十一話目
ずっと玄関先で話をしていたので向こうの方から家の中にお招きいただいた。
中は以前自分がいた家とそんなに変わらない。
一つ違うのはここは住居兼工房も兼ねているようだ。
一階の一部を除いてほとんどは工房となっている。
二階が住居になっていてとりあえず居間の様な所に通された。
鬼「とりあえず名前聞いていいかな?」
エ「エルドット。周りからはエルトって呼ばれているよ」
鬼「自分はキリュウ。初めまして」
エ「…それよりも君を雇うって話なんだけど…そんな話聞いたことないよ。
ギルドを通さないで依頼人と請け負う契約者が直接かかわるなんて…」
鬼「でもさ、お互いの利害は一致してるじゃん?こっちはとりあえずの生活。そっちは素材の確保。」
エ「第一登録させてもらえないなんて聞いたことないよ?君一体何したのさ?」
鬼「そこらへんはあっちとこっちの込み入った事情があるのよ。で、どうする?雇う?雇わない?」
エ「…その前に君の事を教えてくれよ。契約神とランクをさ。
見たところ武器も持ってないみたいだし…」
鬼「やっぱりそこだよな…なんて言えばいいのか。今多分噂になってる無契約者って知ってる?」
エ「そんな話、この国の人間なら誰でも知ってるよ。そのうち国外にも知れ渡ると思うよ。
素手で壁を壊したとか、教会に押し入って鬼や龍ランク相手に無傷で生還したとか。
確認のとれていない、本当に噂程度の話だけどさ。
この世界のどこに武器も使わず、それだけの力を持つ人間がいるもんか」
鬼「お~、もうそんなに有名か。それ自分なんだわ」
エ「はい?」
鬼「無契約者、素手で戦う人間。自分の事よ」
エ「…なるほど、君は随分と冗談が好きなようだね。ギルドを通さない仕事の勧誘。
素手で戦えると言う冗談。中々に面白いよね」
鬼「冗談ではないんだけど。これマジね」
エ「じゃあ証拠を見せてよ。素手で僕と戦って見せて」
鬼「お前と?いいけどランクは何よ?」
エ「自分は剣魔。確かに力は無いけどすでに負けるほどでもない」
鬼「魔か…まぁいいよ、相手してあげる。ではお決まりの文句といこうか。…表に出やがれ」
まさか今更魔ランクと戦う羽目になるとは…
でも実際問題この世界の人間なら疑うんだろうな。そんな奴いるかって。
契約神の元、武器を通じて力を貰って初めて戦えるんだものな。
さてと、とにかくケガだけはさせないようにしないと。鎧は…要らないよな。
あちらさんは剣魔、標準的な片手剣というあたりか。
構えてはいるが、こちらが素手なモンでどうしようか迷ってる感じか。
鬼「いいから、打ち込んでおいで。手加減はするから」
エ「なっ…解った、行くよ!!」
数mの距離を一足飛びに詰めてくる。これだけでも地球なら恐ろしい速度だろう。
しかしだ。あれだけ鬼やら龍やらと戦った後だ。遅い事遅い事。
こっちがケガをしないように手加減するつもりだろう。剣速も遅い。
このくらいなら手で止めれそうだな。
ガキィン!
ガントレットが有るので無造作に手で鷲掴みだ。
エ「えっ?嘘?」
鬼「いいから殺す気でおいで。無理だから」
剣を離してエルトはもう一度距離を取った。おお、顔つきは変わったな。多分今度はマジだな。
さっきとは幾分速いスピードで踏み込み、剣を顔面めがけて振り下ろす。
流石に顔はこちらも困るので、少し体を斜めにして避ける。
剣はそのまま地面に突き刺さり、彼の顔面に寸止めの拳を打ち込む。当たると下手すりゃ死ぬからね。
鬼「さて、これでいいかな?テストは合格?」
エ「本当に…君は無契約者なの?確かに自分は弱いけど素手の無契約者に負けるなんて…」
鬼「う~ん…あんまりばらしたくないからそこら辺は秘密という事で。で、どうする?」
エ「…分かった。貴方を雇おう。報酬は生活の面倒を見ればいいの?」
鬼「とりあえず、家と飯が有ればそれでいいよ」
エ「分かったよ。じゃあ細かい話は中でしようか」
家の中に通され、二階の空き部屋を一つもらえる事になった。
家具などは最小限の物しかなく、必要な物は作ってくれるそうだ。
とはいうものの、服はこれでいいから後は寝床さえあればいいか。
夕食の準備をするからとエルトは下に下りて行った。
それを見計らったようにアレイスが出てきた。
あ、そういえば出てくんなって言ったんだった。
ア「お前、いったい何を考えているんだ?こんなボロイ工房しか持たない奴と依頼関係を結ぶなど」
鬼「でもさ。ギルドが駄目ならこうやって何処かとフリーランスでやるしかないじゃん」
ア「だったらもっと大きい工房を持つところと契約すればいいではないか。
わざわざこんな所を選ばずにだ」
鬼「でかい所は駄目。多分断ってくるのが見えてるしね。そういう所は外聞とかプライドを気にする。
今までやった事の無い事を、それも無契約者相手だよ?やるわけないじゃん。
下手をすれば今までの信用とか、客の信頼、工房の看板。色々な物を失う訳。
だったらこういうぼろくて失う物が無いような所の方が柔軟な対応をする。そう思わない?」
ア「まぁ確かに…」
鬼「それに…あいつのいつかの後が知りたくてさ」
ア「いつか?ああお前との話で出てきたあれか」
鬼「父が死んで、工房の客も親の弟子達も奪われて帰ってきたら残ったのはこのボロ工房だけ。
あれの心中がどうなっているのか少し気になってね」
ア「…あいつはお前とは違うぞ。あいつには残った物もある。全てを失ったお前とは全く違うぞ」
鬼「別に、憐れみとかじゃないさ。それに…こういうこの世界の在り方を否定していくのは楽しいね。
今までオディアス教が、この世界が積んできた物を壊したいってのはあるかな。
形は違うけどこれも世界への復讐だぞ!的な感じか。お前らの世界なんか壊してやる!とかさ。
その一歩がこのボロイ工房ってのも面白いかなって。多分大事になると思うしね。
揉めるぞ~きっと」
ア「揉める?何がだ?」
鬼「今自分のやっていることはギルドを全否定しているようなものだしね。
こういうやり方が広まっちゃうとギルドの存在自体意味がなくなる。
それなりの手数料も取ってることだしね~。
人間自分の儲けが無くなると思えば慌てふためくだろうし。あのギルド長の慌てる顔が目に浮かぶわ」
ア「…お前今滅茶苦茶嫌な顔しているぞ?」
鬼「まぁ、見てなさいって。明日から忙しくなるぞ~」
今考えているのは多分小さな一石だと思う。
ただ、この一石がどれだけ大きな波紋になるかは…ちょっと楽しみだ。
さっきも言ったがこの世界の在り方を崩すのは気持ちがいいねぇ。