神楽と過ごした1日
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帰宅したのは翌日の朝。別に神楽と"やった"わけではないが、話が長引いたのと電車が出てないのとどうせ誰も家に居ないのとで、彼女は一晩だけ泊めてくれた。
――ついさっき身内から物珍しそうな表情で何処行ってたんだと聞かれたが、答えるわけにはいかない以前に答える元気がなかったから結局有耶無耶になってるな。
今日は8月31日。つまり夏休み最終日であり、明日にはもう始業式が始まる。
始業式のあと数日に亘り課題テストラッシュがやってくるが、これらについては正直余裕。うちは幸いにもギリギリ進学校程度のレベルなので追いつくには手間取らない。テスト勉強なんかしなくても赤点は無いはずだ。
では、今すべきことは――ない。ならば話の追想でもしてみるか。明日の準備? 知らないな、俺は全て当日に用意する人なんだ。
――神楽沙耶。彼女は見ての通り、誰より強く完璧であろうと努力している傍ら、ある意味では吉良里美以上にミステリアスな人物である。事実、胸の内を悟られるまいと普段はとても気丈に振舞っていて、アイツの深層心理が垣間見えたことは今まで接してきた中で一度も無い。寧ろ普段の振る舞いこそ彼女の全てでは――と思っていたほどに。
だからこそ俺は、アイツの内面に気付けなかったのだ。笑顔を浮かべている人物が汗だく且つ無言であれば、流している涙など到底分からない。それと同じで、今まで彼女は自分の内面を全て簸た隠してきた。故に自らの意志で全てを告げられた時は、よほど信頼されたのだろうと思ったものだ。
そんな知られざるアイツの内面――軽蔑されるのを恐れ、周囲に見せなかった本当の姿とは。
――根っこから甘えん坊。幼い頃から痴女。愛情に飢えている孤児。以上。
前半2つは、まあ置いといて。話のキモとなるのは彼女が孤児であることだ。曰く、自分が超能力者であると知られてから親に棄てられた、とのこと。
吉良から聞いた話だが、超能力者が自分の正体を明かすことは殆ど無い。たまたま、厨二病の奴が本当に超能力を得たから本人が隠す気にならない――など例外も存在するが、大抵は神楽のようなパターンを怖れて、自分の正体は隠すのが当たり前である。
それが運の悪いことに、神楽は両親に知られた。時は彼女が物心ついて間もない頃だったようで、聞かされた俺にとってはかなり衝撃のある過去だ。
神楽は超能力者同士、特にパートナーと認めた俺とそこを共有したかったらしい。
さて。話を聞かされた俺は普通に神楽を受け入れたのだが、問題はそこからである。
彼女の変わり様に、一体どんな反応を返せば良いのかが分からなくなってしまったのだ。
普段誰かが周囲にいる時は気丈な神楽として振舞っていくようだが、拒む理由も無いために俺は二つ返事で、2人きりのときはその"違う一面"で接していきたいというのを承諾してしまっている。
いや、本当に拒みはしない。寧ろ心を開いてくれた証拠なので望むところなのだが、彼女の満足する俺の反応とは一体――というのが問題だ。既に少し――主に話が終わって俺が帰るまでの間に垣間見たが、確かに普段の様子とは180度性格が違う。
さあどうしたものか。普段は普段で良いとして――などと考えていると携帯が鳴る。
――噂してるそばから神楽だ。
「もしもし?」
『芳幸君、科学の宿題、答え持ってる?』
「あぁ、あるけど?」
『今すぐに見せてほしい。答えが見当たらなくて困ってる』
「答え持って、そっち行こうか?」
『ううん、私が行く。今からでいい?』
「あ、あぁ。どうぞご自由に」
『ありがとう』
――終了。
「……」
別に理由つけなくても、会いたかったら会ってやるがな。
――って思ったのはどうやら俺の考えすぎだったようで、神楽は本当に俺の家に着くや科学の答え合わせを始めていた。
「お前ともあろう方が答えを失くすとはな。やっぱ答えを見てやるべきじゃねぇってか?」
「じゃあ貴方は答えを丸写ししたの?」
「いや、流石に自分で解いたけどよ」
「嘘」
「――バレたか」
そもそも完璧な読心術を使える人に隠し事をするほうがおかしいな。
「はぁ、終わった……」
神楽は答え合わせを終えると、ペンを放るようにして机に置いて背伸びをするのだった。
――この様子だと、内面とは関係無しに普通に高みを目指したい思考の持ち主なんだろうな。不思議なことにペンの動く音は丸しか聞こえてこなかったが、仮にも表では真面目な性格を装ってるんだから真面目に解いたのだろう。
今になって考えてみれば、人を表すのに最も重要となる性格を作るとは中々難儀なことをするものだ。
「少し暑い……」
「エアコンの温度、下げようか?」
「いいよ、そんなことで余計な電気代を使わせるわけにはいかない」
じゃあどうするんだ――と言おうとしたところで、神楽が取った行動を見て黙り込む。
コイツ、堂々と男の前で服を脱ぎやがる。
ただまあ、暑そうなのは事実。長袖と長スカートとハット型の帽子――宛ら避暑に訪れた貴婦人みたいな恰好だし、そりゃ熱も篭るわな。
「……日焼け防止に長袖と長スカートってか?」
「うん」
「日焼け止めクリームとか使わないのかよ?」
「あんまり散財できないよ。親でもないのに養ってくれてるのに」
「倹約しすぎだろ。女なんだから、美容で勿体ぶれなんて流石に言わねぇだろ?」
「そうかもしれないけど、出来る範囲でいい。少なくとも貴方に恥を掻かせない程度ならそれでいい」
「基準俺かよ」
言ってる間に、たちまち神楽は肌着姿となった。
こんなの身内に見られたら――って思いかけたが杞憂である。今日も昨日と同じ要領で家に誰もいないのだ。
帰ってきたらその時は全力で服を着させるか。
「――何?」
ふと俺の目線に気付いたか、神楽が目線を返してくる。
「自分で痴女とか言ってた辺り、やっぱ大胆だなって思っただけだ」
「痴女っていうか、周りの目が気にならないだけ。何なら今ここで全裸になれるけど?」
「いやならなくていい。っていうかなるな!」
流石に俺の理性が崩れ落ちる。
「何慌ててるの……」
「まずお前は、恥というものをだな――」
「恥くらい分かるよ。授業中に間違えた答えを黒板に書いちゃったときとか恥ずかしいって思う。間違いは恥ずかしいことじゃないってよく言うけど、絶対それこそ間違いだと思うな、私」
「テメェの持論語る前に、でもってそんな恥を覚えるよりも前に、オメーは早く人に肌を見せることに対する恥を覚えんかっ」
いつに無く早口で捲くし立てる俺が気持ち悪い。
「別に減るものじゃないんだからいいじゃん……」
「何だその、如何にも俺が間違ってますよ的な呆れ顔は」
「私別に禁欲主義じゃないけど、知らない男に股開くほど落ちぶれてないよ。こんな恰好できるのは貴方の前だから」
「あー……なんだ、そういうことか」
何も公に肌を見せる、ということではないのだ。勝手な俺の思い違いである。
――なんか猛烈に大声出しながら暴れたくなってきたぞ。
「何だと思ったの?」
「いやなんでも」
「――そう」
やっぱり呆れ顔だ。どうせまた心を読まれたのだろうが、もう考えがバレる以前に口に出して事実を告げることが嫌なのでどうにでもなれって気分。
――っつーかコイツは痴女という言葉を理解しているのか。
「……」
「……」
さて、現状まさに2人きりである。コイツの甘えん坊加減、どう現れるかと思っているが――そんなに激しくないのか、ただ隣に来てくっ付くだけという単純な行動を取っているだけだ。孤児なので甘え方を知らないだけかもだが。
とはいえ、本来の用事は済んだというのに帰るつもりは無いらしく、ずっと俺の隣で無言を貫いている。
「――それで全力で甘えてるつもりか?」
「遠慮はしてないよ」
「ふうん……?」
会話するに丁度よく、体温を感じるわけでもない距離。つまり肌と肌が触れ合っているわけではない。
「……」
これで遠慮なしというのだから、やがて神楽が頭を肩に乗せてきた時はある意味進歩したな――と思ったのが、単純に寝ているだけだったというオチも今日で経験した。
さて、コイツが帰る時間にしろ身内が帰ってくる時間にしろ、一体いつになるのやら。時間だけが過ぎ行く中、隣の神楽はずっと幸せそうに寝息を立てるばかり。で、起こすまいと暇つぶしにゲームしたり携帯弄ったりしているとどうやら俺も寝てしまったらしく、次に起きた時刻は18時であり、原因は腹が減ったから。
『何か食うかな……』
いつも騒がしいリビングから何も聞こえてこない辺り、まだ家には誰もいないようだ。
「ん……」
折よく起きた神楽を除いて。
「おはよう」
「おはよ……もうこんな時間……」
寝起きには弱いのか、寝惚け眼で時計を見ては暫くボンヤリし始める。
「帰るのか?」
そんな神楽が立ち上がるまでは約20分の時間を要した。
「――折角だし、どっかレストラン行こうよ」
「おぉ、丁度腹が減ったと思ってたんだ。行こう」
「ふふっ、やっぱり食いしん坊だね。合宿の時も、貴方が一番食べてた気がする」
「ほんと食わねぇと身が持たないんだよなぁ」
誤解されては困るので言っておくが、俺は断じてデブではない。ただ成長期なだけだ。身長180センチと体重70キロ、体脂肪率は10パー以下だ。ほら、大体平均的だろ?
「じゃ、行こっか」
「あぁ。でも何処行くんだ?」
「これも折角だから、私が気に入ってる場所。雰囲気的には喫茶店だけど、ちゃんとしっかり食べれるから安心して」
「そうか。じゃあ出発だ」
――言って、案内されて辿り着いた場所。そこは何ともいえない、高級感の漂う――しかし価格は学生の財布に優しく、尚且つ神楽の言うとおり軽食屋の側面がありつつもめちゃくちゃ美味いものが鱈腹食えたという、何というかもう常連になろうかなと思えたほどに良い店だった。
そこで神楽に勧められて飲んだ、酒ではないらしいが怪しげなピンク色の飲み物があること以外は。
「……」
神楽も俺と同じものを飲んでいた。ということは即ち、この感覚が彼女にもあるのかも知れない。
いや、俺が慣れていないだけだろうか。いやそもそも慣れという概念があるのか。酒ではないと言うが、やけに身体が火照るというか――とにかく普段の食後とは思えない、言葉にし難い感覚が俺を襲っている。
「なぁ神楽」
「?」
気になるので、聞いてみることに。
「さっき飲んだあのピンクいやつ、何?」
「ノンアルコールのカクテル」
「ほんとにノンアルコールなのか?」
「そうだけど……」
携帯のカメラを内側にして、自分の顔を観察する。やはり頬が赤くなっている。"神楽と同じで"。
異性と2人きりという環境がそうさせるのではない。明らかにこれは、さっきのピンクの飲み物が原因だ――が。
「――酒じゃないなら、何なんだってんだ……?」
「媚薬」
「あぁ、そうか」
――って。
「はぁああああ!?」
「声が大きい……何?」
「いや、おまっ……しれっと何てものを……」
媚薬だと、そんなの聞いてないぞ。
いや――今になって思えば、なんかメニューに書いてあった気がする。
"カップル限定、夜はご注意下さい"――みたいな怪しげな注意書きが。
当時は腹が減っていたのであまり気にしてなかったのだが――恐るべし人間の食欲。
「私も貴方も媚薬を飲んだ。じゃあこの後に行く場所って言ったら限られてるでしょ?」
いつになく色っぽい神楽が艶めかしい――じゃなくて。
「マジで言ってんのかよ……」
「何、嫌?」
「嫌じゃねぇけど……そんな、付き合ってもねぇのに」
「ならここで告白すればいいの?」
「――別にもう、言わなくても分かるけどよ」
「じゃあいいじゃん。熱帯夜とは別に、私も身体が熱くなってきた……はやく行くよ」
そんな、スーパーに買い物に行くみたいな言い方で――なんて考えている間にも俺の煩悩が増すと同時に神楽は俺の手を引っ張って歩いている。
――仕方ない、明日は学校サボるか。




