体質――というのは、青松が妖怪である証拠の一つと言えば良いか。
彼女は、人間が持つ三大欲求がない。周囲と調和を取るために必要とすることはあっても、本来は殆ど必要としないらしい。
摂るべき食事は、1日につき木の実3つばかり。水分もコップ1杯あれば十分で、排泄を必要としないほど身体の中で細かく分解して悉く吸収する。だからといって普通の食事では太ることを知らず、いわゆる食い溜めというのが出来るという。つまり彼女は人間以上の行動力があるのだろう。
睡眠も、そもそも彼女自身寝ることが好きらしいので人並みに寝ているが、これも本来は30分ほど行動を停止すれば十分だという。因みに怪我を負っていても、寝れば治るとのこと。即ち人間以上の回復力があるということだ。
性欲に関しては、生殖器官はあっても卵子が無いと言っただけで、彼女が語ったことは少ない。つまり、人間本来の生存本能である生殖という概念が無いのだろう。性欲そのものは別として。
「お腹が空いたら木の実を漁る。喉が渇いたら川の水を飲む。怪我したり病気したら寝る。お金を必要としたら身体を売る。こんなんでも、嘗ての世界では生きて来れたですよ。だから、アタシを養おうとしてくれる人間はパイパイが最初でした。そういう意味では、彼女が親かもです」
だからあんなにも懐いていたのか。
「いきなり何なんです? こんなこと聞いて」
「いや、何でもねぇよ。さっきも言ったように、純粋に気になっただけだ」
「そうですか」
――堂々とした大嘘である。気付けば俺も随分と嘘が上手くなったものだ。
こうなっては青松の過去を詳しく知ることが出来ない。何せ本人も知らなければ、彼女をよく知る人間は出雲神州にいるのだから。とはいえ、日に日に混乱していく記憶の中でも、青松が異世界からの来望者であることは知っている。だったら、この世界で造られたはずの人造人間だから、青松が当てはまるはずが無い。きっと他人の空似ってやつだ。
ならば当分、吉良が作り出したという人造人間に注意するべきか。
「……すぅ……」
「って、風呂入る前から寝てんじゃねぇ」
睡眠欲に関しては中々疑う余地があるな。
「出雲神州の風呂の構造と似てるですね」
「なんだぁ? 藪から棒に」
「あーいや、別に何でもないです。ただ、猫でしたっけ? あの生き物が居たり、お風呂の構造が似てたり、不思議なこともあるものだなぁと思いまして」
俺と青松は、一緒に風呂に入る。
身内に青松の存在が知られては色々と面倒だし、だったらついでに――ということであって、決して疚しい気持ちがあるわけではない。
酒井がこの光景を見たら「このロリコンがァ! 羨ましいぞそこ代われェ!」とか言って発狂しそうだが、俺はロリコンではない。小さい子を見ていて可愛いなと思うことは多々あれど、俺の好みは――
「……?」
何だっけ? ちくしょう、まただ。また混乱が1つ増えた。
青松がこの世界に来て、吉良が怪しい行動を見せ始めてからというもの、何だか俺の記憶がとんでもないことになっている。
記憶喪失の一歩手前と言えば良いだろうか。このままいくと我が家の場所さえ忘れそうで怖い。
「――どうしたです?」
気付けば青松は、湯船に浸かる俺の前にちょこんと座っていた。
「難しい顔して。そんな顔似合わないですよ、もっと馬鹿丸出しになるです」
「失礼な、俺も人並みに悩むんだよ」
「――嘘」
「あ?」
「とても人並みの悩みとは思えないです。何かもっと、重大なことに巻き込まれてる。そんな顔です」
「……」
反論できない。
全く、何でこう――女という生き物は一々勘が鋭いかねぇ。
「――アンタが何を悩んでるのか、アタシにゃ分からないです。でも、アンタを慰めることくらいはできるです」
「は?」
青松が、俺に寄りかかってくる。真正面から甘えるように。
「これも感謝のうち……素直に受け取りやがれです」
「ちょ……」
やがて、青松の手が俺のナニに触れてから、その後の記憶は翌朝になるまで殆ど飛んでいた。
――情け無いと思う。俺が手を出して良い女の子は、青松ではないはずだったのに。
記憶が混乱する最中、彼女の優しさに触れてしまっては――今までの様々な不安や恐れが一気に爆発してしまった。
まったく、何やってんだよ俺ってば。
――きっと、事の発端は吉良に違いない。
アイツを倒さないと。




