桐嶋蓮、登場
冬木の話だと、俺と彼は他2名の女性を交えて10年前に会っている。冬木が着いて来いと言って俺を誘導し、辿り着いた部屋を訪ねれば、その部屋が"桐嶋蓮"の持ち物であることが判明した。表札のようなものに、桐嶋蓮と書かれている。
「桐嶋さんのこと、覚えていませんか?」
「あぁ。お前の時と同じで全く知らん」
「はははっ。それでは留意していただきたいことがございますので、どうかお聞き下さい」
「ん?」
「桐嶋蓮……彼女はとても素っ気無い方です。専ら大学では、才色兼備かつ高嶺の花――と噂されているようですが、私は彼女が苦手です。基本的に無口であり、しかし口を開けば辛辣な言動が多いので、くれぐれも喧嘩腰にならないようご注意下さい」
「あ、あぁ」
才色兼備、高嶺の花、基本無口、辛辣――まんま神楽じゃねぇか。そう心の中で突っ込みつつ、ノックして返事を待ってから扉を開けた冬木に続く。
「……」
ムーディな部屋の傍らで読書をしていた女性――桐嶋蓮は本から目を離し、こちらを振り返った。その顔立ちや体つきを見て思ったのが、髪色と目色を黒に変えただけの神楽だなということ。
「……何?」
特に「久し振り」というわけでもなく、ただこちらを黙って見据える桐嶋さんである。冬木と同年代だろうか。
「ええと、実はですね……」
事の顛末を話す冬木。"普通じゃないこと"について全く触れない辺り、どうやら桐嶋さんは一般人のようだ。いや、普通はそう思うところだろうがな。
結局桐嶋さんには、このような事情で説明された。掻い摘むが、"特に喧嘩していないが3日ほど家出した場合、帰宅したときに何を話せば良いか"というもの。
「……」
何でそんなことを聞くんだと言う目線が俺達を刺すが。
「――精神病になって自殺しかけた友達の面倒を見ていた、とでも言えば?」
「精神病? 自殺?」
よく分からない返答を返してくれた。
「精神病という理由で3日という時間、自殺しかけたという理由で急用の説明がつく」
「それなら何で連絡の一つも寄越さなかったんだ――とか言われそうなんですが」
「精神病は厄介。処方箋も無しに普通の人間が精神病患者の面倒を見る場合、患者の機嫌やコンディションの管理がとても大変。だから、連絡を取る余裕が無かったと言えば良い。貴方は親と顔を合わせるとき、必ず疲弊している演技で接すること」
「わ、分かりました」
「それと……久し振り。よしくん」
「……」
にっこり微笑んだ桐嶋さんは、ますます神楽と似ているように見えた。それと、よしくん――なんて響きも懐かしい。誰かに呼ばれていたニックネームであることは知っているが、まさか桐嶋さんから呼ばれていたとはな。
「……お、お久し振りです」
桐嶋さんが記憶に無い俺だが、その所為か、思わず久し振りと応答してしまった。
「いやぁ、初めて見ましたよ。桐嶋さんの笑顔」
そう言う冬木は珍しく、どこか気分が上がっているように見える。
「まさか貴方と桐嶋さんが、あんなにも仲が良かったとは――いやはや想像できませんでしたよ」
「本気で言ってるのか?」
「えぇ、勿論です。彼女は友達付き合いでも滅多に笑いませんし、他人を愛称で呼ぶことなど奇跡でも起きない限りありえない次元なんですよ。どうやら貴方と桐嶋さんは、相当仲が良い関係にあるようですね」
「――なんだか勿体無いな。俺、ホントに桐嶋さんが記憶にないんだよ……」
「いずれ思い出すでしょう。さあ、今はやるべきことに集中するべきです。私と演技の練習しましょう、こちらへどうぞ」
――あぁ、そうだ。今は親と会うことが先だよな、桐嶋さんを気にかけるより。
その後俺はミッチリと練習をした上で、親に会いに行くこととなった。




