47 分離作戦、終結
壁の崩壊とほぼ同時にセヴィスはナイフを投げる。
電流が迸り、大剣を持っていた悪魔は事切れた。
「ひっ」
あまりにも一瞬の出来事だった。
扉が壊れた、と判断した女の悲鳴が後で聞こえた。
一両目にいる悪魔の数は十にも満たない。
モルディオが誘き寄せた結果だろうか。
その証拠に、悪魔はこの場にセヴィスがいたことに戸惑っている。
「くそぉっ……」
魔力権を使っている、確実に悪魔と分かる者から先に仕留める。
だがそれは必要なさそうだ。
見た限り一般客はいない。
自分たちは、クロエの仕掛けた罠に引っ掛かったのだ。
それでもクロエの罠は自分たちの足止め、つまり電車が止まることを前提としているはず。
電車がそのまま動いていれば、そして自分たちが死ななければ、間に合う。
今はそう信じるしかない。
この場に銃を持つ悪魔が一人しかいなかったことが幸いだ。
この電車は狭く、避けると運転席に当たるからだ。
今はそれを逆に利用している。
相手は狭すぎてナイフを避けられない。
電車内での戦闘はすぐに終わった。
それを確かめると、セヴィスは女を見る。
女はただわなわなと震えていた。
「どうして? どうしてこんなことになってるの?」
女は頭を抱えようとして、やめる。
手に返り血がついていたからだろう。
「何の罪もない人間を巻き込んだのは、祓魔師の責任……です」
この事態を巻き起こした原因には、クロエは当然、自分も含まれている。
そう言いたかったのだが、女にとって多量の返り血を浴びた男の言葉など恐怖でしかなかった。
「なんだ、敬語喋れるんだ」
と、女は呆れた口調で言った。
「普段敬語すら喋らないから、てっきり悪魔を殺すのを楽しんでるだけなのかと思ってたよ。あんたは、いつもそうやって市民を守ってくれるんだね。
あたしは祓魔師の内情なんて知らないけど、あんたが助けてくれたのは事実。ありがとう」
「……」
「モルディオはどうしたの? 仲間でしょ? 助けてあげて。あたしは大丈夫。ちゃんとあんたたちをクレアラッツまで送り届けるから」
女の震えはだんだんとおさまっていた。
もう戦いが終わったと思っているらしい。
一両目の向こうにある扉は閉まっている。
その先の様子はよく分からない。
セヴィスは足元に落ちている『宝石』を避けながら、二両目に向かう。
ところが、その心配は無用だった。
「あ」
目の前で扉が開いて、モルディオが入ってきた。
「分離作戦は、成功したよ」
そう言って、モルディオは怪我をした手で扉を閉める。
モルディオの後ろにあった二両目が遠ざかっていく。
そして何人もの悪魔が線路の上に落ちる。
「ちょっと、きつかったかな」
モルディオは剣を鞘に納めて、一度怪我に視線を移して、客席に座る。
それを見ると、無傷の自分との苦労の差が滲み出ていた。
太陽のない世界、『アフター・ヘヴン』。
世間はまだ午前であるにも関わらず、ミルフィの姿はここにあった。
「おかえりなさい」
最初会った時よりも柔らかい物腰で、ロザリアは出迎えた。
「話したいことがあって昼寝してきた」
そう言って、ミルフィは座り込む。
「ごめんなさい、どうしても彼に伝えたいことがあったの。あなたの身体を乗っ取ろうとしたことは謝らせて」
「そんなの後でいくらでも伝えるから。あたしが聞きたいのはそういう意味じゃなくてさ、セヴィスのことだよ」
ロザリアは首を傾げて、ミルフィの隣に座る。
「あたし、あいつを信じていいのかな」
「私は信じたわ」
と、ロザリアは即答した。
「けど、彼は善人ではないわ。それだけは確かよ」
今度はミルフィが首を傾げる。
「あなたの会話は、あなたの身体を通して聞こえたわ。今、キングという祓魔師が殺されて悪魔たちは混乱している。だからあなたは脱走しようか考えている。でもセヴィスの言葉が気になって、脱出できないのよね」
ミルフィは黙って頷く。
ロザリアはミルフィの考えていることを全て見透かしていた。
「私だったら、待つわ。何が起こるのか分からない未来に自由を委ねるよりも、自分が今一番知りたいことを教えてくれて、脱走を手伝ってくれる彼に任せた方が、明るいでしょう?」
と言って、ロザリアは微笑を浮かべた。
「でもあいつの言ってることが真実かどうかは分からないよ」
「信じるか信じないかは、あなた次第よ」
「……そういえば、あの時一緒にいた祓魔師って分かる? モルディオとか言ってたっけ」
「A級だし、かなりの実力者だと思うわ。私が知った時は怪我をしていたから、よく知らないけど」
あの小柄な男、A級だったのか。
ミルフィはあの時攻撃しなくてよかった、と安堵した。
「……で、伝えたいことって何?」
そう言うと、ロザリアはわざわざミルフィに近づいて、耳打ちで伝えてきた。
聞いている間、ミルフィは黙っていた。
「分かったよ、次に会ったら伝えておくから」
「ありがとう」
ロザリアに言われたことは、あまりにも自分の予想とはかけ離れていた。
何故、あの男からそんなことを考えられるのだろう。
考え込むうちに、ミルフィの意識は現実に引き戻されていった。
館長室を包んでいた沈黙は、拳銃を下ろしたウィンズによって終わった。
「貴様は、クロエによって千里眼の魔力権を得たのだろう? ならば、今クロエやセヴィスが何をしているか分かるはずだ」
ハミルは言われるままに魔力権を発動する。
その間、ウィンズはナインに機関銃を下ろさせた。
「二人とも、クレアラッツに向かってる……? モルディオもいる……」
見えた内容を、ハミルはそのまま口にした。
「これで分かっただろう。今、数人の祓魔師の間で何が起こっているか」
「……対立」
「そうだ。そしてこの真相を知る権利は、この対立に僕が関わっているとまで知ることができた貴様にもある。
どうする? 知りたいのなら、このまま何もせず見届けろ。知りたくないのなら、口封じに死んでもらうことになる。仮にも貴様はクロエ側の人間だからな」
ウィンズは試すように尋ねる。
つまり、邪魔をしたら殺される。
でも、知りたい。
「……分かりました」
この返答を聞いて、ウィンズは鼻で笑った。
そして、ナインと共に部屋を去った。
「くそぉっ!」
ハミルは地面を殴りつけた。
「何で、何もしないんだよ!」
罵倒する相手は、自分だ。
折角ここまで来たのに。
命を捨てる覚悟が、できていなかった。
「止めないと……」
しかし、足がすくんで動けない。
ハミルはもう一度魔力権を発動し、見える世界に専念することにした。




