003 代価
影人形の青年は落ち込んでいた。
機械翼を強化できる部品を見つけたのだが、これを買うだけのお金がない。もう少しあれば買えるのだが、貯めている間に売れてしまうかもしれない。
「はぁ……」
交渉はできないので、その線は捨てるしかない。
店頭であれば手付金を払ってか稼ぐということもできたが、今回それはできそうにもなかった。見つけたのはネットワーク上にあるオンラインショップだったからだ。どうしても、相手が提示している金額が必要だった。
「どうしたの、影飢。ため息ばっかりだけど?」
公園の長椅子で何度目か分からない落胆動作を繰り返していた青年の前で、待ち合わせに現れた少女は不思議そうな顔をした。
白く長い髪を揺らして青年を覗き込むのは獅子架。揺れる尻尾にゆったりした白服は、ふわふわしながらもキリリとした白獅子の風情だ。
「どうかしてなかったら、こんな顔してないと思うが」
「顔、見えないし?」
「じゃあ想像してくれ」
黒仮面の青年は長椅子に座ったまま獅子架を見つめる。
「うーん、無理」
「これだから獣は」
「うっさい。で、なにがあったのさー」
事情を話す青年の隣に、少女は座る。
「つまりお金がいるのですねん、うむむむむ」
「お前さんが貸してくれればいいんだけどな。無理だろ」
「ううん、貸せるよ」
「だろ。貸せるわけがない。もうお金なんて使い切って――」
「おーい」
「ん?」
「だーかーらー、貸せるよ?」
「まじか」
「うんうん。ケーキタイムはこれからだったから、まだお金あるよ?」
「天使! 獅子架ちゃんマジ天使!」
「えへへー」
長椅子から立ち上がった青年は、勢いのまま少女からお金を借りる。
「ありがとうな。でもいいのか?」
「うん、倍返ししてもらうから」
笑顔のまま獅子架が言った。
「…………」
引きつった顔――を想像させる沈黙を見せる青年の前で、獅子架は微笑を絶やさない。
「……り、了解」
「うん!」
結局、影飢は目当ての部品を買えたものの、ケーキ代を稼ぎにしばらくは奔走することになった。どれだけ獅子架が喰らうのかは知っていただけに、青年は購入衝動を抑え切れなかった自分自身を恨んだ。
体感はできない強化量。だけれど、表示スペックは確実に伸びている。それを眺めるのを楽しみに、昨日も今日も明日も青年は機械翼で飛び回る。