58 墓場の隠滅
モルディオによって王族に知らされたルキアビッツの存在とクロエの虐殺は、瞬く間に世界中に広まった。
そして、既に時効となっていた新生児誘拐事件の捜査は再開されることとなった。
もちろん事件の生き残りがいるのではないかという疑惑は浮上したが、王族の否定によりすぐ静まった。
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
あれから一週間が経つ。
何事もなかったかのように、学園は普段通り授業が行われている。
休み時間、ハミルはモルディオとチェルシーを誘って珍しい面子での食事を望んだ。
今日は教室が空いている。
彼らを除くほとんどの生徒がいないのだ。
「やっぱ無理じゃない?」
とチェルシーが言った。
今日は生徒が待ちに待ったエルクロスハンバーガーの販売日で、ほとんどの生徒がいない理由がそれだ。
数量限定で、戦闘も許可されているという、エルクロス学園でしか許されない行事だ。
「そうでもないよ。既に一年と三年が足止めくらってるみたいだね。こんなことするのは一人しかいないけど」
モルディオは優雅に紅茶を飲み、口角を上げて言った。
「でもさ、やっぱり申し訳ないって。セビ一人に四つも買わせるなんて。てかよく承諾したよね」
「あいつ、おれがハンバーグって言ったら目の色変わったんだ。まさかそこまでハンバーグ好きとは思わなかったぜ」
そう言って、ハミルは頭を掻く。
「まっ、あいつが来たら一年生は遠慮するだろうし、三年生でも容赦なくやっつけそう。心配の必要はないと思うよ」
「おいモルディオ、お前の未来はどうだ?」
「あのさ、そうやって僕の魔力権知ってから未来に頼るのやめてくれない? それに、未来知ったら面白くないじゃん」
「ふーん……そういえばさ、先週予告時間にフレグランス来なかったよな。予告状が偽物だったのかもな。そういう悪ふざけは困るって、怒った親父がビール飲みまくってたぜ」
ハミルは席を立ち、話題をころころ変えながら教室をあくせくと歩き回る。
その隙に、モルディオは空になったハミルのコップに瓶で透明な液体を注いだ。
この動作には誰も気づいていなかった。
「あっ」
教室に入ってきた人間を見て、三人が同時に反応した。
「四人分買って来た」
三人がセヴィスの元に駆け寄って、袋を覗く。
袋の中には四つのハンバーガーが入っていた。
「よく買えたね」
袋の中から一つ取り出して、モルディオは驚いている。
「あっ腕に怪我してる」
チェルシーが傷を見る。
爪で攻撃されたような、三本の傷ができていた。
「冗談じゃない。こっちは四限戦闘訓練で疲れてるのに、グレイに攻撃された。買うまでは楽だったのに、待ち伏せしてた」
「やっぱりグレイ様はすごいよ! S級に傷つけるなんて」
チェルシーは感激している。
その気持ちが、セヴィスには理解できなかった。
「で、お前どうしたんだ?」
ハミルは残りの分のハンバーガーも取り出す。
「足にナイフ投げた。そしたら諦めた。何であいつと戦わないといけないんだ。ったく、よくあんなクソ野郎と組めるな」
「ぶっ、トーナメントの前に対立してどうすんだよ」
そう言って、ハミルが席に座る。
それに合わせて残りの三人が座る。
「じゃあ先にいただきまーす!」
ハミルがハンバーガーにかぶりつく。
モルディオとチェルシーは感想を待つ。
「うめぇっ!」
その様子を見て、全員が食べ始める。
チェルシーも美味しい、と何度も言っていた。
「そーいえば、モルディオはタッグ戦どうすんだ?」
ハンバーガーを口に含みながら、ハミルがモルディオに尋ねる。
「まだ決めてないよ」
と、モルディオは呆れた様子で答える。
「そっか、お前ぼっちだもんな」
ハミルは笑いながら、知らず知らずモルディオが注いだ水を飲む。
彼らの作戦は、さりげなく成功した。
「そういうわけじゃなくてさ、去年チェルシーと合わなかったから迷ってるんだよ。誘いは受けてるけど、知らないC級やD級と組みたくないし」
「偉そうに! そんなのだったらあんたの好きな『ウィンズ様』と一緒に出れば?」
チェルシーは四人分のハンバーグの包み紙を捨てて、モルディオを指でさす。
「ウィンズ様はトーナメントに出ないよ。……で、ハミルはセビと組むつもり?」
「おれはシェイムと組むからな! あれ、お前今セビって言った?」
「やっぱりね。君は同じSなら女の子を選ぶよね」
と、モルディオは軽蔑した目でハミルを睨む。
「今思ったらシェイムが戦ってるところ見たの、この二人だけだよね。どうだった?」
そうチェルシーが言った途端、ハミルの顔色が変わった。
「……っ」
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
チェルシーが心配するが、セヴィスとモルディオは至って普通の目で見ていた。
「ちょっと医務室行ってくる」
「あたしもついてくよ」
ハミルはチェルシーと一緒に教室を出て行った。
それからしばらく沈黙が続いて、
「成功したね。でも言われた時は驚いたよ。まさか『ジュエルバレット』をハミルに使うなんて言い出すから」
とモルディオが言った。
「仕方ないだろ。クロエが逮捕されてもアフター・ヘヴンと千里眼の能力は困る」
「そうだね。僕もれっきとした犯罪者だし……そういえば学校が終わったら、クロエの面会に行くんだよね」
再び沈黙が訪れる。
二人はただ黙って食べ続ける。
「人の悪口言うのは、本当はよくないことだけど」
ハンバーガーを食べ終えてから、モルディオは沈黙を破った。
「僕はグレイが嫌いだよ。あいつを見てたら、君の方が断然マシだったって思う」
「グレイに関しては俺も同感だ。何回か殴りたいって思った」
「じゃあ、トーナメントでチェルシーも一緒にボコボコにする?」
「するか」
「ついでにシェイムとハミルにも手を焼かされたし」
「あいつらもボコボコだな」
本来仲の悪い二人だったが、互いに戦闘の相性に関しては誰よりも良いと認めた仲だ。
今回はグレイとチェルシーを倒すという個人的な目的の一致で組むことになるとは、誰も予想しなかっただろう。




