復元された腕輪
喫茶店から出た後のこと。下ってきた山が未だ吹雪いている様子が確認できたのと、遠くで「ふじゃけんにゃああ!」という締まりのない悲鳴が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
「何だ今の」
「さあ?」
やがて遠くの店で野次馬が出来ているのを発見して、俺と神楽もその中へ混じりに行くことに。
辿り着くと、どうやら悲鳴――というよりは怒声だろうか――の発生源と同じ場所らしかった。店先で店員に怒鳴りつけている小さな女の子と、先ほどの怒声が似ているためである。因みにその横では、件の女の子と同年代に見える男の子が、必死に彼女を抑え込もうと奮闘している。
状況は問うまでも無い、クレームである。どうやらこの店はアクセサリーを扱う店のようで、さっきから喧しいクレーマー女の子の右手には、真っ黒に焦げた腕輪らしき物が握られている。察するに、店員さんが焦がしてしまったのだろう。何故焦げるに至ったかは謎だが。炎の力でも宿そうとしたか。
「あの、何があったのですか?」
隣では野次馬の1人に状況説明を求めている神楽。その男曰く――
「この地域は寒いからなぁ、ああやって装身具に炎の御呪いをかけて、耐寒手段を得ることもあるのさ。でも失敗すると、あの様だよ」
――とのこと。なんだ、俺の予想当たってるんじゃねぇか。
「御呪い……」
「む、アンタ知らんのか?」
「えぇ、知りません。旅の者ですから」
異世界のな――と、勝手に心の中で付け加えておく。
「ほぉ、っつーことは遠くから遥々来たってか? ようこそ、クソッタレな町"ヴェガ"へ。何もねぇけど、まあゆっくりしてくといいさ」
「ありがとうございます」
――戻ってきた。
「聞いてた?」
「あぁ。やっぱりここは……」
「そうだね、もう疑いようが無い」
御呪いといえば、地球でも幾つか逸話がある。しかし、現世でそれを"はっきりと分かる形で"目の当たりに出来る事は無い。なので実質空想上みたいな印象を受けていたが、今回のはどうやら勝手が違うらしい。ここはもう、地球ではない。得体の知れぬ謎の星だ。
「まったく、失敗するくらいならこんな仕事やってんじゃないわよ!」
「の、ノエルってば、落ち着いて……」
「ルーク、アンタもアンタよ! こんな腕前も不確かな青二才に依頼しないで!」
「ふぇえ……」
あ、飛び火した。ってかまだやってたのかあいつら。
「青二才って……明らかにあの子の方が若いようにみえるけど……」
「いいや、きっとあの子は異種族なんだ。仮にあの子が12歳くらいだとしたら実に120年生きてるに違いない」
「でも――耳、尖ってないけど?」
「エルフと決まったわけではない。もしかしたらハーフかもしれないだろ? っつーか詳しいなオマエ」
「そ……そんなことより」
あ、話逸らした。
「あの子達を止めてあげないと。店員さん泣いてるし」
「――ようするに、あの腕輪が元に戻れば良いんだろ?」
逸らした先が重要な話題であるため少し悔しい俺である。
「イマジネーションで? 元に戻せるの?」
「さすがに焦げる前に戻すのは無理だ。だったらあれを新品の腕輪にしてやればいい」
「どうするの、もし普通の腕輪じゃなかったら。最初から何か文化的価値とか、霊的な力とかあったら戻せないでしょ?」
「さっきは暖気を取るための御呪いをかけようとしてたんだろ? だったら只の腕輪だと思うんだが――あ、本人に聞けば良いのか」
というわけで、俺はノエルと呼ばれた子の元へ歩いていく。
「ちょっといいか?」
「……何よ」
おっと、なんと高飛車な子だ。とんでもない目つきで睨んでくるし、面と向かって話すと生意気っぽく感じられる。
「その腕輪、どんな代物だった?」
「――別に何でもない、ただの腕輪よ。御呪いは何も掛かってないわ」
「姿形を教えてくれ。もしかしたら直るかもしれない」
「……ウソでしょ?」
「やってみなきゃ分からん。いいから言ってみな」
「――」
明らかに訝しむノエルちゃんだが、一応情報を聞き出すことに成功。大雑把に言えば、暖色系の糸で編みこまれた腕輪とのこと。よほどのお気に入りなのか、その他細部についても事細かく話してくれた。ならば復元も可能だろうよ。
「貸してみろ」
無言で差し出された、真っ黒な腕輪。原形を留めているのが救いだ、これなら復元の精度も上がるだろう。
「……」
目を閉じ、元々の腕輪を想像する。母親からプレゼントされたような、精巧なつくりでも手作り感溢れるものだ。
「え!?」
さて、驚きの声が聞こえたということは既に復元も終わっている頃か。
「すごい、何か一瞬だけ光に包まれて……ねぇ、どうやったの!? 今の魔法技術じゃこんなこと出来ないはず!」
どうやら完璧に復元できたようだ。ノエルちゃんもすっかりご機嫌である。
気付けば見物客も店員もルークと呼ばれた子も、あんぐりと口をあけて硬直している。
「どうやったかは内緒な。話すと長くなるし、そもそも魔法じゃない」
「魔法じゃない……?」
「あぁ。じゃあな」
余計なことを突っ込まれる前に、早々に立ち去るとしよう。
後ろから何回か声が掛けられたが俺は無視し、神楽と合流して再び町を歩き始めるのだった。
「何、その……ちょっと俺いいことしたな――みたいな顔」
「――今、何時かな」
「流された……」
事実、この世界では時間が分からない。あの洋館の中に時計らしきものがあった気がしなくも無いが、山は相変わらず吹雪なので、戻るなら暫く町へ降りて来れないだろう。
近くに時計、売ってないだろうか。
「時計屋さん探すの?」
「あぁ、時間が確認できないんじゃどうしようもねぇ。どうしたって太陽は昇って来ねぇし、いつまでも体内時計に頼るわけにもいかんだろ。もしかしたら時差があるかもしれないし、買うに越したことは無い」
時間的に昼頃だと思うのだが――何にせよ日光が無いのは事実。雪をちらほらと降らせる雲の隙間から月のようなものが見えるだけだ。
そうして散々町中を探し回った挙句、ようやく手に入れた時計が示す時間は――1日を25時間としたうちの、20時だった。




