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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
七章 案黒の決着
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49 ギルティ・スティール

「ほう?」


 クロエは感心した様子で、住民の首を縄で絞めるのを止めた。

首を絞められていた住民は窒息したらしく、重い頭が俯いた。


「まさか、滅ぼすまでに追いつくとは思わなかった。だが、手遅れだったな」


 そう言って、クロエは奥を指差す。

そこには、既に拷問が終わったのか泡を吹いている人間の束があった。

死んでいるのは明らかだった。


「もうほとんどの人間が死んでいる。残っているのはこの二人だ」


 クロエの前にはクインシーとルナが背中合わせで縛られている。

セヴィスは発狂しそうになる自分の頭を抑え込んで、ただクロエから勝つことを考えようとした。

しかし、考えはまとまらない。

ルキアビッツの住民たちが、目の前で殺されている。

今まで敵だと思い込んでいたのに、仇を取りたいという気持ちが湧き上がってくる。

そして同時に、気絶しているだけだと信じたい願望まで、冷静な思考の妨害を始めた。


「そこで止まれ。私はこの二人を一瞬にして殺すことができる」

「二人を放せ」

「用が済めば解放する。この二人があれの在り処を吐きださないから、ルキアビッツの人間が代わりに死んだのだ」


 縛られた二人は、自分を虚ろな瞳で見つめている。

クロエはルキアビッツの人々を人質にしてまで、彼らに何を聞きだそうとしているのだろう。


「あれって何だ。それさえあれば、二人を解放するんだろ」

「分からないだろう。この夫妻が麻薬を売り続け、ルキアビッツに逃げたことも知らない貴様には」

「……夫妻?」

「貴様は本当に何も知らないのだな」


 クロエは呆れた様子で腕を組む。

彼女が何を言っているのか、もう分からなかった。


「やめろ! 言うな!」


 頭から血を流して、クインシーが叫ぶ。

クロエは、そのクインシーだけではなくルナにも蹴りを入れた。


「……っ」


 とにかく二人を守らなければ。

そう思っているのに、動けなかった。

一瞬にして殺すことができる、という言葉が脳裏を何度も往復していた。


「この男の名はクインシーではなく、本名はクロフォード=ラスケティア。そして妻はルナではなく、ルイス=ラスケティア。分かるか?」

「やめてっ!」


 ルナが絶叫する。

それをクロエは黙らせる。

彼女は気を失った。

だが、ラスケティアという名前ははっきりと聞こえていた。


「嘘だろ」


 自分の声とは思えない程、かすれた声が喉の奥から出た。


「この二人は、貴様の両親だ」


 クロエの声が、耳を劈いた。


「……どうして」


 返事は返ってこない。

ルナもクインシーも黙っていた。

そのクインシーの髪は染色剤が落ち、紫の毛先がうっすらと見えていた。

何年も同じ街で暮らしてきたのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。


「簡単なことだ。麻薬夫妻は、ルキアビッツで反省したのだ。こんな場所で無責任に子供を作ってしまったことを。最初は捨てるつもりだったが、それはできなかったらしいな。それでも息子に両親が麻薬商と知られるのが嫌になって、勝手に両親をいないことにして、番人と店主を装って子供を育てることにしたのだろう。それがこの夫妻で、その無責任に作ってしまった子供が貴様だ」

「……」


 何も言えなかった。


「そして私は貴様の目的を見抜いた。この勝負、私の勝ちだ」

 と、クロエは自信に溢れた表情で言った。


 同時に、セヴィスの頭に閃くものがあった。

右手を制服のポケットに入れる。

必要なものはあった。


「……見抜いた?」

「考えてみれば簡単なことだった。貴様の目的は、私欲による悪魔の全滅だろう」

「っ!」


 セヴィスは息を呑んだ。

膝が地面についた。


「貴様は自信満々に勝負を仕掛けることによって、私に裏を掻かせようとした。だがそれは無意味。総攻撃の貴様の行動と、『宝石』泥棒フレグランスがもたらしたものを見ていれば、すぐに分かるものだった。

 貴様の行動が全て悪魔を殺すことに繋がっている、と」


 地面についた左手を、クロエの足が踏みつける。

涙は出なかった。


「さて、約束通り私の言うことを聞いてもらおうか」

「……」

「元々貴様から提案したことだろう? それくらいのけじめがないと、クレアラッツのS級祓魔師の器ではないぞ」


 クロエは足を後退させる。

左手の甲に泥がついた。


「……端から俺にけじめなんてなかった」

 と、セヴィスは言った。


「意外とあっさりしているものだな。自身の手を悪に染めるのにはもう慣れたか?」

「……俺は何をすれば」

「まず、伝えなければならないのは、悪魔の頭領『サキュバス』の存在だ」


 サキュバス? と頭に疑問符が浮かんだ。


「この世界の全ての悪魔を生み出しているのは、他でもない、奴だ。そして、全ての悪魔が『宝石』で構成されている様に、奴自身もいくつかの『宝石』で構成されている。貴様も一度は聞いたことがあるだろう。世界中の美術館で保管されている透明な『宝石』、ダイヤモンドの存在を。サキュバスは悪魔の親玉だけあって、他の悪魔とは少し違うのだ」


 ダイヤモンドは、美術館で最も厳重に保管されている『宝石』だ。

他の国の美術館にも一つずつあるそうだが、今まで何も考えなかった。

なぜこれが。


「私の目的は、悪魔たちとの共存だ。もちろんそれには他国の批判は避けられない。だからサキュバスをダイヤモンドで脅し、他国を全てジェノマニア王国のものにする。そしてそれに必要なのが、強い悪魔の『宝石』がたくさん入った『アフター・ヘヴン』だ。だが、肝心のミルフィはこの計画に乗らないかもしれない。だから人工の『アフター・ヘヴン』を人間内に作る実験も行っている。ハミルがその実験台になってくれたがな。

 私は最初から勝つ気だった。貴様をミルフィに会わせたのも、説明の手間を省く為。この目的を見抜かれないようにするのに、シェイムというややこしい足止めを作ったりしたのだ」

「……」

「ここまで言えば分かるな? 貴様の任務は、世界中に散らばるダイヤモンドを盗むことだ。私はずっと探していたのだ。他国に気づかれずに『宝石』を盗み出せる人間を。

 私はこの計画を、『ギルティ・スティール』と呼んでいる」


 そうクロエが言った瞬間だった。

重い引き金の音と共に、銃弾が頬を掠めた。


「あ……」


 ルナが無言で銃弾に貫かれた。

セヴィスは遠くにナインが立っているのを見て、驚愕した。


 弾が切れたらしく、ナインは攻撃を止めた。

その隙に、我を忘れた少年は両親の元へ駆け寄る。


「馬鹿……何で! 何で今まで隠してたんだ!」

「露店の、ルナの椅子」


 クインシーは掠れた声で、的外れなことを口にした。

背中合わせで縛られているルナは何も言わない。

既に、事切れていた。

 

「早く、逃げろ。お前なら、イノセント・スティールを成し遂げられる」

「何言って……」

「お前が息子で、本当によかった。今まで騙していて……すまなかった」


 銃弾を補給したナインが、もう一度銃を構える。

クインシーはゆっくりと目を閉じる。


 祓魔師としてできた身体は、ほとんど無意識に生へと動かした。

クインシーが脳天を撃たれる。

セヴィスは本能的に銃弾を避けていた。

あいつにナイフを投げろ、と体に命令する。

だが、体に戦う気力などなかった。


「よくやった、ナイン」

 と、クロエが言う。


 ナインは黙ってその場を去った。

何やってる、あいつを殺せ。

そう言うのは自分自身だ。

そして攻撃できないのも自分だった。


「話が違う! 俺は近づいてない!」

「貴様が近づかなければ殺さない、とは誰も言ってないぞ」

「……このクソ野郎が……!」


 セヴィスは人間の束の前にしゃがみ、住民を縛る全ての縄をナイフで切断した。

その後に両親の縄を切る。

一人一人の名前を思い出しながら心臓の位置に手をあて、脈を計っていく。

既に死んでいた彼らは全く身動きしなかった。


 虫の息なら、蘇生法で生き返るかもしれない。

候補生には最低限の治療法と蘇生法が必ず教え込まれている。

だが、肝心の蘇生法のやり方を知らない。

その授業ですらセヴィスは真面目に聞いていなかったのだ。


 入学したての時、自分の魔力権が電気だと知った一人の教官が言った。

『今のクレアラッツに電気の魔力権を持つ者はいない。心臓が停止した際、電気ショックに使えるから補助に回れ』と。


 それをセヴィスは俺の仕事じゃない、と断った。

セヴィスにとって電気ショックとは悪魔を殺す為のものでしかなかった。


 クロエは黙っている。

それに視線を向けると、クロエは哀れみの目でこちらを見ていた。


「弔う時間くらいはくれてやっても構わ」

「うるさい黙ってろ!」


 クロエの言葉を遮ると、クロエは大きくため息をついた。


「私が黙ったところで何になる? 貴様に何ができる? そうか、名残惜しいか。だが、こやつらは貴様の敵ではなかったのか?」


 確かに、憎んでいた。

何度も食料を奪われた。

でも、彼らがいなければファイトクラブすら行われなかった。

彼らがいなければ、お金を得ることもできなかった。

彼らは、この街で生きる方法を教えてくれたのだ。


「違う、敵じゃない」

「貴様は仲間もいない状況で、こんな貪欲な大人に罵られて楽しかったのか? 貴様は被虐趣味とは正反対だと思っていたが」

「……」

「さあ来い。もちろん礼はする。こんなに幸せな負け犬の末路はないぞ」


 クロエの声が、脳裏に木霊した。

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