43 優秀な殺人鬼
「武器はどこにあるんだ?」
「もしかしたらキングが持ってるのかも」
ミルフィの部屋から脱出してから、二人は手当たり次第扉を開けていた。
先程キングに捕まった螺旋階段が先に見えているが、これから囲まれるかもしれないということを想定すると、武器なしではいられない。
「また悪魔がいたら、今度こそ無事で済まされないぞ」
たまに、部屋を開けた先に悪魔がいる。
それらは全てセヴィスが相手してきた。
その間にモルディオが部屋を探っている。
先程からそれの繰り返しだ。
ミルフィの部屋から取って来た果物ナイフでかろうじて無傷を保っているが、かなり際どい。
「さっき捕まった時、キングは上から降りてきたよ。だからこの廊下の部屋のどこかにキングがいるはずだ」
モルディオが扉を開けて何もないことを確認する。
この階で、あと残っている扉は一つだ。
そして、その扉だけが不自然に大きい。
「行くよ」
扉に手をかけたモルディオに、緊張感が感じられた。
扉が開く。
「……当たりだ」
モルディオは小声で言った。
彼の後ろから中に入ると、監禁部屋の三倍程の広さを持つ部屋があった。
奥の壁に立て掛けてあるモルディオの剣が見えた。
そしてそれを遮る様に立ち上がる黒い影。
キングだ。
「おやおや、悪い子たちですね」
優しい口調で、キングは笑みを浮かべる。
怒りは隠しきれないのか、目は笑っていない。
「どっちが悪いんですか。それは僕たちのものです。返してください」
「短い間にたいそう大きな口を叩くようになりましたね、モルディオ君」
キングは壁に掛けてあった白い槍を取って、構える。
「君たちのことは拝見しましたよ。戦法も知っています」
キングは余裕そうだ。
それでも白髪や髭を見ると、戦える歳には思えない。
「相手に余裕を見せつけて威嚇する。簡単な心理的攻撃だよ、乗せられないで」
と、モルディオは小声で言った。
「俺が隙を作って、お前が武器を取るんだろ」
「そうだよ、よく分かってるじゃん。でも油断は禁物だよ」
キングとは違い、モルディオは普通の笑顔で答えた。
ここ数時間で、モルディオは随分丸くなったような気がする。
彼の笑顔に、嫌味がないと思ったのは初めてだ。
「君たちは仲が悪いと聞いていましたが、随分仲良くなりましたね」
キングは笑いながら細剣の前に移動する。
あの細剣さえ手に入れれば、後は逃げるだけでいい。
キングは元祓魔師、つまり人間。
殺すわけにはいかない。
おそらくモルディオも同じことを考えているはずだ。
「そこをどけ」
と、駄目押しでセヴィスは言う。
「ここは私の部屋。君が去るのです」
「確かにここはアンタの部屋かもしれない。でもそれはアンタのものじゃないだろ」
セヴィスはキングの後ろにある細剣を指差す。
「何を言っているのですか。これは私の部屋にあるものですから、私のものです」
キングの視線を自分から逸らす為の行為だったが、失敗した。
キングはこちらを警戒しながら、失笑した。
すると、
「あはははっ! 初代S級が泥棒やってるなんて、呆れますね」
突然モルディオが笑い声をあげた。
「……?」
キングの注意が、モルディオの方に向いた。
その隙をセヴィスは見逃さなかった。
「っ!」
投げた果物ナイフは、キングの槍に弾かれた。
元S級だけあって、凄い反射神経だ。
クロエと勝負した時と同じくらいか、それ以上の手ごたえを感じた。
だが驚いている暇はない。
ナイフが弾かれてからすぐに、セヴィスは地面を蹴る。
そして宙に舞った果物ナイフを右手で取る。
「ぬんっ!」
針の様なキングの槍が足元を突こうとする。
刹那の間に足を振り上げて、地面に手をついて着地する。
キングの槍が空を貫いて、二人の間に距離が開いた。
「成る程。遠距離型がS級になれた理由は逃げ足だけではなく、この体術にもありましたか」
モルディオはキングの後ろに回り込む隙を伺っている。
どうにかしてキングをこちらに移動させるか、決定的な隙を作らなければならない。
ワイヤーがあればキングの移動は簡単だが、今あるのはいつ折れるかも分からない果物ナイフだけだ。
「恐ろしい少年ですね。この歳でこんなに残虐なことをしているのですから。もしかして、先代のS級ソディアを殺したのは君ですか?」
「違う」
ソディアを殺したのはシンクだ。
だが、彼女が悪魔に殺されたというのはあくまで警察の推測であり、明らかになっていない。
ここで悪魔だと言ったら、その場にいたことがモルディオにも伝わってしまう。
「では、今のクロエ館長に謀反を企てているのは何故ですか? ソディアが不自然の死を遂げたことも、君が絡んでいるとしか思えないのですが」
キングは自分から何かを聞き出そうとしている。
確かにソディアの死にセヴィスは関わっていたが、それだけではない気がする。
「キングさん、貴方には関係ありませんよ」
と言って、モルディオが無防備でキングの元に近づく。
「関係あるのです」
もしシンクのことを知っているのなら話は別。
しかしこのことをキングに教える義理はない。
キングが槍を振り下ろす。
それを分かっていたかのように、モルディオは刃の付け根を両手で掴んで止めた。
「僕が近づいたら右上八十度から槍を振り下ろす。僕が見た未来通りに動いてくれましたね」
そう言ってモルディオがこちらに視線を向ける。
彼の言っていることはよく分からなかったが、今自分のやるべきことはキングの言葉の意味を考えることではない。
キングが槍を振ってモルディオの手を振り解く。
その間にナイフを投げる。
またしてもキングに弾かれた。
初期の祓魔師はバレットがなく、魔力権なしで悪魔に戦いを挑んでいた。
魔力権に頼らない分、反射神経や運動能力は並大抵ではない。
それでも、最初弾かれた時とは状況が違う。
キングの神経は高速のナイフを止めるのに使われて、モルディオに向ける分は残されていなかった。
「もう一度言います。僕たちの行動は関係ありません」
モルディオは剣を取ると、素早く鞘から抜く。
「なっ」
セヴィスはキングとほとんど同時に驚いた。
モルディオはキングの攻撃を全て読んでかわしていた。
「これから死ぬ人には」
彼の細剣は、躊躇なくキングの身体を斜めに斬った。
キングが膝をつく。
致命傷だった。
「一撃で仕留めるのは無理だったね」
キングの身体からさらに血が吹き出す。
武器を取り返したので、このまま逃げるものだとセヴィスは思っていた。
しかしモルディオは、キングが傷の痛みに顔をしかめているのをまじまじと見つめている。
その口元には、笑みが浮かんでいた。
「さすが元S級、全然苦しまないね。でもそれじゃ面白くないかな」
面白い? と頭の中で聞き返す。
今、どこに面白い要素があった。
すると、モルディオはキングの身体の傷に浅く剣を刺した。
「ぐっ!」
こらえきれなかったのか、キングから声が出た。
一度我慢の壁が決壊してしまえば、後は悶え苦しむだけだ。
何のためにそんなことをするのか、と思ったがモルディオはただその様子を眺めているだけで、特に理由はなさそうだ。
「お前何やってるんだ。殺す気か」
モルディオがさらに剣を刺そうとしたので、セヴィスは腕を掴んで止めた。
理由のない嬲り殺し。
シンクと同じだ。
「止めないでよ。今一番面白いところなのに」
「何が面白いんだ。相手は人間だぞ」
「そんなこと関係ないよ。どうせ悪人なんだから。悪人の苦しむ姿って最高に面白いよね」
「俺も拘束されたことには腹が立ってるけどな、いくら悪人でも殺したら捕まるぞ」
「それって、悪魔ならいいってことだよね」
「死んだらどうするんだ」
「……偽善者」
キングはその場に倒れ伏した。
それを見て、モルディオは肩をすくめた。
「あーあ、終わっちゃった。君が邪魔したから途中見れなかったよ」
「死んだ……?」
「セヴィス、君はこの人が人間だと思ってるから、手を抜いていたんだよね」
と言って、モルディオは細剣を鞘に収める。
「人間じゃないのか?」
「キング=アルマクは人間じゃなかったかもしれない」
下に倒れているキングは、既に意識がないらしい。
何の反応もない。
その心臓にモルディオは剣を突き立てて、止めを刺した。
「言っておくけど、僕がキングに媚びていたのも捕まったのもわざとだ。あの場でキングに立ち向かったら、僕たちが死んでいたんだ」
「それは分かったけどな、人間じゃなかったかもしれないって……」
「これはあくまでも僕の推測だけど……魔力権を得る薬バレットを作るには、協力する悪魔が必要だったと思う。だからキングが悪魔だったかもしれないってこと」
「じゃあ初代S級祓魔師は、悪魔だったってことか?」
「僕以外にも、何人かの人はそう言ってる。証拠はないけど」
モルディオはキングの近くにある木箱から赤いナイフを取り出して、セヴィスに手渡す。
「本当は僕の過去よりこれを最初に伝えるべきだったんだけど、確信が持てなかったんだ」
と言って、モルディオは部屋を出て行く。
キングが倒れていた場所を見ると、赤い『宝石』が落ちている。
それを見て、セヴィスはため息をついた。
キングが悪魔であったかは確実ではなかった。
それなのに、モルディオはあっさりと斬り捨てた。
今思えば、彼は生きる為に、強制的ではあったが何人もの人間を殺してきた。
キングを殺すことに躊躇がないのは当然だ。
彼は同じ犯罪者だが、自分とは違う。
「祓魔師の浅い歴史は悪魔と共にある。館長の目的は、それと密接した関係があると僕は思ってるよ」
そう言って、優秀な殺人鬼は部屋を出た。




