59 栄光の翼 -グロリアス・ウィング-
「モルディオ、俺は一ヶ月前、タロットのことをお前に聞いたな」
モルディオは一度首を傾げ、ゆっくりと頷いた。
「それからスピーカーが壊れてるとか言ってクロエが来た。事の発端はそこだった」
「君が言いたいことは大体分かってるよ。でも僕が未来を見たのはあの時じゃなくて、トーナメント前だった。それでクロエに疑いを持ったんだ。だから館長を詮索する為に、ハミルを襲った悪魔を利用して、わざとトーナメントを棄権したんだけど、それがどうかした?」
少し面倒そうに、モルディオは聞いてきた。
「聞いたところ、お前はタロットのことをよく知らないんだな」
「悔しいけど、そういうことになるね。これから調べる予定だよ」
「じゃあトランプの数字の正式名称は知ってるか?」
「知ってるよ。グランフェザーがつけた悪魔の名前でしょ」
未来を見通せる分こいつには敵わないな、とセヴィスは思った。
今までどれだけの秘密が彼に見破られたのだろうか。想像もつかない。
「それを教えてくれないか」
「いいよ。まずAがエース、2がデュース、3がトレイ」
デュースは確かグランフェザーが言っていた、死神のタロットで死んだ悪魔の名前だ。
モルディオは考え込む。
思い出すのに時間を取っているのか、わざとかは分からない。
「4がケイト、5がシンク、6がサイス、7がセブン、8がエイト、9がナイン」
5がシンクであることは分かっていたが、ナインは初耳だった。
まさか彼も悪魔なのか。
珍しい名前でもないが、セヴィスはナインが悪魔である可能性にどこか納得していた。
「10がテン、Jがジャック、Qがクイーン、そしてKがキング。あとジョーカーもあるね。
いつ言うべきか迷ってたんだけど、ここまで言ったらもう分かるでしょ。この学園の悪魔防衛教官のケイト、ジャックはこのグランフェザー率いる族の一員だったんだ。あとキングが美術館長をやっていたことや、グランフェザーだけが持っていた魔力権を見たら、この族はサキュバス率いる悪魔の幹部や祓魔師の設立に相当影響を与えてきたことが分かる。もしかしたらこの族そのものが幹部なのかもしれないけど、これだけ幹部がいることを考えるととてつもない話だ。ロザリアたちを育てた族だから、かなり強いかもしれない」
「でも、全員が生きてるわけじゃないだろ」
「そうだね。君が言ってたデュースは確実に死んだって分かってるし、キングも死んだ。あと悪魔の行動に全く首を突っ込まないで、逆に人間を喜ばせてるのも一人いるしね」
彼に見破られた秘密の一つが、これか。
驚き呆れて隠す気もしなかった。
「5のシンク。トランプの名前がつけられたのは彼で最後なんだよね。僕も昨日行って来たよ。君だけじゃなくてハミルもハマったみたいだし、ミルフィも今はそこで匿ってもらってるんだよね。店で手伝うっていう条件つきで。一応君の味方である強い悪魔がいるなら安心だね。君はいい場所を選んだよ」
モルディオは試すように視線を向けてきた。
「お前、どこまで知ってるんだ? 俺はお前の魔力権そのものがよく分からない」
「僕が見ることのできる未来は限られてる。例えば知らない人の未来は見れないし、遠すぎる未来も見れない。見ることができるのはせいぜいその日にあることぐらいかな。でもその未来が遠い程見るのに時間がかかるし、体力の消耗も激しい。あと僕が未来を見た後なら、その未来はいくらでも変えることができる。
僕はトーナメントでこれを利用してるけど、これには欠点があるんだ。僕が変えた未来だから、例えば僕が避けた後の相手の攻撃、つまり僕が知らないことも起こる。だから、君みたいに速さが売りの祓魔師には僕が対応しきれない。そういう人にこの戦法はあまり通用しないんだ」
目の前にいるA級は、軽く弱点を喋った。
これが何を意味しているのかは考えなかった。
「ちょっとアフター・ヘヴンについての話を聞きたいから時間を割いてって昨日ミルフィに頼んだんだけど、彼女随分変わったよね。喋り方も外見も何か上品になったっていうか……あと、君についてもよく聞かれたよ。僕は未来を見てないからあれから何があったのかは知らないけど、君を殺そうとしてた彼女があんなに嬉しそうに僕の話を聞くものだから、驚いたよ。君は相当彼女の喜ぶことをしたんだね」
「俺は別にそんなことはしてない」
「まあ脱出を手伝ったんだし、あの店も紹介したんだから、君を慕うのは当然か。それにしては結構どうでもいいことも聞いてきたけど。
そういえば昨日一緒に店に行ったハミルが、ミルフィを一目見ただけで『運命の女性だ』とか言って、早速口説こうとしてたよ。つい最近までシェイムのことばっかり言ってたのに、本当に懲りないよね。全く、女性を胸の大きさで決めるなんておかしいと思わない? 確かにミルフィは……だけど、僕には理解できないよ」
「ハミルはよく男のロマンとか言って女の更衣室覗こうとしてるな。あの後こっぴどく叩かれるのに、あいつは笑ってる。俺にはどこが嬉しいのか分からないけどな」
「君なら可能じゃない? 覗き」
「……ふざけるな」
この返答を聞いて、モルディオは珍しく声を上げて笑った。
何が可笑しいのだろう、とセヴィスは思った。
「とにかくハミルはミルフィを狙ってるみたいだから、せいぜい気をつけなよ」
薄暗い面会室に入ると、クロエは既に待ち構えていた。
「今更、負け犬に何の用だ?」
ガラス越しに座るクロエは、呆れた表情で言った。
彼女は今まで脱獄しようという素振りを一切見せず、面会室でも姿勢を正している。
「意外とあっさり認めるんだな」
「私は貴様の提案を鵜呑みにしたにも関わらず、勝ったと思い込んでシェイムに勝負の話をしていた。この時点で貴様の言う反則だった。だから本当に貴様の目的が違っていたのか確かめても、私の敗北は変わらない」
「そうだな。でもアンタが捕まって終わりじゃない」
「ならば早く済ませろ。面会時間は限られているぞ」
今更この女に叱られるとは心外だ。
セヴィス自身も、クロエと勝負するまでは犯罪者に面会者側として会うとは思っていなかった。
もしこの面会室に入るなら、逆側に座っているだろうと考えた程だ。
「じゃあ正直に言え。どうしてルキアビッツの人間を拷問して殺した」
「何だそんなことか」
「そんなことじゃないだろ」
後ろで見張っている祓魔師の警察官が動いたが、すぐに元の位置に戻る。
セヴィスが暴力を振るうとでも思ったのだろうか。
「今更隠しても仕方ないな。目的は二つあった。一つ目は麻薬夫妻が作ったジュエルバレットの在り処を吐かせる為。二つ目は麻薬夫妻の仲間を探し出し、奴等の計画を探る為だ。それでも奴等は死ぬまで吐かなかったがな」
「本当にそれだけの理由なんだな」
「そうだ」
「……このクソ野郎が」
クロエは一つも動じてないが、再び後ろの警察官が動いた。
「野郎は男を指す言葉だ。私は男ではない」
「黙れ」
またクロエは間違いを指摘してきた。
「ナインはどうしたんだ?」
「見つけ次第嬲り殺す」
「そうか。私も奴がスパイだと気づけなかったのは不覚だった」
どうしてこの女はここまで余裕なのだろう。
もしかして、脱獄するつもりなのか。
「残念だけどな、ジュエルバレットは今俺が持ってる」
「だろうな。もし貴様が見つけなくても、モルディオが探しただろう。それにジュエルバレットは貴様のペンダントでしか開けられないと、私も最近知った」
そう言ってクロエはため息をついた。
その様子を見て腹を立てても、怒りをぶつける場所がなかった。
「それで、奴等の計画って何だ」
「私たちの『ギルティ・スティール』に反対した集団だ。つまり共存に反対し、悪魔の全滅を目的とした計画を立てた奴等だ。当然麻薬夫妻もこの一員だ。その集団の名前は『栄光の翼』。私たちは略してグロウと呼んでいる。グロウの計画は『ギルティ・スティール』とは正反対という意味で、『イノセント・スティール』と呼ばれている」
辺りが途端に静まった。




