飼い犬
唐突ですが、犬が死にました。名前は伏せます。
死因は轢死。夜の内に脱走して、今日のうちに、冷たくなって帰ってきました。
犬が、死んだ。たった、たったそれだけのこと。
インドア派の自分には尻尾を振ってくれるくらいだったし、散歩だって夏休み以外まともにいったこともなかった。
雷に怖がってドアをひっかき、家族に怒られてはいたけれど。最近、えさをまともに食べないことが多かったけど。最近、妙な距離感があったのは感じていたけれど。
そんなでも、自分の日常に深く、深く関わっていた。いっしょに泣いたこともあったし、いっしょに寝転がったこともあったし。とにかく、飼い犬の四つ足だったのに、弟のように思えてならなかったんだ。
でも、最近は優しくしてやれなかった。
自分がそんな罪悪感をひた隠しにしていた。何よりも、ただそこにいるということを当たり前のように思っていたわけだ。我ながら子供みたいな話だ、物言わぬ置物でもなかったって言うのに。
しっかりと、生きていたというのに。人と同じように感じて、考えて、走って、歩いて、食べて、排泄して、考えて……家出をしたというのに。
正直言って、僕はそれを褒め称えていた。
家という限定的な空間しかしらないあいつが、外れた鎖を引きずって知らない世界に飛び出したのだから。僕は、その勇気と覚悟を評価していた。そして同時に思っていたんだ。懲りたら元気で帰ってくるって。
ばあちゃんだけは、心から心配していた。もとより涙もろいタイプだったから、いつものことだろうと思った。家族みんなもきっとそう思っていたんだろう。あいつは臆病だから、あいつは茂みに行こうとしていたから。きっと、危険なところには行かないだろうと。
ただただ、普通の日常が戻ってくると思っていた。
だけど、帰ってくるのはあいつの死体だ。遺体といった方がいいのかもしれないが、死体だ。何も言わない。犬だからもとよりそうだが、前のように尻尾を振らない。前のように、鼻をならさない。前のように来客を知らせてもくれない。
あいつは、車にひかれたそうだ。詳しい状況はまだだが、僕は聞くこともないだろう。とても、耐えられない。車の運転手に、恨みはもてない。ひき逃げであれ、通報してくれたのであれ、死んだという形であれ、行方不明という後味の悪い形に落ち着いてしまうことを防いでくれたのだから。
冷たくなって帰ってきたあいつは、やけに穏やかな顔をしていた。車にひかれたというのにきれいな体で。すぐにでも起き出しそうな、寝ているだけのように思えるあいつは、ただただつるされたイノシシのように動かなかった。
僕はただただ悔いるしかない。普段は無感動とも思える僕が、気づけば涙を流していた。祖父母は、
「犬には予知能力があるんだ」といった。死期を悟ったあいつは、死に場所を求めて逃げ出したらしい。
役場に連絡をしてくれた人、きれいな死体、早くに帰ってきたこと。結果的に見れば、すべて幸に転じている。
それに納得した俺の涙は、気づけば止まっていた。せめてもの線香を上げた俺は、黙って家にもどる。
僕の日常は、世界は、明日からどう変わるのだろう。
どうだったでしょうか。重たいでしょうが、僕はしばらく沈んでいるでしょう。弟のように思っていましたから。執筆にどう影響するかは、未知数です。ペットレスにもなるかも知れません。
ただ、気持ちを整理するために書いた短編です。無視してくださって構いません。
これからも、よろしくお願いします。