訪れた春には納涼祭り
さて、蝉の鳴き声がそろそろ蜩に変わるかなと思い始める8月30日。宿題も完全に終わった今、不思議探求部の連中からは何の音沙汰もなく夏休みが終わろうとしていて何となく暇である。あの一件以来、本当に誰からも連絡が来ない。実は冬木とも連絡先を交換しているが、経過が無いのか報告さえ来ない始末。
暇すぎて暇すぎて仕方ない。こんなときに限って兄貴も姉貴も仕事だし、妹はリア充なので今まさにデート中であろう。昨日か一昨日あたりは朝帰りだった辺り、多分アイツは中学生という分際で夜の営みをしている。ちょっくら彼氏さんに会ってみたい気分だな。でもって全力で殴りたい。いやもうイマジネーションであいつらの関係を消し去ってしまおうか。多分、カプセルから神楽たちを出そうと試みたとき以上の実力が出せるだろうな。
――そんな虚しい思考を巡らす俺にも、どうやら春が訪れたらしく。珍しく自分の足で外出するに至った。ちょっと遅め且つ寒気が大いに残り、つくしもカエルも頭を出さず桜さえ蕾のまま固まりそうなほど冷ややか且つ猛烈に暑い春ではあるが。うん、ちょっと何言ってるか分かりませんね。
とにかく、俺は今そんなこんなで集合場所である地下鉄の名駅にいる。目的は双子町という、一風変わった町で行われる納涼祭り。で、これに行こうとお誘いの電話をかけてきたのが意外にも。
「芳幸君」
青い髪と瞳を持ち、マインドコントロールなる超能力を操る――なんと神楽である。
しかも浴衣姿。普段の水のような雰囲気とは打って変わり、涼しさを残しつつ可憐な容姿に仕上がっていて思わず見惚れてしまった。
「似合ってる?」
「あぁ。なんつーか、和服美人」
元々体型がスレンダーなので、一層和服が似合っている。ただ本人はグラマーで無い体型にコンプレックスを持っているらしく、セクハラの意味も含めてその話に触れることは出来ないのだが。
世辞じゃなくて、綺麗な人だと思うんだけどな。普通に、だなんて虚しい言葉なんてつけられないほど。
「そ、そう……じゃあ行こう」
「おう」
対して俺は普段着だが――まあいいか。
――やがて。
「……」
「……」
会場へ向かう道すがら。会場に到着して暫く。花火が始まってから終わるまで。いずれの時間も、俺らの間には殆ど会話がなかった。
無言でやり取りしているというべきか。神楽は神楽で祭りを楽しんでいるようだから良いとして、だったら何故俺を誘ったのやら。他にも女友達いるんだから、そっち誘えば良いだろうが――なんて思いながら祭り定番の粉モノを食べたり、りんご飴片手に花火見たりしているうちに、祭りはあっという間に終了した。
終了時刻は夜の10時。みんな一斉に帰りだすために混雑するとのことで、俺と神楽は暫く会場に残ることにした。
「……」
「……」
尚、会話は無い。ただ2人でベンチに座って星空を見上げているだけ。
今日は祭りの最中に知り合いと遭遇したりしなかったので猶のこと静寂感がある。
無言の祭りとは何ともいえないものだと、俺は神楽を通して経験した。
「……」
神楽の手元には色々と土産がある。持ちきれないほどではないが、それでもけっこう多いほうか。
「――家族に?」
「半分はね」
土産について触れてないのに何で分かるんだオメーはっ。
「半分は――自分用」
「?」
半分はと言いかけて、自分用と言うまで僅かな間。これが少し気にかかった。
普段なら気にしないはずなのに、静かなせいか余計なことに気が向いてしまう。
「ほんと余計」
だからなんで分かるんだっ。
――って、そうか。忘れかけてたがコイツこと神楽は、精神を操る能力の持ち主だ。
俺の心でも読んだのだろう。そんなことに気を使ってる辺り、今ではコイツも相当退屈してるのか。
「――そろそろ帰るか?」
30分も経った今なら、電車が人でごった返すこともないだろう。そう思って重い腰を上げる――と、神楽が俺の服の裾を掴んでいた。
振り返れば、まるで「帰るな」とでも言いたげに俺を見上げてくるので、仕方なく再びベンチに腰を下ろす。とりあえず、虫除けスプレーの効果は未だに効いているようでなによりだ。
「……」
「……」
しかし沈黙。
「……」
「……」
そうやって言葉もなく星空を見上げていると、いつの間にか12時になろうとしていた。
まだ帰らないのか。俺は別に門限無いし眠くもないからいいが、神楽はどうなんだ。身内を心配させてはいないのか。
――なんて余計なことを考えていると、ふと神楽が俺を見上げていると気付く。
「んだ?」
「――私の家、来れる?」
「……」
「……」
「は?」
思わず硬直してしまった。
「何でいきなり?」
「――隠し事」
「ん? 隠し事?」
いつになく、単語を辛うじて繋げてるみたいな喋り方で何が言いたいのかサッパリ分からない。
「――パートナーに隠し事するのって、何か苦しくて辛いの」
じゃあしなければいいじゃねぇか――と言いかけてやめる。込み入った事情があれば、そりゃ話し難いだろうし。
「馬鹿みたい。頼れる人が近くにいて、何も言わないなんてさ」
「――軽蔑したりしねぇから、言ってみな」
「それで話せたら苦労しないの!」
やっぱりか。コイツが声を大にして怒鳴るとは、即ち余程の事なんだろうさ。
「ま、ゆっくりでもいいぞ?」
「――ううん、明かす。そのためにお祭り来たんだし」
「そうか」
言い難いことを追求されては堪ったものじゃないだろうから、俺から詮索するような真似は控えておく。
家に来るかと問うた辺り、きっと家の事情に関することなのだろうが――何て、また余計な思考が巡らされる。
この頭が憎たらしい。普段なんも考えなしの癖に、こういうときだけ変に気を使ってしまう。
「――何の目的があるか知らないけど、俺はいつでも暇だからな。たった今、この瞬間でも同じだ」
「……じゃあ、来て」
「お、おう?」
結局、俺は連行されていくことに。
終電ギリギリの電車で何とかやってきた神楽の家はマンションだった。そこの最上階である802号室に案内されるや、入れと背中を押されつつ遠慮がちに入室する俺。一応おじゃましますと言っておいたのだが、誰からも返事が無い。
「待ってて。着替えてくる」
そうして居間に通され、座って待つことなんと1時間。どんだけ浴衣に着慣れてないんだ、しかも面倒なのは脱ぐだけだろうが、着替えだけにめちゃくちゃ時間がかかったな――と思いきや。
「ふぅ」
寝巻き姿の無防備な神楽が登場する。こいつ、さては風呂入ってたな。そうだ、そうに違いない。タオル持ってるし髪も若干濡れてるし頬も上気してるし厭らしい意味ではないが何か良い匂いするし。
――そういえばさっきから誰も身内を見かけないな。一人暮らしだろうか。などとまたもや余計なことを考えていると。
居間にあるソファー。俺はそこに座らされていて、良い感じに2人掛けくらいの広さがある。故か、神楽は何と隣に座ってきた。
「……」
そして無言で寄り添ってくる。夏場だが、直に伝わってくる体温が暖かく感じる。
――なんだコイツ、挑発してんのか。
「……」
「――汗くせぇだろ俺。汚ェぞ」
「気にしない」
「……?」
とことん分からん。コイツの考えていることが。
じれったくなりつつも、詮索だけは無用と口を噤む。
「……あのね」
でもってようやく喋り始めた頃には、実に1時を回ろうとしていた。




