和風溢れる町と神社と
目覚めて最初に思ったのが、江戸時代に電気という概念が普及してたらこんな感じなんだろうなという町並みについての所感だった。
ついでに服装も、みなさん和服である。どういうわけか俺も笠を被った和服姿であり、腰には刀と握り飯を携えている。どこの流離い武士だっつーのと心の中で突っ込みながら、ここが何処かを突き止めるべく棒立ちになっていた足を動かし始める。
俺は喧騒とした町中を歩いていて、別に誰も俺を気にかける様子もない。ただ、たまに刀を持っていない人と目が合ったときだけ頭を下げられる辺り、どうやら俺は武士に当たる人物で通っているらしい。
さて、ここは異界か否か――いや、確認する必要はなかった。何故なら目の前で魔法らしきものを使った人物が居たからである。そもそもこんな江戸っぽさ全開の町で電気が普及している時点で怪しむべきだったと思うがな。
よく考えたら神楽たちの姿も見当たらないし、とりあえずそれっぽい人を探すのがいいかな。
「いやー、昨今の世界情勢も嘆かわしいのぉ」
「……?」
オッサンとオバサンの世間話が聞こえてくる。
「ウィズダム王国だったかぁ? あそこ滅んだそうじゃねぇか」
――滅んだ?
「いやだよ、アンタ老眼だろう? 見間違いじゃないのかい?」
「老眼は遠くのがよぉ見えると、オメェも分かってらぁに!」
「――少し、いいですか」
気付けば、俺はその2人に話しかけていた。
「ン、どうしたんだい? 若いモンが年寄りの話に興味を持つとは、殊勝だねェ」
「いえ、少し気がかりなことを聞いたもので」
「む? ウィズダムが滅んだって話かい?」
「はい。あの、本当にウィズダムは滅んだのでしょうか」
滅んだとなれば、ヴェガの町も滅んでいる。
「まあ、そうだねェ。この人の言う世界情勢は大抵当たる。それが良いことにしろ悪いことにしろ、アタシが見てきた限りじゃ百発百中だったねェ」
「――原因は?」
聞けば、代わってオッサンが話を進めてくれる。
「風の噂で聞いた程度じゃが、どうにも信憑性のない話でのう。なんでも、王国に不満を持っていたとある女の子が反旗を翻したそうじゃ」
――まさか、あの変異した神楽だというのか。
とはいえ疑う余地もない。あの只ならぬオーラは、最早人間のものではなかった。
「死傷者は?」
「まあ、ぎょーさん出たに違いねぇだろうなぁ。ヴェガって町だけ、何か変なことがあったそうじゃが」
「……?」
「ううむ――なんせ色んな噂が飛び交っとるもんでのぉ。その反旗を翻した女の子がいつまで経っても捕まらんとか、グレイブスとやらの貴族がどうだの……」
「そうですか……ありがとうございます」
さて、どうやら今回は状況が違うようだ。
あの真っ白な空間ことエターナルマザーの中で芳幸と話した時は、実質無限に生産される俺という情報が同じ地点――という名の場所と時間――に戻っては、何回も同じようなことを繰り返したそうだ。
だが今回はどうだ。果たして、その"同じ地点"とやらに戻っているだろうか――と言えばそうではないと断言できる。今のオッサンの話が事実であれば、俺の記憶と時系列が全く噛み合わないのだから。なので今は、きっと未来の時間に居る――とでも言えば十分だろうか。
「あの、話は変わりますが」
「どうした?」
「神楽沙耶という人を探しているのですが、心当たりありますか?」
「おうおう、オメェさんもしかしなくても旅人かいな? ここら一帯で神楽沙耶の名を知らん者はおらんよ」
何で有名人になってるんだ。
「この道を北へ真っ直ぐ進むと、カガリという神社が見えてくる。神楽沙耶は、そこの巫女さんじゃ。会いたきゃ日が暮れんうちに顔を出すようにの」
「分かりました、ありがとうございます」
「うむ、元気での」
――去っていく2人を見送ってから、俺は言われたとおり北へ歩き始める。
「ん?」
その道すがら、偶然あった巨大な鏡に自分の姿が映し出された。
試しに改めて自分の容姿を確認してみると――はて、コイツは一体何者だろうか。そんな疑問が頭に浮かんだ。
誰よりよく知っている俺と、鏡に映る俺と容姿が全く違うのだ。服装はともかく、それ以外の殆どが丸きり別人である。髪は黒で嘗ての俺では考えられないほど美麗なヘアスタイルに変化していて、目色も赤くキリッとしており、尚且つ若干痩せている。
――まあいい、俺であることに変わりは無い。自我がここにある限り他人ではないのだ。
さて、オッサンの言ってた通りだった。日が暮れる寸前になって、ようやくカガリと書かれた鳥居を発見。
社の前では何人か、人が集って話をしている。神楽らしき人物は――いた。すぐに見つけることができた。
しかし彼女も俺と同じで、若干容姿が異なっている。今まで近くで神楽を見てきた俺からすれば、髪色と目色が俺と同じになっているだけで大した変化こそ無いが、他の人から見れば十分別人に思える程度には変化している。
――果たして彼女は、俺の事を覚えているだろうか。俺はその集団へ近付くべく、鳥居を潜る。
「む? 参拝客か?」
すぐさま気付かれた。一々被り直さないと前へ下がってくる唐笠のせいで姿は見えないが、恐らく誰かがこちらを振り返っているのだろう。
「ようこそ、カガリ神社へ」
少女の声――笠を上げて見ると、神楽だった。
「――私の顔、何かついてます?」
「その様子だと、俺の事は忘れているみたいだな」
「え……」
案の定だ。いつものあの調子は何処へやら、今や他人と接する一人の少女でしかない。
一体この世界、何がどうなっている。
「あの……もしかして、古い友人だったりとか……?」
「む――まあ、そうだな。強ち間違っちゃいない。月宮芳隆って覚えてないか? 俺と君とでは、一度や二度ならず面識があったはずだ」
「……ごめんなさい、記憶にありません」
「いや、忘れたならそれで良い」
さてと、どうしたものか。言ってしまえば、俺はこの世界では流浪の身だ。イマジネーションの力が生きるお陰で、手元の握り飯くらいなら無限増殖できるが――身の拠り所がないのは思った以上に困る。かといってこの神社に世話になろうという気などないが。
とりあえず、神楽との縁が元に戻るようにと参拝だけしておく。
「――あの」
「?」
去り際、神楽が話しかけてきた。
「芳隆さん、でしたか。何処にお住まいですか?」
「――俺に家は無い」
「え……」
――遠くでは男達がヒソヒソと話をしている。神楽と離しながら地獄耳を欹てると――いつもと違う神楽さんだ、あの男何者だ――などという、よくわからん噂話だった。
「ど、どういうこと……です?」
「……」
ここは嘘話をしておくべきだな。今の神楽に異世界という話も通用しないだろうし、この世界に俺の家がないのも事実。冬木と特訓した演技力が妙なところで功を奏する。
「物心付いたときには既に独り身だった。今じゃ山賊狩りやら海賊狩りで生きてる」
「……」
「独り身の俺に優しくしてくれたのは何時だって君だった。だから久し振りに会いたくなったんだが、忘れられてはどうしようもない」
わざとケラケラと笑ってみせる――が、神楽の表情は暗い。
「――ごめん」
「いいっての。じゃあな」
「まって!」
「?」
「なんだか……貴方を手放してはいけない気がする。絶対後悔すると思う。だから……」
「――だから?」
「一緒に暮らそう」
「――は?」




