一ヵ月後の事件の発端
――で、やがて迎えた1ヵ月後とは高校生活1年目の5月。一体どういう因果関係か、俺は本当に超能力の特訓を継続したことに成功している。これも俺の能力自身が影響しているのか知らないが、ひとつ確かに言えるのは、意外にも特訓が楽しいこと。
小さな事でも自分の思い通りになるというのは案外気分のいいもので、だからといって世界を自分中心に回す主義になるわけではないが、食いたいものが実際に食えたりスケジュール通りに事が進むのは、予定通りねと呟く何処かの女王様の気持ちになれた心地である。
さて、今は夜だ。深夜ではないが、そろそろ家族が眠りについてもおかしくない時刻――まあ、日付の変わる一歩寸前とでも言えば事足りるか。
今日で折よく特訓期間の1ヶ月が過ぎたので明日は神楽にその事を報告しようと思いつつ、俺も眠るべく欠伸をかまして布団に潜った頃――だった。神楽の危惧していたことが今になって起こったと言うべきか、いわゆる"事件"が発生したのは。
「……」
窓の外から覗く、まるで瞳のように横へ2つ並んだ赤い点。これに部屋の明かりを消すまで気付かなかったのだ。
やがて俺は気になって起き上がり、好奇心半分恐怖心半分で部屋の明かりをつける。でもって窓から外を見れば、やはり点は浮いている。そこに幽霊がいますよと言わんばかりに揺れることもなく浮いている――ように見えて、心なしか近付いてきている気がするが。
「……」
俺は就寝時、寝巻きやジャージというものを着ない。では何かというと普通に私服なので、このまま外に出たって何ら問題は無いわけだ。よって俺は携帯と財布だけ持って、コンビニへ行く振りをして外に出て確認することにした。
財布と携帯をポケットに突っ込み、適当に上着を羽織って部屋を出る。階下に降りる。念のためにとスリッパではなく運動靴を履く。そうして外に出て、俺は小走りで家の反対側――俺の部屋の窓が窺える場所まで来た。
赤い点2つは相変わらず存在している。距離感的には窓に近い位置に居て、先ほどの近付いてきている気がしてたのは事実だったようだ――が、どうやら接近する対象は家ではないらしい。俺が立ち止まって呆けていると、赤い点が徐々に拡大――つまりは俺に接近しているのである。
「――っ!」
次の瞬間、俺は走り出していた。
何処へ――コンビニへ。何故――突然、赤い点に対する戦慄を覚えて冷や汗が出たから。
ここら一帯は住宅街で非常に暗い。故に暗闇が本能的な恐怖心を更に煽るため、俺の逃げ足は恐らく今までで最速である。ただでさえ逃げ足には自信があるのに、これでより一層自信がついたような気がする。普段は到着まで数分かかるコンビニが、ものの1分で到着だ。
冷や汗交じりに本物の汗も掻きながら息を切らせてコンビニに入店したので、店員も中に居る客人の一部も驚いたような目でこちらを見てきた。偶然となりに移動してきたお爺さんは不審者でも居たかと聞いてきたが、まさかあの幽霊じみた赤い点2つについて語るわけにもいかず、確かに不審には違いないだろうが、あれは恐らく超能力を知る者だけの世界だろうと思って何も答えなかった。
ともあれ、赤い点の移動速度は遅かった。しばらくは安全だろう。それにここは明るいから、暗闇から来る恐怖心の煽りもない。
「どうしたの?」
ふと聞き覚えのある声がしたら、何と偶然にも神楽に出くわした。
何故か安心感が湧いてくる。
「まあ、何となく分かるけど」
「え」
流石ですわ、貫禄の違いが分かるぞ。
なんて思っていると手を摑まれ、早足にコンビニの外へ連れ出された。
「ちょ、何するつもりだ」
「案内して。貴方が来た道、引き返すよ」
「マジで言ってんの?」
購入したらしいロリポップキャンディを舐めながら言う台詞じゃないことは確かだ。
「この際だから教えてあげるよ。この世界に蔓延るウィルスやバグってやつをね」
「ウィルスやバグ……って、それは俺らの事じゃねぇの?」
「ある意味私達でもある。でも今からすることは、悪性ウィルスのデリートとデバッグ」
「生憎プログラムには詳しくないんだがな」
「――ようは、敵をやっつけて巣窟を破壊するの」
「よくわかったぜ」
「このゲーム脳、もうちょっと勉強しようよ」
――などと言い合いながらも、神楽に代わって俺が先導して来た道を戻っていく。
必ず途中であの赤い点を見つけるはずだ――と思っていた矢先、噂をすれば何とやら。赤い点の登場である。ご丁寧にも俺を追って来たらしく、家に着くより先に発見した。
「やっぱり……」
呟いたのは、言うまでも無く神楽。
「あれがバグ――いや、ウィルスか」
「うん」
「ってか何か。あいつ人間を襲うのかよ?」
「人間を襲うことは極稀。普段は超能力者を襲う。あいつらからしてみれば、私達はウィルスも同然だし」
「ある意味ってそういうことだったのか。傍迷惑な、これじゃどっちが悪性か分かったもんじゃねぇ」
「第三者見ればどっちも悪性だよ」
「まあ……そうか」
一般人の常識からすれば、俺も神楽もあのウィルスも危険因子なのだろう。
たとえばイマジネーションが完全体だったとして、俺が一般人と喧嘩したとする。するとどうだ、俺は頭に血が上っているので超能力を使い、その一般人を殺すことだってやってしまうかもしれない。それはきっと俺らから見たウィルスも然り、ふとした拍子に人間を襲うこともあるかもしれない。極稀に人を襲うとは、きっとそういうことに違いない。
とまあ、そんなことはどうだっていい。今は目の前に居るウィルスをどうにかしないと。
「どんな超能力でも、ウィルスに対しては必ず武器になる」
「――だから?」
「危なくなったら援護してあげるから、貴方はあのウィルスを"好きなように"消去するといい」
「好きなように、ウィルスを消去する……?」
――ふと俺は、あの赤い点2つが居合い斬りの鎌鼬で切り刻まれる、なんてありもしない、現実的に不可能な光景を想像する。
すると突然左手に重みを感じたので、見るといつの間にか俺は鞘に収まった日本刀を手にしていた。
まさか、本当にいけるのだろうか――と思っていると。
「イメージを崩してはダメ。貴方の最大の武器は、とにかく想像すること。何を思ったのか知らないけど想像を続けて」
神楽のアドバイスが入ったのでそれに従い、かっこよく居合い斬りと共に鎌鼬を発生させて赤い点を微塵に刻む未来を想像する。
すると今度は、身体が殆ど勝手に動いていた。本能的にその場に正座して、腰の位置に鞘を持ってきてそのまま待機。やがて徐々に赤い点が近付いてきて――俺は反射的に抜刀する。
まさに理想としていた居合いの形で、目の前で小さな風の流れが発生。それは鎌鼬か、同時にウィルスが霧散した。
「あらゆる法則を捻じ曲げ、不可能を可能にしてしまう力、か――これじゃあ物理学者が可哀想ね」
「褒めてんだか貶してんだかどっちかにしてくれ」
必要としなくなったからか、気付けば日本刀が消失している。神楽的に言えば、自分で生み出したウィルスを自分で消去した――と言うのだろうな。
「もしかしたら、貴方が一番危険なウィルスかもね。まるでワームみたい」
「自分でバグやウィルスを生み出すからってか」
「よく分かったね」
やっぱり神楽的な言い方は間違っていない。ワームの意味は今ひとつ分からんが、差し詰め蟲のごとく無限に湧いて出てくる意味なのだろう。インストールしたファイルからウィルスが無限増殖――怖い怖い。っつか俺の場合は無限増殖って意味じゃない気がするんだがな。
「さあ、もう帰るといいよ。詳しいことは明日ね」
「分かった。じゃあな」
「バイバイ」
正直聞きたい事は一杯あるのだが、何を何から如何聞けば良いのか分からない上に、一気に訪れた疲労感が俺の眠気を加速させていてマトモな判断を下せない。よって俺は大人しく家に帰って、汗を掻いたのでもう一度お風呂に入ってから、改めて寝るのだった。




