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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
六章 再界の渇望
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42 スラム・クリアランス

「……?」


 ミルフィはきょとんとする。

そんな彼女にセヴィスは言う。


「クロエを止めた後に、俺一人でここに来る」

「あたし、もうあんたに殺意はないんだけど」


 殺しに来ると思ったらしく、ミルフィは睨みつけてきた。


「クロエの計画を阻止したところで自由になれるとは限らないって、さっき言っただろ。あれはこの教会にキングとかいう祓魔師と悪魔がいるからだ」

「それは分かってるよ。でもクロエが失敗すれば、あいつらにも隙ができるはずなんだ」

「できなかったらどうするんだ?」

「それは」

「だから、俺が脱走を手伝う。キング一人の目を欺くのは簡単だ。邪魔な悪魔は全員殺せばいい」


 ミルフィは細めていた目を見開く。


「何で? 何でS級がそこまであたしを助けるんだ? あたしはあんたを殺そうとしたのに」


 ミルフィがそう言ってから少し間を置いて、

「重要な話があるんだ。ロザリアと、その、お前を助けた……男についてだ」

 とセヴィスは言った。


「知ってるの?」


 ここで腕の傷跡を見せるわけにはいかない。

全てを伝えるのは、全てが終わってからだ。


「それまでこの部屋で、大人しく待っててくれないか」

「……うん、分かった」


 ミルフィは納得してくれた。

それ程までに、スラムの少年のことを気にしているのだろう。

だが、ここに人助けとファイトクラブで食ってきたスラムの少年はいない。


 いるのはその少年と同じ顔をした、悪魔殺しで稼いでいる男だ。



 その頃、クレアラッツへ向かう高速道路に黒いリムジンが走っていた。


「どうやら、ミルフィとの接触は成功したようだな。悪魔たちも死んだふりで上手く騙せたと報告があった。私の勝利は確定した」


 クロエはハンドルを片手で操作しながら言った。


「館長、連絡手段が無線しかないって嘘だったんですね」


 助手席に座るシェイムは、どこか納得いかない様子で俯いている。


「貴様がいつ裏切るか分からないからな。だが、教会に入る演技はよかったぞ」

「これで、ミルフィの安全は保障してくれるんですよね」

「当然だろう。貴様には辛い思いをさせたからな」


 クロエの顔は、とても同情する人間の顔ではない。

そのことに、シェイムは薄々気づいていた。


「この際、聞きます。何の為にルキアビッツの人を殺すんですか」

「貴様はバレットとクロノ・ライオットを知っているか?」

「バレットは魔力権を得る為の麻薬。後者は確か、フレグランスが使うと有名な……」

「そうだ。そしてそれを作っている夫妻がルキアビッツにいる」


 ならば何の為にルキアビッツを滅ぼすのだろう。

そう思っても、口にすることはできなかった。

今の質問だけで、心臓が暴れていたからだ。


「ハミルはどうなったのだろうな。奴はあくまで『アフター・へヴン』の実験台だからな。これが成功すれば、計画の成功に大きく前進できる」

 と、クロエは一国の館長とは思えない発言を口にした。


「ハミル先輩は、この計画には関与しないんですよね? それなのにあの手術を施したんですか?」


 シェイムはクロエに怒りの形相を向ける。


「奴が自分から言ったのだ。力が欲しい、とな」

「まさか喧嘩した後の先輩につけ込んだのは、その為ですか!?」

「当たり前だろう。私は奴を実験台として見ている。この実験が成功しようが失敗しようが、奴には何もない」


 クロエは淡々と告げた。


 クロエは、アフター・ヘヴンの実験が失敗してもいいと思っている。

なぜなら、ハミルが死ぬことに何の損もないからだ。

当然シェイムは、これに納得がいかない。


「そんなのおかしいです! ハミル先輩は……」

「セヴィスの幼馴染、か?」


 言いたいことが見透かされている。

シェイムは悟った。

戦闘能力だけでは、自分はこの人に勝てない、と。


「勘違いしているようだな。言っておくが私は、平和の為にこのようなことをしている」

 と、クロエはお門違いなことを言い出した。


「……え?」

「私とセヴィスは、対を為す存在だ。私が望むのはクレアラッツが作られた本来の目的、平等と安寧だ。つまり、世界宣言の完遂」

「世界宣言の、完遂?」


 シェイムはもう一度聞き返す。


「そうだ。私は今平等と安寧の為、悪行を為している」

「でも私は今の館長のやり方に賛同できません。人を殺して、平等なんて矛盾してます」


 シェイムははっきり言った。

それでもクロエは全く動じない。


「それって、偽善者って言うんですよ」

「確かに今のままでは人は私をそう呼ぶ。だが、私の作戦が成功したあかつきには、私の行動は称えられるだろう。そして、気づくだろう」


 クロエの言葉を聞き逃さないように、シェイムは固唾を呑む。

クロエの視線が、一瞬上に向いた。


「偽善者は、私ではなくセヴィスの方だと」


 クロエに見えていないと分かっていながらも、シェイムは小さく首を振った。

それでも攻撃はできなかった。

クロエに攻撃することは裏切りとなり、どうなるかはもう想像がついていたからだ。


 シェイムはミルフィを人質にとられ、この国にやって来た。

親たちの命と引き換えに逃げることができたのだから、ミルフィを助けることが自分の義務、宿命だと思っていた。

だから、彼女の命を握っているクロエに逆らうことはできない。


 彼女は待つことしかできなかった。

憧れの人が、この悪党を倒してスラムを救うことを。

そしてミルフィのことを理解してくれることを。


「奴の目的はもう見当がついている。奴は自信満々に言って、私を焦らせ、細かく考えさせる心理的策略を取っていただけ。奴の言動と行動を考えれば分かる、とても単純なことだった」


 シェイムには、このクロエの言葉が嘘に思えなかった。

同時に、セヴィスがそんな策略を取るような人間にも思えなかった。


 クロエはモルディオとまではいかないが知略を得意とする。

今までS級を独占していたのも、その頭脳があるからだ。


 それと反対に、セヴィスは心理的戦法を取ることはほとんどない。

もし彼が相手の心を読めたなら、チェルシーの起こした停電にも動じずに無傷で勝利を掴んだだろう。

そんな彼がクロエやモルディオに勝てた理由は一つしかない。

相手が考えるより先に、攻撃を繰り出していたからだ。


 これが、今までテレビで予習してきたシェイムの推測だ。

だからこそ誰が正しくて、誰が正しくないのか、頭の中は混乱を続けていた。


 今の状況を考えれば、勝利の神はクロエに顔を向けている。

だが、微笑んでいない。

つまり、勝負はまだ分からない。


 この勝負を左右するのは、セヴィスに味方している知略の天才、モルディオの存在。

クロエに手を貸したナイン。

さらに鍵を握るのはハミルまでも使ったアフター・へヴンと、それを持つミルフィ。

そして未だ手を見せていない希代の秀才、ウィンズ=ラスケティアだ。

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