その二。
「よくぞ聞いてくれました。
実は、あなたの『見えないものが見える能力』を私のために貸して頂きたいのです」
三郎は、本当は幽霊の頼み事など気持ち悪くて聞くのも嫌でした。
ところが三郎が断る前に、幽霊のアントニオは勝手に話を進めてしまいました。
「私は、ここから西へ半年の場所にあるポロットナルプ国に生まれました。
父はポロットナルプ国で一番のお金持ちの商人でした。
私は大人になると父の後を継いで、馬に荷物を載せて品物を金貨や銀貨と交換したり、金貨や銀貨を品物と交換したりしながら、世界中を旅するようになりました」
「町から町へ商売をしながら旅する暮らしを十年ほど続けたある日、私は、この沼の近くを馬を連れて通りがかりました。
そのとき馬の背中には、商売をして儲けた金貨がギッシリ詰まった麻袋が十袋載せてありました。
突然、木の陰から三人のガラの悪い男たちが飛び出して、私と馬の行く先を通せんぼしました。
『やい、商人。
その連れている馬の背中に載せた麻袋には、何が入っているのだ?』
男たちの中の一人が言いました。
『きっと値打ちの物に違いねぇ』
別の一人が言いました。
『素直に置いて行くんだな。さもないと切り殺すぞ』
また別の男が言いました。
私は、やつらは盗賊に違いないと思いました。
切り殺されるのは嫌でしたが、だからと言って盗賊たちに金貨のギッシリ詰まった麻袋を渡すのも嫌でした。
世界中を周って苦労して稼いだ金です。
それに故郷のポロットナルプ国では、私が沢山の金貨を持って帰るのを、家の者たちが楽しみに待っているはずでした。
そこで私は盗賊たちに言いました。
『ここに麻袋が十あります。そのうちの一袋をあなたたちに差し上げます。
だから私と私の馬を通してください』
ほんとうは一袋でも盗賊にやるのは癪でしたが、命には代えられませんでした。
『よかろう。袋を渡せ』
盗賊の一人が言いました。
私は一つだけ、麻袋を渡しました。
盗賊たちは袋を開けて中身を確かめました。
『通って良いぞ』
そう言って盗賊たちは左右に退きました。
私と麻袋を九つ載せた馬は、恐る恐る盗賊たちの間を通ろうとしました。
ちょうど盗賊たちの真横に私と馬が来たとき、突然、男たちが刀を抜いて襲いかかってきました。
『あっ、何をするのです。麻袋を一つだけ渡せば通してくれると言ったではありませんか』
私は叫びましたが、盗賊は刀で私の心臓をひと突きに貫いて、私はその場所に倒れてしまいました。
私は騙されたのです」
「目を覚ますと、日はトップリと暮れて、辺りは真っ暗です。
起き上がった私は、自分の体が何だかフワフワとしている事に気づきました。
遠く空の上で風がゴオッと唸り、それまで月を隠していた雲が流れて、沼地にサアッと明るい月光が差し込みました。
ふと足元に視線を落とすと、胸を血で染めた男が倒れているではありませんか。
よく見ると、倒れている男は鏡の中で見慣れた顔をしていました。
つまり私なのです。私自身が、胸から血を流して足元に倒れているのです。
そこで理解しました。
自分はもう死んでしまったのだ。
立って私の死体を見下ろしている私は、体を離れた私の霊魂なのだ。
私は悔しくてたまりませんでした。
自分を騙して殺した盗賊たちに自分自身で敵討ちをしたいと思いました。
ふと見ると、遠くに明かりのようなものが見えます。
私は、その明かりを目指して、フラフラと森の奥へと入って行きました。
明かりの近くまで行くと、それは大きな岩のそばに熾された焚き火でした。
焚き火の明かりに照らされて、私を殺した三人の男たちが、せっせと岩の根元の割れ目に麻袋を詰め込んでいるのが見えます。
近くには胸を抉られて息絶えた私の馬が倒れていました。
可哀そうに、ここまで金貨を運ぶのを手伝わされた後で、用が無くなって殺されてしまったのでしょう。
すべての麻袋を隠し終えると、男たちは割れ目の前に石を積み上げて塞いでしまいました。
そして、倒れている馬から刀で肉を切り取って焚き火で焼いた後、それをモシャモシャ食べながら、革袋に入った酒をグビグビやるのでした。
やがて良い加減に酔っぱらった三人の盗賊たちは、月明かりの下で焚き火の周りをグルグルまわりながら刀をブンブン振り回して踊り始めました。
盗賊たちはグルグル、グルグル、焚き火をまわりながら、ブンブン、ブンブン、刀を振り回して踊りました。
その様子を幽霊になった私は、遠くの木の陰からジッと見ているのでした。
どれくらいの時間が経った事でしょう。
遠く空の上で風がゴオッと唸り、大きな雲が流れて来て月を隠してしまいました。
辺りは真っ暗闇になりました。
ただ、盗賊たちの焚き火だけがパチパチと燃えていました。
突然、雲の中から三本の輝く稲妻が飛び出したかと思うと、三人の男たちが振り上げた三本の刀の上に一直線に落ち、同時にバリバリッ、ドオンという大きな音が森じゅうに響き渡りました。
気が付くと、三人の盗賊は、焚き火の周りで刀を持ったまま死んでいました。
私は喜びました。
私を殺して金貨を奪った盗賊たちに天罰が下ったと思ったのです」
そこで幽霊のアントニオは話疲れたのか(幽霊も疲れるでしょうか。分かりません)、フウッと一つ、溜め息を吐きました(幽霊も溜め息を吐くのでしょうか。分かりません)
三郎は言いました。
「天罰が下ったなら、盗賊たちが雷に打たれて死んでしまったのならば、それで良いじゃないか」
「いやいや。ところが、そうではなかったのです」
幽霊のアントニオは再び話し始めました。
「しばらくの間、雷に打たれて倒れた盗賊たちを私は木の後ろから覗いていました。
すると突然、三人の盗賊の額がパックリと割れて、ボンヤリと光る灰色のモヤモヤした煙のようなものが出てきたのです。
光る煙は徐々に形を変え、最後に恐ろしい悪霊の姿になったのでした。
三人の盗賊の額から出てきた三匹の悪霊は、さっきまで盗賊たちがしていたように、焚き火の周りをグルグルまわりながら踊りだしました。
三匹の悪霊が焚き火の周りで狂ったように踊る様は、死んで幽霊になった私でさえ、ゾゾーッと背筋が寒くなるほど恐ろしい光景でした。
とてもとても復讐をしようなどとは思えませんでした。
それからというもの、私は復讐したくても出来ず、天国へ行くことも出来ず、十年もの間、沼地をフラフラと彷徨っているばかりなのです」
幽霊のアントニオは、ここで一旦話を終えました。
「幽霊さん、幽霊さん」
三郎は、幽霊のアントニオに言いました。
「それで、一体、俺に何をしろというのだ。
幽霊でさえ怖がるような悪霊を前に、唯の人間である私が出来ることなど何も無いに決まっている」
「いえいえ、あなたは、唯の人間であるはずがありません。
その証拠に、人間の目には見えないはずの私の姿が見えるではありませんか」
それを聞いて三郎は思いました。
(これは困ったことになったぞ。
このアントニオとか言う幽霊は、私を霊力のある仙人か何かのように思っているのだ。
それは誤解だ。飛んだ買い被りだ)
また、こうも思いました。
(しかし、これで私がアントニオとかいう幽霊の頼みを断りでもしたら、きっと逆恨みをして私に取り憑いてしまうに違いない。
ここは形だけでも協力するような素振りを見せなくてはいけないぞ)
そこで、三郎は幽霊に言いました。
「とにかく『百聞は一見に如かず』という事もある。
その三匹の悪霊が居るという、森の中の大きな岩まで案内してくれ」
幽霊のアントニオは、右手をスッと上げると、森の奥の一点を指さしました。
なるほど、その指の先には、ボウッと小さな明かりが見えました。
三郎は、試しに今まで摘まんでいた小指を離しました。
森の奥の小さな明かりは消えてしまいました。
すぐ横に立っていたはずのアントニオも消えてしまいました。
もう一度、金の小指の爪を摘まみました。
森の奥に、ボウッと小さな光が現れました。
幽霊のアントニオも現れました。
(すると、あの森の光も普通の人間には見えないものなのだな)
アントニオは、森の光の方へ音も立てずにスゥーッと歩き始めました。
あわてて三郎も後を追いました。
小さな光を目指して森の奥へ奥へと歩いて行くと、やがて広場のような木のない場所に行き当たりました。
真ん中に大きな岩がありました。
岩の根元には割れ目がありましたが、その割れ目は石を積んで塞いでありました。
岩の前には、青白い焚き火の炎がチロチロと揺れていました。
あれは本物の炎でしょうか。
それとも鬼火でしょうか。
チロチロと揺れる炎の周りを、恐ろしい姿をした三匹の悪霊がグルグル、グルグルまわりながら狂ったように踊っています。
三郎と幽霊のアントニオは、森の木の陰からその恐ろしい姿をコッソリ覗き見ています。
悪霊の踊る足元には、三人分の白い骸骨が転がっていました。
あの悪霊らが自分たちに気づいて追いかけて来やしないか思うと、三郎はハラハラ、ドキドキして生きた心地がしませんでした。
「分かった分かった、もう充分だ。
早くここから立ち去ろう」
三郎は悪霊らに気付かれぬよう小さな声で幽霊のアントニオに言いました。
三郎とアントニオは焚き火を離れ、森を出て元の沼地に引き返しました。
アントニオは幽霊ですから足音を立てませんが、三郎は苦労して静かに静かに歩きました。
「やっと、あの恐ろしい悪霊から離れることができた」
沼に着いたとき、三郎が言いました。
「さあ、これで、私の話が嘘ではないと分かったでしょう。
あなたの持つ特別な能力で何とか悪霊を退治してください。
そして私の恨みを晴らしてください」
「さて、その事だが。
しばらく俺に時間をくれないか」
三郎が言うと、幽霊のアントニオは嫌な顔をしました。
「しばらくとは、いったい、どれ位でしょう」
「そうだな、せめて三日は貰わなくちゃいけない」
「悪霊を退治するのに、三日も必要なのですか」
「そうだ、そうだ。
あれほどの恐ろしい相手が、しかも三匹だ。
並大抵の事じゃない。
さすがの私でも、準備が必要なのだ。
まず、最低でも三日だ」
「それほど言うのなら、仕方がない。
わかりました。三日間だけ待ちましょう。
良いですか、三日だけですよ。
三日後の夜、この沼のこの岸で会いましょう。
もしも三日たってもこの沼に来なかった場合は」
幽霊はギロリッと三郎を睨みつけました。
「きっと、あなたに取り憑いてあげましょう」
この言葉を聞いて三郎は背筋がゾゾーッとする思いでした。
そして三郎は幽霊と別れ、自分の小屋へと帰ったのでした。




