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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
六章 再界の渇望
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番外編 新入りアルバイト・セビッツ③

客席に戻ったセヴィスは、外したエプロンを半ば投げてアルジオに渡す。


「えっ」


 アルジオはエプロンを手に二人の祓魔師を交互に見る。


「おいモノマネ野郎、どこ行く気だよ」

 と、男はセヴィスの肩を掴む。


「悪魔を倒す」

「もう冗談はやめてくれ。そんなに好きなら本物のセヴィスでも呼んでくれよ」

「どっちが冗談なんだ? このエセ祓魔師が」


 セヴィスの表情はいつもと同じだが、怒っているのは誰にでも分かったらしい。

辺りが途端に静まって、外から騒音が聞こえてきた。


「何だとてめえ、偽野郎のくせによ」

「俺は偽者じゃない」


 セヴィスはポケットに手を突っ込んで、それを男の手の上に置く。

そして、男が確認する前に店を出る。


「これは……!」


 男の掌には、S型のチャームと『Sevis-Lusketeer』と彫られたネームプレートがあった。

それは紛れも無く、現在のS級のブローチだった。


「なになに?」

 たくさんの客が集まってきたが、男は誰にも見えないように隠した。


「なあ、祓魔師の兄ちゃん、行かねえのか?」

 と、厨房から出てきたシンクが言った。


「……くそっ!」


 男は黙って飛び出す。

後に続いて野次馬が外に出て行こうとしたが、アルジオとマリが制止した。



「ちくしょう!」


 道路に唾を飛ばして、店の前に立っているセヴィスに近づいてネームプレートを返す。


「悪魔の特徴は?」

 と、セヴィスが尋ねてきた。


「女だ。大きめの剣を持っているらしい」

「一つ聞いていいか?」


 男はセヴィスの言葉に少し驚きながらも、頭を掻く。


「何だよ」

「アンタは店でジュースを二つ頼んでたな。武器も持ってなかったところを見たら、誰か待ってたのか?」

「……お前には関係ないだろ」


 男は赤面して、目を逸らす。

逸らした視線の先に、シャツから見え隠れしている腕が見えた。

そして納得する。

この腕は並大抵の人間の腕ではない、と。


 十六歳にしてS級になったことから、彼は兄とはまた違う天才と呼ばれてきた。

でもそれは違う。

こいつは才能に恵まれていたのではなく、自分に合ったものを見つけただけ。


 本当に天才なのは、どちらかと言うと頭脳明晰で戦闘能力も高いモルディオの方だろう。


 それに比べておれはどうだ。

おれは友達のみんなに合わせて槍を選んで、学園外では強くなろうとする努力もしていなかった。


「俺に知られたら困ることか?」

「……ったく、女だよ」

「女?」

「そうか、お前に恋愛感情なんてないんだったな」


 おれは腕を組んで意味もなく挑発する。


「俺はアンタの名前すら知らないけどな」


 セヴィスは挑発を挑発で返した。


「じゃあこの際覚えろ。美術館にも警察にも入れなかった落ちこぼれ、デルタ=マッカートだ。魔力権は氷柱、武器は槍だ。今日は持ってきてないけどな」


 男、デルタは恥ずかしくなって、頭を何度も掻きながら自己紹介をした。

その様子を見つめるセヴィスの表情は、やはり無だった。


 よくこんな奴と仲良くしようと思うよなぁ。

そう思ったらハミルの凄さがよく分かる。


「デルタ=マッカート?」

 と、セヴィスは目を細める。


「何だよ、何かおかしいのかよ」

「変な名前だな」


 いやいや、とデルタは首を振る。


「あのな、祓魔師一名前が言いにくいお前に言われたくねえっ!」

「……冗談だ。あと」

「あ?」

「俺より名前言いにくい奴っていないのか?」

「そんな余裕あんのかよおい!」


 デルタの声が静まった大通りに響いた。

それからしばらくして、セヴィスは無言で薙刀のボタンを押す。


「うぉっ」


 突然伸びてきた水色の刃に、デルタは思わず後退する。


 こう見ると、セヴィスに薙刀は合っていない。

体が細いからか、元々近接戦闘型の人間ではないことがよく分かる。

歴代のS級で遠距離戦闘型は、彼が初だ。


「お前、薙刀使えたのか?」

「槍が使えるなら使えるだろ」 

「えっ、え?」


 突きつけられた薙刀を手に、デルタは戸惑う。

二メートル以上あるこの薙刀は、かなり重い。


「で、悪魔はどこなんだ?」


 セヴィスは辺りを見回して、女の悪魔を探す。

デルタも一緒に探すが、人影すら見当たらない。


「バリケードの中にいるのは確かだって聞いたぜ。今はこの通りにいないのかもな」

「女なら……っ!?」

 と、セヴィスの言葉が不自然に切れた。


 その直後、向かいのビルの屋上から、女が飛び降りてきた。

デルタは思わず腕で顔を覆う。


「許さないわ。あなたは悪魔の敵」


 女は、低い声で言った。

その姿を見て、デルタは一瞬我を忘れた。


「悪魔か」


 冷静にナイフを手に取るセヴィスは、この悪魔を殺す気だ。

デルタはとっさに彼の前に立ちはだかる。

その様子に、背後と正面から驚きが感じられた。


「……デルタ。あなたが私の兄弟を殺したのよ」


 女は、細い目つきでデルタを睨む。


「どういうことだ、アンタの知り合いか?」

 と後ろから疑問の声が突き刺さる。


 デルタはそれをほとんど無視して、震える足で女に歩み寄る。


「何でだよ」


 デルタはこの女を知っていた。


 だが、

「お前が悪魔なんて聞いてないぞ! メイア!」

 彼女、メイアが悪魔ということを知らなかった。


「なあ、今日デートしようって言ったの、お前だよな? 何でだよ」

「……そんなの決まってるわ、仇を討つ為よ」


 返答は冷たいものだった。

同時に、デルタは数少ない自分が殺した悪魔の中から、二人の悪魔を思い出した。


「本来はあなただけ殺す予定だったけど、まさかこの場にS級が来るとは思わなかった」


 S級が目の前にいても、メイアから殺気が消える気配はない。

それどころか、増していた。

当然悪魔を前にしたS級はメイアを殺そうとする。

だが、デルタはそれを腕で制止した。


「止めてくれ! これはおれとメイアの問題だ!」

「確かに俺はよく知らないけどな、どう考えてもアンタが騙されたようにしか見えないし、それに仇を狙う悪魔に襲われることは」

「普通だろうな! お前みたいな残虐なS級は、全悪魔の仇だもんな!」

「俺だけじゃない、祓魔師そのものが悪魔の仇だろ」


 もめている間に、メイアは背中の鞘から大剣を抜いた。


「くそっ!」


 無言で振り下ろされた大剣を、デルタは薙刀で受け止める。

その間にセヴィスは後ろに少し飛んで距離をとる。

すぐにナイフを投げてこないところを見ると、自分の様子を伺っているのだろう。


「メイア! 今までずっと、おれを殺す為に、おれと一緒にいたってのか!」

「そうよ」


 メイアの視線は、デルタではなくその後ろのセヴィスに向いている。

いつもと武器は違うが、セヴィスの攻撃は刹那の間をものにする。

それに比べるとデルタの攻撃は隙だらけで避けるのも簡単だろう。

それに警戒の対象がS級に向くのは当然のことだ。

それでも、デルタは気に食わなかった。


「じゃあ……おれはお前を殺さないといけない」


 デルタは自分の涙腺が緩むのを感じた。

殺したくない、ただそれだけしか考えていなかった。


「セヴィス、これから先は手を出さないでくれ。お前が手を出していいのは、おれが死んだときだ!」


 そう言って、デルタは雄叫びをあげた。

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