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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
七章 案黒の決着
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48 惨劇の兆し

 時刻は午前八時。

モルディオが想定していた、クロエがクレアラッツに到着する時間だ。

この時間に、一両だけの電車は中央クレアラッツ駅に到着した。

電車の分離で怪我を負ったモルディオは到着するまで、電車の客席で横になっていた。


「ごめん。未来を見れたら良かったんだけど、僕が力不足だったね」


 電車から降りる際、モルディオはそう言った。

彼の魔力権に頼るわけにはいかない。

それに、どこか未来を知りたくないという願望があった。


「走れるか?」


 駅からルキアビッツの入り口がある河川敷は近い。

聞いていたかどうかは分からないが、そのことは予め電車の中で伝えておいた。


「大丈夫、電車でたっぷり休ませてもらったから」

「これから悪魔が来たら、全部俺が相手する。これ以上戦ったら」

「僕は死なないよ。死ぬような未来が見えたら、事前に回避するから」

 と答えて、モルディオは先に駅を出る。


 イヤーフックがあった為、切符は必要なかった。


「急ごう」


 駅前の階段を飛び降りて、二人は走り出す。

電車で通学している候補生たちが、奇異な目でこちらを見ている。

これを見て、セヴィスはクロエが通行人の多い時間帯を選んだ理由に気づいた。


 全ては、ルキアビッツを滅ぼす為。

何の自覚もない人間すらも、障害物に変える。


「おいお前ら!」


 候補生たちが避けて、視界が広がる。

そして前方に立ち塞がる一人の男。

二年A組担任のジャックだ。

候補生の規律を正す為に、この面倒な男が毎朝この場所に立っていることを忘れていた。


「すみませんジャック教官! 後で話します!」


 モルディオは大声で言いながら通り過ぎようとするが、その前にジャックが火の魔力権を発動する。

炎の壁で進路が塞がれた。


「通してください! どうしても行かないといけないんです!」

「駄目だ! セヴィスのみならずお前もサボるなど、許さんぞ!」


 炎の壁の熱さに、思わずモルディオは後退する。


「今そんなこと言ってる場合じゃないんだ! どけ!」

「何だと! 貴様、教官に向かってその口の利き方は何だ!」


 ジャックを除く周囲の人間はこの二人の様子を明らかにおかしいと思っている。

魔力権さえ使えれば、炎の壁は崩せる。

だが、教官に手をあげることは絶対に許されない行為であり、セヴィスもそれを理解している。


「叱るなら後でいくらでも叱れば済む話でしょう! 今は教官の話を聞く時間すら惜しいんです!」

「モルディオ、お前は優秀だと思っていたが……失望したぞ」

 とジャックが言った途端、突然大波が現れて、炎の壁が煙を出して消えた。


「っ?」


 後ろを振り返ると、チェルシーが魔力権で波を作っていた。


「行って! 早く!」

「ありがとう!」


 チェルシーの声を背に二人は走り出す。

怒り狂ったジャックの矛先は、チェルシーに向けられる。


「どうなっているのだ! 洗脳されているのか!」

「教官! あたしはあの二人の目的を知りません! でも、あの二人が同じ目的の為に走るなんて、よっぽどのことだと思います!」


 木刀を握り締めるジャックの腕が緩む。


「もし彼らのやったことが悪いことだったら、あたしを叱ってください」

「いいのか?」

「だってあの焦り様、どう考えてもおかしいと思いませんか? しかも、あの二人がですよ? 絶対何かありますよ」


 ジャックは既に小さくなった二人の後ろ姿を見て、ため息をついた。


「そうだな。セヴィスは何を考えているのかさっぱり分からんが、モルディオは分別があるだろう。後でたっぷり叱るとするか」



 それから河川敷までは、短い道のりだった。

だが、入り口のプレハブハウスの前には人影が立っている。

遠目でシェイムだと分かった。


「……みなさん」


 階段を飛び降りるとすぐに、シェイムはこちらに歩いてきた。

制服や武器である白いバトンに返り血が付着していないことから、彼女は戦闘をしていないことが分かった。


「ミルフィ=レオパルドのことは聞いたよ」


 モルディオは息を切らしながら言った。


「だったら、理解してください。両親は私にミルフィの命を守ることを託して、死んだんです。ミルフィを死なせるわけには、いかないんです」


 赤くなった目から、再び涙が零れた。

その様子を見たモルディオは一度目を閉じ、シェイムの肩を軽く叩いた。


「っ……?」

「キングが死んだ以上、ミルフィの救出は簡単だ。彼女のことは、僕たちが助け出すよ。だから、もうクロエに従うのはやめて」


 シェイムは驚いた様子でモルディオを見つめている。


「この先に館長がいるのはもう分かってるよ。君は、後で助かる命よりも今消えそうな命を見捨てるつもり?」

「私だって! ルキアビッツの人を助けたい! でも……館長がいる限り、ミルフィの命は館長が握ってるんです」

「ここで僕たちが阻止すれば、館長は捕まる。それでクロエ=グレインの時代は終わりだ」


 シェイムは嗚咽しながら、考え込む。

この場は下手に口出ししない方がいいだろう。

そう思ったセヴィスは、他に悪魔がいないかと辺りを見回していた。

橋の下はいつもと変わりないが、プレハブハウスの伝線したカーテンの先はどうなっているのだろう。


「みなさんに、任せて、いいですか」

 と、シェイムは決意した表情で答えを出した。


 すると、

「ぐぁああああっ!」


 カーテンの向こうから男の悲鳴が聞こえた。

それが合図だったのか、橋の上からたくさんの悪魔が飛び降りてきた。

その数は多く、短い間に囲まれてしまった。


「次から次へと……」

「君は行って。ここは僕とシェイムで食い止める」


 モルディオは細剣を構える。

シェイムも涙を拭ってバトンを持ち変える。


「でも」

「迷う必要なんてないよ。ルキアビッツは君の故郷、そうだよね?」

「……悪い」


 そう言って、セヴィスはこの場をモルディオとシェイムに任せた。


 カーテンを開けると、いつも向けられる銃口はなく、門番のクインシーすらいなかった。

嫌な予感だけが頭を過ぎる。

入り口の穴から下を覗いてみるが、いつもと変わらぬ景色が広がっているだけでクロエの気配はなかった。


 もはや躊躇っている暇はない。

穴から下に降りて、周囲を警戒する。

前に進むと自分の足音だけが響く。おぞましい程に静かだった。


 左に曲がると、ルナのいない露店があった。


 そこで、

「うっ!」

 男のえずいた声だけが聞こえた。


 その声のした方向は、細い路地。

かつてファイトクラブが催されていた場所だ。


「クロエ……」


 路地で曲がってすぐに、セヴィスは声をあげた。

その場に広がっていたのは、目を疑いたくなる光景だった。

縄で縛られたルキアビッツの住民たち。

その中には死んでいる者もいる。

そして生きているわずかな人間をクロエが痛々しい方法で拷問していた。



 悪魔の数は教会の時以上に多い。

数分戦っただけで、芝生は血で赤く染まっていた。

多数の傷を抱えていたモルディオは体力の限界がきているらしく、いつもの余裕は微塵も見られなかった。

それでも片方の膝をついたまま、悪魔を斬り捨てている。

何が先輩をそこまで動かしているのだろう。

祓魔師としての正義感なのだろうか。

いずれにせよ、先輩のクロエに対する執念は追随を許さないものだった。

この人はよくこの状態でここまで戦えた、と健闘を称えられるべきだ。


 シェイムは多くの悪魔を同時に相手しているが、それもかなり無謀だった。

ここは河川敷に降りないと見えない場所なので、他の祓魔師は加勢に来ない。


「悪いなぁ、先に行かせてもらうぜ」


 悪魔がプレハブハウスに入ろうとする。

その背中に向けてモルディオは細剣を投げる。

悪魔は倒れたが、これもまたシェイムから見れば後先を一切考えない行動だった。


 丸腰になった彼に、別の悪魔が迫る。

それを見つけたシェイムは、大声で叫ぶ。


「危ないっ!」


 シェイムは自分の傷を顧みず、魔力権を乱発しながら悪魔の群れに突っ込んだ。

すると、彼女の前に突然一つの影が現れた。


 影は一瞬のうちにモルディオの周囲の悪魔を蹴散らし、シェイムの前に立った。

その影の正体は、制服姿の男だった。


「……ハミル」


 モルディオがその影の名を呼んだ。

シェイムは驚き、一瞬風の魔力権を解除した。


「おいランド!」


 ハミルは上を向いて、クラスメートの名を呼ぶ。

それに応えるかのように一人の大男が遅れてやってくる。

同じ二年A組のランド=パズノンだ。

 

「は、ハミル、速いんだな」


 ランドは激しく息を切らしながら言う。

自分のやることは分かっているらしく、彼はすぐモルディオのところに駆けつけた。


「すっすごい傷なんだな! 早く手当てするんだな」


 ランドは魔力権を発動する。

浅い傷は全て消え、深い傷は浅くなった。

治癒の魔力権だ。


「やっぱりな、ランドを呼んできてよかったぜ」

 ハミルは迫る悪魔を倒しながら、少し嬉しそうに言った。

我に返ったシェイムは魔力権で援護をする。


「ったく、無茶しすぎなんだよ。お前重傷じゃねえか。死んだらどうすんだよ」

「君が来ること、分かってたから。どうしてここに君が来たのかは知らないけど」


 モルディオは細剣を拾って苦笑した。


「それは後で話す! とにかくお前は無理しすぎだ! どんだけ気絶したら気が済むんだよ! セヴィスといいてめえといい、何でも一人で片付けようとしやがって!」

「……悪かったね」

「まあ、トーナメント前のあの時、お前が未来読まなかったら、おれが死んでたんだからな! 借りは返したぜ!」


 それからここにいた悪魔が全滅するまでは、本当にわずかな時間だった。

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