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【奴隷‐幸福の談】

 ――太陽は、世界をあまねく照らしだす。

   だから少女は、すべてを笑みを浮かべて受け入れた。


 懐かしい夢を見た。

 細かいところまで覚えている。まさにそう、臨場感あふれると言っていいほどに。だから小屋での目覚めは、まるで瞬きひとつでまったく別のところに飛ばされたようだった。そうしてしばらく経ってから、少女はようやく得心がいく。

「そっかー、うん。いい夢、だったな」

 いい記憶だった。そんなものを夢に見たのだから、きっと、今日もいい日になるだろう。

 そう思えば、自然に眠気など去ってゆく。労働への気概がむくむく湧いて、笑顔がさらに深まった。外はまだ薄暗い。だが、察するに日の出の時間も遠くはなかろう。今のうちにできることをやっておこう。

 外に出て、夜の番に用事がないか訊ねると、食用植物の量が多少心もとなかったかもと教えてくれる。笑顔で手を振って、森の入り裾近くでしゃがみこむ。先ほどの番の視線をちらちら感じるが、あくまで格好だけらしく、本気で見張っているわけではないようだ。信用されていると感じる。

 ふと、視界の端にあるものが目に留まった。近づくとやはりそう、称えるように何本もの手を広げた香草だ。三、四本ほどが木陰に隠れ、爽やかな香りを漂わせている。収穫にも問題ないだろう。

 ああ、やっぱり今日はいい日だ。いい夢をみて、仕事をもらえて、それも早速のうちに成果を出せた。朝のはじまりでこれなのだから、今日一日なんてどんなに素晴らしくなるだろう。

 胸の高鳴りを抑えきれずに、背後の番に緑を見せようと振り返った。しかし、その焦点は夜番を通り過ぎて遥か先へ据えられる。そこでは、遠い山の稜線が、赤くこぼれだす光に縁どられていた。寂寥さえ思わせた灰色の空が、光に包みこまれる端から趣を変ずる。柔らかさを帯びた薄紅に目を奪われ、すべての動作が止まってしまった。

 目にするたび思いだす。今朝の夢の彼女と、奥ゆかしいその言葉を。きっとあの光だって、彼女が神々に祈るおかげだ。世界を回し、毎日生き返らせる大業を成す姿が浮かぶ。それは薄闇を抱いてすべてに注ぐ、やさしい光にも似ていた。

 だからそう、何よりもずっと尊く、あたたかく、輝かしい、「あの子」が守り続けるものは、

「わあ……っ」

ちっぽけなこの身の上にも、分け隔てなく昇ってくれる。


 そして、誰もが慈しまれるのだ。あの光輝に。

「はい、今行きます!」

 主人に呼ばれ、布織りの手を止めて飛んでいく。走る先の主は初老、この町を治める部族長だ。用を問うが、彼はそれより先に柔らかく相好を崩す。

「それよりも、今朝も早くから食物を集めてきてくれたらしいな。相変わらず感心なことだ」

 その言葉は畏れ多いと同時に、少しばかり決まりが悪い。奴隷として当然のことをしているまでなのだ。喜ばれるのは本望だが、褒められるなんて過ぎたねぎらいである。それを失礼にならないよう伝えると、礼をする頭上で、うんうんと頷く気配がした。

「まったく、お前は本当に働く女の鑑だよ。これからも励みなさい」

 鑑だなんて、それは彼の方にこそ言えることだ。公明正大で清廉で、慈悲と威厳にあふれる彼は、まさに理想の長である。

 だからそう、

「お前を買ってよかったよ、■■■■」

彼がこうして己が名を呼ぶことにも、悪意なんて微塵もない。

「はい、恐縮です。これから先も、誠心尽くしてお仕えさせていただく所存でございます。どうか、なんなりと」

 改まった口調で言えば、主は満足げに新たな用を言いつける。曰く、祭の時期が近いため、町の家々の様子を見てこいとのことだ。事実上の休養である。

町の広場へ赴けば、もう陽も高く、ひとは各々の生活を営んでいた。狩りへ赴く男、トウモロコシを栽培する母親、川で水汲みする子供、屋外で話しながら刺繍仕事をする女。十人十色の面付きだ。しかし少女の姿を認めれば、彼らは誰しも笑いかけて手を振ってくれる。

「ああ、こんにちはべっぴんさん! 今日も精が出るね!」

「老のお達しかい? またご苦労なこって。ま、ゆっくりしてきなよ」

「ねえねえ、こないだのお話のつづき、きかせて! 雨の神さまのお話!」

 かける言葉は、どれもこれも親しみに満ちていた。自分の身分など忘れそうになるくらい、この距離感は屈託ない。

町人は少女を単なる奴婢として卑しめることを良しとはしない。精力的に働けばそれだけの称賛をくれるし、話しかければ応じてくれる。もとより奴隷は使うと同時に庇護すべきものだが、この町のひとびとの奴隷に対する扱いには、群を抜いたものがあると思う。「奴隷は神のいとし児」という伝承を、ここまで遵守する部族もそういない。

特に少女については、奴隷になった経緯のためでもあるだろう。話を聞けば、皆が口をそろえてこう哀れむのだ。

 ――「首長の娘。利発で美しい、隣国の部族の頭の子」

   「だのに今や奴隷の身分だなんて、ああなんて不運なさだめ」

 一介の奴隷、その過去がどのようなものであろうとも、今は使役される側に変わりはない。それでも町人たちはそれを認めはしないのだ。少女からすれば、それは望外な恵みでしかなかった。

 ただ働き、頼られ使われ奉仕して、そして喜んでもらうだけでいい。そう願うのみだったのに、無限のいたわりを湛えた彼らはそれ以上のものをくれる。ならば永劫、自分は彼らに仕えよう。彼らの、すべてのひとの安寧を祈ろう。幸せにしたいひとびと、忘れられない追憶、遠くに想う「あの子」の面影。そう、すべて、すべてが宝物で……

「ありがとう。それじゃ、主さまのご用命を終えたら、少しだけ!」

 少女――〝奴隷〟は、だから思う。

 太陽が、皆を照らし続けてくれますようにと――。


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