長く険しい剣の道?
それから夜が更けて、朝が来て――その日は驚くことが多かった。
「母様、稽古の準備、整いました」
「そう――なら早速始めなさい。今日からは芳隆君の目もあること、くれぐれも忘れないようにね」
「はっ!」
沙耶の性格が――なんか違う。
「毎朝この時間、私は剣術の稽古を行っている。道は甘くない、そなたもしかと目に刻むがよい」
「お、おう……」
アニメでよく見るキリキリとした風紀委員――というよりは、まんま刀を持たせた少女のような、厳しさの中に優しさを感じる的な性格になっていて、おかげで何気ない日常会話でさえ若干戸惑う俺である。昨日のは初対面だから――という理由で猫を被っていたそうだが、使用人いわく彼女は普段からこんな感じだとのこと。
それと。
「はっ! やっ!」
「……」
縁側で湯呑を持ち、正座しながら母様と共に稽古の見取。
そしたらまあ、沙耶の振る刀の速いこと速いこと。残像すら見える。
「――芳隆」
ふと、父様が話しかけてくる。
ちなみに俺まで親を父様母様と呼んでいるのは、この家の仕来りなので仕方ない。
「お前も刀を持っているようだが、剣術は心得ているか?」
「いいえ。護身の為に持ち歩いているようなものですから、実際は殆ど刀を振るったことはありません」
「む、そうか……」
あぁ、そうだよ。元の世界で沙耶に見守られながら初めてウィルスと戦ったとき、抜刀からの鎌鼬という妙ちくりんな想像で倒して以来だ。
「――ならこの際だ、お前も稽古するといい」
「え?」
「近頃世間は物騒だ。国がひとつ滅んだ矢先、この出雲神州も山賊やら獣やらが人里を襲う。そうなればお前の命も危ない」
――やはり、ウィズダム王国は滅びたか。すると沙耶は如何やってこの家の子供になったのだろうか。そしてこの国、出雲神州という名前だったか。
「どうだ。ここは一つ、神楽流の剣術を学んでみないか?」
「…………是非もないです」
「よろしい」
長考の後、神楽流とやらを学んでみることにした。どうせやることもないし、こうなったら暇つぶしに刀の道を歩むのも良いだろう。その道を歩む人からすれば、そんな軽い気持ちで学ぶんじゃねぇとか言うんだろうが。
やがて沙耶の稽古が終わってから、俺の稽古が始まることになった。連れて来られたのは道場らしき場所で、俺の手には木刀が握られている。
「刀とは、無闇に振るえば即座に折れる。きちんとした型を身につけるよう、精進を怠らぬようにな」
「はい」
稽古と同時に座学の知識も叩き込むのか。なかなかの鬼教官である。
「では、基礎から入る。沙耶、相手してやれ」
「はっ」
「え、何、いきなり沙耶が相手!?」
「戦って勝てとは言わぬ。沙耶を相手に、今から言う基本の型を打ち込んでみろ。所詮は木刀だ、殺傷はせぬ――安心して練習するが良い」
「は、はぁ……」
てっきり人形を相手にするのかと思っていたので意外だが――いざ稽古を始めてみると、どうやら生身の人間が相手というのは思った以上に得が多いらしい。
「重心が右にずれている。気持ち、左に傾けてみろ」
「おう」
人形では出来ないこと――つまりアドバイスというものを、沙耶はしてくれるのだ。
――そうやって父様の指示や手本に倣いながら、沙耶を相手にひたすら木刀を振るうこと約2時間後。俺は所謂"入門"に当たる型を全てマスターしてしまったらしい。
「すごいな、お前は才能がある」
「え?」
休憩時間。母様から緑茶を受け取って飲んでいると、沙耶と父様がやってきた。
「高が2時間で、よくも入門の型を制覇できたものだ。お前ほどの門弟は今までに居なかったな」
「……」
まあ、理由は分かる。あっという間に刀という存在が手に馴染み、まるで身体の一部のように動かせるようになったのは、もしかしなくてもイマジネーションのお陰だ。想像を現実にするという根本的な俺の力と、元から想像力とイメトレだけは得意だった俺の特性が重なって、今のような結果を招いたのだろう。
「これでは沙耶も、あっという間に抜かされるだろうな。ハッハッハ」
父様の冗談に沙耶が笑う傍ら、俺は必死に指導書を読んでいる。
勉強熱心――かと言えばそうではないかもしれない。確認したいことがあるのだ。
「ええっと、いま俺がマスターしたのが入門の型か。で? 沙耶が――あれ? 第十五の段ってドコだ?」
沙耶が今どこまで進んでいるのかを確認したかったのだが――なんと本に載っていない。
「載っているわけないだろう馬鹿者……表紙をよく見ろ、それは初心者用の指導書だ」
沙耶が軽く罵ってくる。なんでこういうとこだけ嘗てと同じなんだし。
「え」
改めて表紙を見ると、確かに初心者用と書かれている。
「……」
剣の道は、果てしない。俺はそう悟った。何故なら指導書ひとつの卒業には凡そ5年かかるという父様談なのだから。
「本当に追いつけるのか……」
「――本来、入門の型は制覇に3ヶ月かかる。それをお前は2時間だ、如何考えても5年かかるはずがないだろう」
「そうですかね?」
「あくまでも目安だ。お前のその才能が如何いったものかは想像出来んが、終始この調子ならば3年で沙耶に追いつくことだろう」
「終始この調子なら、か……」
やることなしに始めたとはいえ、この世界において何か進展があればそちらに重きを置く必要がある。終始この調子とは疑わしいところだ。
「そう気落ちするな芳隆。そなたは先を見すぎているだけだ、一朝一夕に追いつかれては私が困る」
「――はは、そっか」
今日思ったこと――地道に頑張るとしよう。
「……」
「……」
「……」
しかしその言葉の"地道"の部分は、2ヵ月後に崩れ去ることとなる。




