5.自覚がない
朱桜は、全然笑わない。
クラスで爆笑が巻き起こった時ですら、顔色を窺っても眉一つ動かさない。
こうなると、何故か笑わせてみたいと思う。
だが、そんな機会は全くと言って良いほどない。
学校だって休みがちで、来たと思ったら、保健室に行ったとかで教室にいることも少ない。
もどかしくはあるが、仕方ない。
絶対に笑ったら、可愛いのに。なんて変態じみた考えがよぎり、そんな雑念を振り払うべくブンブン首を振ると、友人から「大丈夫か?」と心配されてしまった。
俺は大丈夫、多分…。
昼休み、弁当を食べる時間だが、朱桜の姿は教室になかった。
そう言えば、いつもこの時間帯に朱桜はふらりと姿を消す。
どこで、弁当を食べているのだろうか。
「朱桜って昼休みどこ行ってんだろうな」
茫然としたように呟くと、
「知らね。てか侑里さ、こないだから朱桜さんのこと気にかけてるけど、好きなわけ?」
と、同じクラスで仲の良い将人がサラッと言った。
(……?誰が誰を??)
驚いて、将人を見つめる。だが、意図が伝わらなかったらしく、
「…何で、こっち見る?」
と、怪訝な顔をされる。
「いや、その…そんな考えが自分になかったというか、なんというか」
言葉にしようとも、上手く言い表せない。
「だって、俺くらいになると見てれば分かる。侑里、モテる癖して女子に興味なかったじゃないか」
将人はそう言って、大したことじゃないかのようにご飯を口に頬張る。
おい、人を困らせておいて飯を食うな!
「俺はそんなつもりないんだが」
「そりゃあ、ないな。うん、ないわ」
独りごちて将人が頷く。
「だから、何が言いたいんだよ」
「…そんな…むしゃ……ことも…もぐもぐ…わからないの…むしゃむしゃ…か…」
「食べるか、喋るかどっちかにしろよ!」
侑里が突っ込むと、将人は、
「………。」
と、食事に集中する。
「黙るな!」
「……全く、忙しい奴だな。テストをすれば学年トップ、運動だって何でも器用にこなす。お前の欠点は、自覚がないことだろうな」
呆れたような顔をして将人が嘆く。
「どういうことだよ」
「女子が狙うには、高物件ってヤツだよ。朱桜さん以外にも、いい奴はいる」
「意味が分からないこと言うなよ…」
「成績がいいだけの馬鹿っているんだな…さっき自覚がないって言ったのは例えばの話だよ。侑里は、朱桜さんが好きなのに自覚してないとか」
将人の話は、回りくどくて分かりにくいと思うのは俺だけなのだろうか。
確かに、テストは上位に入るかもしれない。だが、運動はずっとやってる奴には勝てない。そもそも……。
そんな俺の考えを見透かしたのか。
「だーかーらー、まず、自分の思いを整理しろっての。話はそれからだな」
そう言って、将人は話をぶん投げた。
どこか、釈然としない。
これが恋なのだとしたら、判断材料が足らなすぎる……。
「あ、でも、朱桜さんは、他とは違うぞ」
ふと、思い出したように将人が言った。箸を持つ手も止まっている。
てか、他と違うことくらい俺だって分かる。
そう思っていると、将人は、
「多分、お前が思ってるより手ごわいだろうな。あれは、何か事情を抱えたワケありだ。俺の観察眼を持ってしても、掴めないほどのな」
と言って、箸を動かし始めた。
そう言えば、将人は顔に似合わず変わった趣味がある。顔に似合わずというのは、どちらかと言えば大方の人は格好良いと言うだろうタイプである。
まあ、性格も趣味も残念なわけで女子にはこれっぽっちも興味はないが、人間という観察の対象にはなっているようだ。
ちょっと、寒気はするが普通に付き合う上では結構いい奴。小学校から交遊があるからかもしれない。
それにしても、俺が朱桜を好きだなんて考えたことがなかった…。
いや、本当のところ、将人の言う通りに自分で自覚がないからなのかもしれない………。