7.芽生える
侑里と咲の視点を交互に書いていましたので、話の都合上、多少の時間のズレが生じますが、ご了承ください。
朱桜が中庭で昼食を食べているという、先生の話を聞いて、心の中で「よっしゃ‼︎」と感極まる。
だが先生の手前、顔に出す訳にはいかないのでなんとかそれを堪えた。
自分で言うのは気が引けるが、成績優秀なせいか先生からの信頼は厚い。
難なく朱桜の情報が手にでき、歌いだしたいくらいに気分は高揚している。
将人に言われたが、恋だなんて考えたこともなかったから実感は湧かないし、そもそも人を好きになるということがどういう感覚だか分からない。
告白されたり、ラブレターを貰ったことはある。
中途半端なのは、相手にとって失礼にあたるから受け入れたことはない。
何も思わないわけではない。
何度か女子を可愛いと思ったことはあるが、それがどう"好き"という感情に繋がるのか分からなかった。
でも、朱桜のことを考えている時は明らかに、今までに感じたことのない感情が俺の心に芽生えているのは分かった。
これが"恋"だというのなら、俺はもっと朱桜のことを知らなければいけない気がする。
以前、将人に言われた言葉をふと思い出す。
『分からないなら、それもいいんじゃね?恋に落ちるのは突然って、よく言うし。人を好きになるってのは、理屈じゃないんだよ、お前は難しく考えすぎ』
理屈で分からないなら、実際に当たってみるのみ。
昼休みに、何かと理由をつけて朱桜に話しかけ始めたのもこの時だ。
朱桜が学校に来ている時は、毎日のように朱桜の隣に座り込み、とにかく話しまくる。
相手にされないことは、初めの反応で分かっていたからダメ元だ。
だが、一緒にいてわかったが変化しないように思っていた表情にも多少の変化があることに気づく。
ずーんと雰囲気が暗くなったりしたり…具体的には、ムッとしたり、面倒くさそうにしたり、どうでも良さそうしたり、うん…俺には分かる。
微妙な表情の変化だが、明らかに迷惑がられている。
例えるなら、朱桜まで千里の道があるとして、俺はようやく一歩踏み出したようなものだ。
めげるには、早すぎる。
そして、だんだんと一緒にいる日が増してきた時。端から見れば小さいが、俺にとっては大きな変化があった。
「卵焼き、いつも入ってるけど好きなの?」
ダメ元で聞いた質問の一つに、朱桜はピクリと反応したのだ。
「…世界一のだから………」
そう答えると、朱桜の箸を動かす手が暫し止まった。
___咲の脳裏に浮かんだのは、幸せな家庭だった。
「麗乃の卵焼きは世界一だな」
高らかに笑う父の姿。それを不服そうな顔で、
「私が卵焼きしか作れないみたいじゃない」
母が言う。
「いや〜、同じようにやってもあの味は出せないんだよな〜。愛が篭ってるというかなんと言うか」
「恨みつらみの間違いじゃなくて?」
なんだかんだで、仲の良い父と母のこんなやり取りを見ているのは好きだった。
「咲も好きだもんな」
父が咲に向き直って、笑う。
「あなたと味覚が似ているからでしょう?」
母が呆れたように笑う。父曰く、母のこうした言動は愛情の裏返しなんだそうだ。
「うんっ‼︎」_____
暫く、固まったように動かなかった朱桜が、何事もなかったように弁当に手を付ける。
その瞬間に、朱桜の表情が和らいだのを俺は見逃さなかった。
今まで見たことのなかった、警戒心をすっかりといたような表情(普通ならわからない程度だが)に、心が揺さぶられる思いがした。
その瞬間、
俺は、自分が朱桜を好きなのだとはっきり悟った。
プロローグの男女が、咲のお父さんとお母さんという設定です。
軽い人物紹介です↓
朱桜志侑
言動は軽やかで、いつも能天気。そして、自由人。
朱桜麗乃(旧姓:氷室)
冷静沈着、言葉に棘がある。
朱桜咲
周りに興味がないようだが…?
篠原侑里
やると決めたらとことん。スポーツ万能、優等生。
西山将人
侑里の友達。人間観察が趣味。