青松の呼び出し
よく分からない世界に来て初日。俺を歓迎してか、神楽の家での居候が決まったその日の晩は豪勢で、暖かさと優しさを感じるありがたい食事だった。
「……」
五右衛門風呂のようなものに入り、就寝。部屋は空き部屋を用意してくれたので俺1人だ。こんな、神楽家からすれば見知らぬ男である俺を居候させてくれるとか、嬉しさに比例して懐の余裕さが如何なるものかが気になる。
さて、これからどうしようか。俺という情報が、最終的に神楽沙耶という情報と結ばれればエターナルマザーが望む最高の結末が得られる――らしい。それと同時に観測も終わるとは言ってなかったが、まさかな。
「芳隆、芳隆」
「?」
夜も更けたのに誰だ――と思いながら身体を起こすと、いつの間にか傍らに青松がいた。
「んだ?」
「ちょっくら、アンタさんに手伝ってほしいことがあるです」
「お前が俺に頼みごと? 果たして力になれるかねぇ」
「いいから、黙って着いて来やがれです」
「おい、引っ張るな――」
仕方が無いので着いていく。靴だかサンダルだかよく分からんものを履いて、更に神社を出て、無人で静まり返る町の中を歩いていく。
そうやって、強引に腕を引かれながら青松と共にやってきた場所は、山の中腹にある石切り場のような場所だった。
「これは……」
「注連縄です」
「いや、見れば分かるけど……」
石切り場の傍らには巨大な岩があって、それにはこれまた巨大で高そうな注連縄が括りつけられている。その注連縄なのだが、暗がりで目を凝らすと一部が千切れてしまっているのが見えた。
「何があったし」
「山賊や獣が理性を失って暴れている話を覚えてるですか?」
「あぁ……まさか、あいつらがやったのか?」
「ん、そのまさかです。どうやら理性を失っているように見えて、実は智謀に長けた参謀役がいるようで、その参謀とやらは――無神論者と言って分かるですか?」
「あぁ」
「奴らゴミクズ共は、この世界を創造したとされる"永遠の母"を否定してやがるです。これはそいつらが招いた結果の一つです。差し詰め参謀役が指図したんでしょう。全く、虫唾が走る……」
永遠の母――まさかエターナルマザーじゃあるまいな。そうなると宗教など関係なしに本当の創造神になるんだがな。今こうしている間にも俺たちを観測し続け、自ら作り上げたプログラムが招く出力結果を保存する、そんな誰にも勝てない存在。
「そこでアンタさんにお願いです。この注連縄、直しやがれです」
「何で俺なんだよ」
「不思議な力があると言ったのはアンタさんです。それに注連縄は作るのに時間がかかり、尚且つ非常に高価な代物――こんな辺境の注連縄なんて誰も直さないに決まってるです」
「――やりゃいいんだろ、やりゃ」
ようは、あの注連縄が切れてない状態を想像するだけだ。有無を言わさずここまで連れて来られたんだ、仕方ないからやってやる。
「……おぉ、これが不思議な力ってやつ……すごいです」
モノを直す程度なら今や瞬き一つすれば一瞬で可能となった。
パッと注連縄が元通りになったのを見て、感嘆の声を漏らす青松である。
「その不思議な力って、結局はモノを直す力です?」
「いや、理論的に言えば何でも出来るぞ」
「!?」
「……」
珍しい。絶対動揺したりしなさそうな青松が驚いてやがる。コイツの驚き顔は貴重だ、写真に撮って沙耶に見せたかったぜ。
「でもまだ力不足だから、あくまでも理想論な。でもある程度なら現実になるぞ。何ならここで地面を掘って、大量の貨幣を獲得することだって出来る。ここ掘れワンワン、的な」
「――いや、流石にそれはどうなんです……」
「うん、やる必要ないね」
そもそも貨幣そのものが増えれば、きっとどの世界でもインフレが起きて大変なことになるだろうし。精々黄金で済ませたいところだ。
「――ともあれ」
帰り道を歩き始めたとき、青松が俺を振り返って言う。
「?」
「ここはパイパイにとって大切な場所らしいです。なるべく綺麗にしておくべきです。これからも協力しやがれです」
「……あぁ」
それが、結果的に沙耶のためになるならお安い御用だ。いい加減エターナルマザーの集中観測からも逃れたいし、はやいとこもう一度、沙耶の心を掴まないとな。
「――そういえば聞いた話だと、アンタさん、パイパイとお友達だったそうじゃないですか」
「……あぁ」
いきなり話が変わったな。
「って言っても、本人は俺のこと忘れてるけどな」
「?」
純粋なハテナマークが青松の頭に浮かぶ。よく見てるとコイツも飽きない性格だな。
「俺は沙耶とお友達、だけど本人は覚えていない。しかも俺も何処で出会ったかとか覚えてないから、人のこと言えねぇけどな」
というかこの時間と世界がおかしすぎる。沙耶も俺も別の容姿になっていて、死んだ冬木たちがどうなったかを知る術が無い。いくらなんでも無情すぎないか今回。
「……要領の得ない話です」
「物忘れくらい人間にはいくらでもある。お前もそうじゃねぇの?」
「……」
また、少し驚いたような顔をしてから。
「そうです。アタシは女の子ですから、忘れごとの1つや2つあるに決まってるです。えっへん」
「えばってどうする……」
どうやら人間と見られることが相当嬉しいようだ。逆に妖怪と呼ばれることには抵抗がある辺り、これまた過去に何かあったのだろうか。余計な詮索ほど無用なものはないので突っ込んだりはしないが。
「アンタさんは運が良い、神楽家の有り難味を深く味わうといいです。それじゃあまた明日……精々いい夢見やがれです」




