番外編 新入りアルバイト・セビッツ④
無謀だ。
A級の悪魔に挑むC級、デルタ。
勝負が始まってから十分も満たないというのに、案の定彼は押されていた。
「いい加減あきらめて」
と、メイアは大剣を振る。
大剣という武器の特性上避けるのは簡単だ。
だが、それはセヴィスの場合であって、デルタはかろうじて直撃を免れている状況だ。
A級が扱う大剣は一撃でも食らうと腕がもげる程の威力を持つ。
もちろんセヴィスのような素早い人間にとっては相性が最高な武器だ。
「ぐわぁっ!」
大剣の攻撃が腹を掠り、デルタは悲鳴をあげた。
「……さようなら」
膝をついたデルタを斬る為、メイアはゆっくりと大剣を振り上げる。
まずい。
デルタが死にそうだというのにS級である自分がただ傍観していた、では話にならない。
そう思ったセヴィスはとっさにナイフを投げつけた。
「邪魔をしないで」
ナイフが狙い通りメイアの右腕に刺さっても、振り下ろすのが少し遅くなっただけで、メイアは攻撃を止めようとしない。
デルタはもう上すらも見ていない。
彼はもう死を覚悟しているのだろうか。
だがこのまま死なれると困る。
メイアがもう一度大剣を振り下ろす。
セヴィスはデルタに言われた傍観することを諦め、メイアを倒す為に彼女の心臓に向けてナイフを投げた。
その瞬間だった。
「っ!」
ナイフが刺さったのはメイアではなく、彼女の前に立ちはばかるデルタだった。
「デルタ……」
デルタは無言で前に倒れ込む。
それをメイアが支え、そっと抱きしめる。
ナイフの攻撃を避けようともしなかったことや、今の行動を見てやっと分かった。
メイアはデルタを殺す為に近づいたのに、好きになってしまった。
だから、デルタを殺した後は自殺して心中するつもりだったのだろう。
「実はおれ、お前に指輪渡す為に……お金ためてたんだ」
もう死ぬと思っているのか、デルタは秘密を語り始めた。
ナイフが刺さったのはデルタの右肩だった。
今すぐ医者に連れて行けば死ぬことはないだろうが、放っておけば死ぬ。
「お願い、殺して。私は許されないことをしたのよ」
メイアはデルタの背中に涙を零す。
それを見て、セヴィスは嫌な気しかしなかった。
通報された悪魔を殺せない。
しかも、デルタを助けようとした自分が悪役にしか見えない。
二つの罪悪感に苛まれて見る恋愛には、憤慨しか覚えなかった。
「誰が殺すかよ。おれだって、祓魔師として許されないことをしたんだ」
しばらく静寂が流れて、デルタはゆっくりと気を失った。
「あれっ何でお前が」
夜が明けて、デルタは美術館地下の医務室にいる。
先程までメイアが見舞いに来ていたが、今度来たのは今回の騒動での悪役だった。
だが、デルタは彼を悪役だと思っていない。
彼がメイアを殺そうとしなければ、デルタはメイアと共に死んでいただろう。
それにメイアの『宝石』と偽って別の『宝石』を美術館に寄贈し、悪魔であるメイアを見逃したのも彼だ。
「その傷は俺がつけたからだろ」
そう言って、セヴィスは部屋の机の上に一つの小包を置いた。
「傷はもう痛くないし、見舞いの果物ももういいって。メイアが買ってきてくれたんだ」
「そう思えるなら、随分鈍感で幸せな人間だな」
違和を感じたデルタはベッドから降りて、小包を開く。
「これって」
中には綺麗に加工されたルビーが入っていた。
しかもかなり大きい。
倒した悪魔の『宝石』を職人に加工してもらったのだろうか。
だとしたら、高すぎる。
「それで治療費は浮くだろ」
「いやいや、こんな高価なもん貰えないって」
「元々俺がつけた傷だ。俺が治療費を払うのは当然なんだ」
デルタは黙り込む。
貰うのも申し訳ないが、ここで拒否するのも悪い気がした。
「分かった、ありがたく貰う。で、余ったお金はいつ返せばいい?」
「返さなくていい。それは指輪の金に使ってくれ」
「えっ」
と、デルタは目を見開いた。
「あと、アンタのマンションの大家から伝言だ。メイア=マッカートの同棲を認める、だそうだ」
メイア=マッカート。
メイアに自分と同じ苗字が与えられていることに気づくのに、時間がかかった。
何故彼が伝えたのかは分からないが、デルタは一粒の涙を零して深く頭を下げた。
「ありがとう、この恩は一生忘れない」
「じゃあ俺は」
「ちょっと待ってくれ、聞きたいことがある」
帰ろうとしたセヴィスの腕を掴んで、デルタはにやりと笑った。
「お前、何であの店でバイトしてたんだ?」
ここに来てからデルタが一番聞きたかったこと。
それが、S級があのレストランにいた理由だった。
「それは……まあ、あれだ」
「何だよ」
最凶祓魔師が珍しくうろたえる様子を楽しみながら、デルタは待つ。
「あの店、開店五周年だったんだ。それで、呼ばれたんだ」
「それでよく引き受けたな、セビッツくん」
「その名前は店員がつけたんだ。俺はそんな、モノマネやるつもりで引き受けたんじゃない」
「あれあれ、何か様子がおかしいぞ?」
「……もう忘れてくれ」
そう言って、セヴィスは立ち去った。
あれから一週間が経つ。
デルタとメイアの結婚が決まった。
セヴィスは招待されたが、断った。
行くとまた面倒なことになるからだ。
セヴィスはその場にいなかったことになっているので、A級悪魔を倒したデルタは功績を認められた。
そして今は夢だった美術館勤務が決まったと聞いている。
誰が見ても、悪魔を妻に迎えてここまで幸せな祓魔師はいないだろう。
「それにしてもルビーあげるとか、セビもおかしなことするもんだぜ。メイアって奴、どうやって『宝石』を手に入れるんだろうな」
と、厨房でシンクは呟いた。
「デルタが自分で悪魔を倒すんだとか」
セヴィスはどこかつまらなそうに言った。
「デルタ? 無理だろ」
「そうだな。『宝石』は一つ寄贈しないといけないし、結局メイアも悪魔を倒してるそうだ」
「へぇー……。そういえば! 俺あの時のルビーまだ貰ってねえぞ!」
怒ったシンクは流し台を叩く。
「あの時って?」
「おい、まさかデルタにあげたやつ……盗んだやつじゃねえだろうな?」
「さあ」
「冗談じゃねえぞ! 俺が悪魔を殺したんだ、てめえが盗ったルビーは俺のもんだろ」
「……」
「先程まで忘れていたのに、思い出したらこれだ。どうせ『宝石』をあげるならシンクよりメイアの方が良かったかもしれない。とでも思ってるんじゃねえの?」
今の彼が考えていそうなことを、シンクは下手なモノマネで口に出した。
「一個ぐらいいいだろ。悪魔は一日一カラットで生きられるし、六十カラットも最近渡しただろ」
「おいおいふざけんなよー! あれがないと禁断症状が出るんだよ!」
「どんな症状だ?」
「てめぇ……もう一回働けくそったれ」
とシンクが言うと、セヴィスは奥に行って一つの皿を手に戻ってきた。
「そういえば、言われた通りにハンバーグ作ってみたんだ。味見してくれないか」
「えっ」
差し出された皿から、シンクは思わず後退する。
それはどう見てもただの黒い塊だった。
焦げたのかと思ったが、そのシルエットからもハンバーグの面影はない。
「お前……これハンバーグだよな」
「ああ。形は変だけどな、味は保障する」
セヴィスにそう言われると、そう思ってしまう。
騙されるな、こいつは嘘と演技に関しては並みの人間を卓越している。
と、シンクは自分に言い聞かせる。
しかし、見た目のわりに匂いが良い。
それが不気味だった。
「じゃあ一口だけ」
シンクはナイフで一口分のサイズに切る。
中身は見なかったことにして、フォークを突き立てる。
「いただきま……おえっ」
すぐに水を汲んで、一気に口に含む。
「どうだった? 中々上出来だったと思うんだけどな」
「ふっ、ふざけんな!」
シンクはもう一度水を汲んで、物凄い勢いで飲んだ。
なぜか息が切れて、変な汗が止まらない。
「な、何が味は保障するだ。てめえ、これ人知を超えてるぞ……」
「人知を超えてるって」
「くっ食ってみろ」
首を傾げて、セヴィスはハンバーグらしき得体の知れない物体を食べる。
その瞬間、今まで見たことのない表情が見られた。
作った張本人は、先程のシンクと全く同じ行動を取った。
「これ……不味いな」
今にも死にそうな声をあげて、セヴィスは皿の上の凶器をごみ箱に捨てようとする。
だが、シンクはそれを止めた。
「俺にいい考えがあるぜ」
その後、祓魔師評論家ターレ=ガンナが腹を壊したのは言うまでもない。
この話の都合上、どうしてもこの要素はストーリーに混ぜることができない、でも書いてみたい。そう思った結果がこの番外編です。
コメディーとしては不十分かもしれませんが、話の暗さからは一時抜け出せたかと思います。ですが、この番外編はそれぞれの章の最後に投稿したせいで完全に空気が読めていませんでした(笑)
まだ書きたい要素はいくつかあります。例を挙げると、学園の平和な部分、祓魔師の娯楽などですね。




