ノエルのお願い
「人、少なくなってきたね」
「あぁ」
やはり時差ボケによる所為だったか、夜が更けるほど町を行く人の数は減っていった。
現在は25時を回って、ほんの1分が経過した頃。時間の割には全く眠くなく、寧ろ持て余した活力で運動のひとつでもしたい気分である。これがきっと、6時とかになったころには眠いんだろうな。
「……この道で良かったっけ?」
「川沿いでしょ。なら合ってるはず」
何時の間にか雪も止んだため、俺らは洋館へ帰るため再び山を登っている。こうして考えると既に俺らの住処となっている気がする洋館だが、絶対誰かの持ち物であることには違いない。俺のイマジネーションもそこまで万能ではないわけだし。とはいえ、そもそも異世界へ来た経緯が唐突過ぎてどうしようもないのだから、背に腹は変えられないわけだが。
「ちょっと休憩するか」
「うん」
良い感じの岩場を見つけたので、そこで座って小休止を取る。下りの時と違って、やっぱり登山は疲れる。幸いにも吹雪は収まっているため、休憩くらいは大丈夫だ。
「……魔物とか出てこねぇだろうな?」
「変なフラグ立てないで」
「冗談だ」
「全く……」
「……」
神楽の横顔は、今までと変わっていない。
「――寂しくないか?」
「?」
不思議そうにこちらを見る神楽。やっぱりいつも通りだ。
「はやく地球に帰りたいとか、思わないのかよ?」
「どうだっていいよ。私は今を生きて、未来の糧にする主義だから。たとえ異世界でも同じ」
「流石だな。俺は心配だよ、今頃あっちはどうなってるのか、とかさ」
「――家族とは喧嘩ばかりしてたし、私には友達もいない。だから何も心配することがないよ、私は」
「へぇ……俺とは友達じゃないってか」
「貴方は恋人」
「……」
なんてこったい。"なあなあ"な関係のままかと思いきや、ちゃんと恋人認識されていたとは。
「貴方が傍に居てくれるから、私はこの世界で生きていく自信がある。貴方は、そうじゃないの?」
「――まぁ、そっか。確かにお前と一緒だと安心できるわ。色んな意味で」
「なら一役買ってくれないかしら?」
「……?」
喋ったのは神楽ではない。ましてや俺でもない。
誰かと思えば――なんと、何時の間にか俺の背後に先ほどのノエルがいるではないか。
「えぇっと……お前、ノエルだったか?」
「そうよ。ノエル・グレイブス、貴方たちは?」
「――俺は」
ここで思った。今までの名前を出していいものだろうか、と。
日本語で会話が出来ていることに違いは無いが、どうやらこの世界の住人は名前が外人風の響きになっているらしい。そこで和風溢れる俺らの名前を出せるものだろうかと思うわけで。
――などと考えて言い損ねていると。
「私は神楽沙耶。こっちが月宮芳幸」
神楽が勝手に紹介しやがった。
「か、か、ぐら? と? つーきーみや?」
やっぱりな。たどたどしいというか、発音が覚束ない。宛ら日本語覚えたての外人だ。
「芳幸でいいぞ。こっちは沙耶って呼んでおけ、お互いにそっちが名前だからな」
「苗字と名前の順番が逆なの? 変な人、どこの国の人?」
この世界には日本に似た国が無いものか、ちょっと気になる。どうでもいいことだが。
「出生不明の旅人とでも覚えてくれれば良い」
「わ、分かったわ。よしゆき、と? さや?」
「あぁ」
「ん、覚えた」
「ところで、何が一役なんだ?」
「そう、それよ! ちょっと、さっきの腕輪のこともあって申し訳ないんだけど……貴方たちにお願いしたいことがあるのよ」
そう言って聞かされた内容は、およそこんなものだった。
ノエルが生まれ育ったグレイブスという家系は、いわゆる貴族に当たる家系らしい。因みに、この山の麓にある町"ヴェガ"を治めているのだとか。
ただ、グレイブス一家だけ少々特殊な家族構成をしており、グレイブスの名を持つ父親は"公式的には認められていない一夫多妻制"により2人の妻と結婚している。でもって、父親にとって本命の妻の元に生まれたのが、ノエルの隣に居たルークという子。2番目の、体型が魅力的だからという理由だけで結婚した妻の元に生まれたのがノエルとのことだ。だが、実は近いうちにウィズダム王国――どうやらここはウィズダム王国の領土内である模様――から、統治の実態を調査するために兵士が送られてくるのだという。そうなればグレイブス一家の一夫多妻は不法なので、どのような処罰が言い渡されるか分かったものではない。
そこでノエルが言ったことは、自分とルークの身柄だけでも何とか隠しきれないか――という"お願い"だった。
「お父様が法を犯しているのは最初から知ってたわ。犯された法によって、私が生まれたっていう事実もね。でもこんなところでみすみす殺されるわけには行かない。一家は滅亡しても、私とルークの命は滅ぶわけにはいかないの。死にたくないから」
「……」
ある意味、ノエルのやろうとすることも不法かもしれない。俺は王国とやらの法律を知らないので分からないが、もしかしたら亡命そのものが罪になり、追われる破目に陥る可能性もある。
それを鑑みると、手を貸したいのは山々だがかなりのハイリスクを背負うことになるだろう――と、考えている矢先。
「分かった、力になるよ」
「おい……」
神楽が勝手に承諾しやがった。
「安請け合いしていいのか? 仮にも俺ら、ノエルとルークの保護者になるんだぞ?」
「大丈夫。私の超能力、忘れたの?」
「――あ」
そうだ。コイツ、マインドコントロールの使い手だったわ。
この世界でも、俺達が持っている超能力は生きる。だったら十分望みはある。
「ちょうのうりょく?」
ノエルが首を傾げている。この際だし、話しても良いかな。
「魔法ではない、特殊な力のことだ。コイツは相手の心を操り、同時に身体さえも操るぞ」
「な、なんかよくわかないけど凄そうね」
「さっき、俺が腕輪を直しただろ? それも同じようなものだ」
「そ、そうなんだ……なんだか頭が追いつかないわ」
「まあ、その威力は直ぐに目前にするだろうな。とりあえずお前のお願いとやら、俺達が叶えてやるよ」
「ありがとう!」
全く、そうやって笑ってれば普通に可愛らしい子なんだがなぁ。




