41 少女の思い出
ならば尚更、彼女に話を聞かないといけない。
このまま闇雲に逃げ道を探すより、そちらの方がいい。
「館長の性格からして、君の代わりを見つけ出すと思うけど。だから君が死んでも何の意味もないよ」
彼女の死にたいという願望を打ち砕くため、モルディオが説得を試みる。
これを打ち砕かなければ、何の情報も得られず時間を無駄にするからだ。
「祓魔師ってことはクロエの手下だろ」
「生きていれば、館長は逮捕される。君も自由になれるよ」
「どういうことだよ」
「僕たちは館長の計画を暴く為に行動している。そしてその為には、君の協力が不可欠だ」
女は首を傾げて、ゆっくりと立ち上がる。
「よく分からないよ。祓魔師にもクロエの敵がいたってこと?」
「そういうことになるかな」
「それなら協力するけど……」
と言って女は暗い桃色の髪を梳く。
単純だね、と言うようにモルディオは口角を上げた。
自由になることを手助けしてくれるのだから疑いたくないのか。
それとも今まで外を知らなかったのだから、外の人間に情報を与えることが何の損にならないからなのか。
どちらにしろ、この女は最初から死ぬ気はなかったらしい。
「まず君について聞かせてくれないかな。名前と年齢、あとシェイムの友人かってことだけ教えて」
「あたしはミルフィ=レオパルド、十八歳。シェイムとは小さい時から仲良くしてた」
「ではミルフィさん、今日はシェイムに会いましたか?」
年上と知った途端、モルディオは敬語を使い始めた。
「いや、会ってない。六年ぐらい前だったかな。あたしはシェイムと一緒にいた時に気を失って、気づいた時にはこの教会で監禁されてたんだ。それ以降は外に出たこともないよ」
「気を失ったって、持病ですか?」
「多分、脱水症状。あの時ずっと走ってたから」
ミルフィは曖昧に答えた。
「それには館長も関わっているんですよね。もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」
「あたしはクロエの計画を知らないんだ。ただ、あたしが必要になる。それだけ」
当てが外れた。
だが、考えてみれば当然だ。
こうしてあっさりミルフィと接触できたことを考えれば、彼女に計画を伝えるわけがない。
それに、ミルフィとの接触が仕組まれていたものなのかもしれない。
「じゃあこれから話すこと、誰にも言わないって約束して」
「約束します」
とモルディオが言うと、ミルフィは一度息を吸った。
「……あたし、変な能力持ってるんだ。『宝石』を食べることができて、夢で『アフター・ヘヴン』ってところに行けて、食べた『宝石』の悪魔と話せるんだ」
「じゃあさっきのロザリアってアンタが食べたのか?」
「うん。たまに食べた悪魔に身体を乗っ取られそうになるんだ」
二人は言葉を失った。
おそらくモルディオはそんな能力があったことに驚いているが、セヴィスはロザリアが彼女の中にいることに驚いていた。
「で、シェイムと家で遊んでたら、突然何十人もの男が入ってきたんだ。あたしの能力を欲してる人がいるって。そしたら親があたしとシェイムを逃がしてくれて、親は奴らに殺された」
「その能力は生まれつきだったってことですね。続きを聞かせてもらえますか」
「家の裏口は地下に繋がってて、分からないまま走り続けたら、ルキアビッツっていうスラム街に着いたんだ」
スラム街と聞いて、モルディオは自分の顔色を伺ってきた。
普通の表情を返したつもりだったが、驚きは隠しきれなかった。
「そこであたしは倒れたんだ。そしたらシェイムが助けを呼んでくれて。スラムの男の子……身長が高かったことしか覚えてないけど、その子があたしに水を直接飲ませてくれたんだ」
モルディオがもう一度自分の顔を見る。
驚愕の二文字が、明らかに表情に出ていただろう。
そんな自分の表情を見て、モルディオもまた口を半開きにしていた。
六年前。
スラム。
二人組の少女。
水。
彼女の逃走が、自分の過去と結びつこうとしている。
「変だろ? あたしはキングに少しのお詫びだって色んな男と付き合わされたけど、全部追い出したんだ。恩人に恩返しをしたいのに自分だけ幸せにあるのは、何か嫌なんだ」
自分の幸せより、助けた男への恩返しか。
このミルフィは、どうしてそんなことを考えられえるのだろう。
自分には到底できそうにない。
ミルフィの話が終わったと思ったのか、モルディオは腕を組んで考え込む。
ミルフィは話の間目を逸らしていた為、二人が驚いていたことも、既にモルディオが話を聞いていないことも気づいていない。
彼女が、六年前の少女。
ほとんど確信はついているが、セヴィスはミルフィに問う。
「その男の顔とか、覚えてないか?」
意味深な問いに、ミルフィは顎に手を当てて思い出そうとする。
「ごめん。どんな顔してたかも覚えてないんだ」
「六年前だから、当然か」
「腕に怪我してたのは覚えてる。あと唇がやわらかくてびっくりした」
「唇?」
「な、なんでもない。覚えてるのはこれだけ」
と言って、ミルフィは紅潮する。
セヴィスは思わず左手を口にあてる。
肉刺ができた手では、感触はほとんど伝わってこなかった。
「彼にもう一回会いたいよ。ちゃんとお礼を言いたい」
「……」
あの時、セヴィスは右腕に怪我をしていた。
これで、彼女が助けた少女だということは紛れもない事実となった。
そしておそらく、包帯を渡した金持ちそうな女の子はシェイムだ。
偶然にしてはできすぎている。
これも、グランフェザーの様な悪魔に左右された運命なのだろうか。
運命なんて信じたくないが、あのタロットカードを思い出すと信じてしまう。
このミルフィとの再会もまた、タロットカードのせいなのだろうか。
あの時、クロエにタロットカードを容易く渡さなければ。
無意味な後悔だった。
今は、そのクロエの阻止が一番の目的だ。
「もっと伺いたいところはたくさんあるのですが、時間がありません。ここから脱出する方法はご存知ですか」
モルディオが気を取り直してミルフィに尋ねる。
「うん。その本棚、動くんだ」
ミルフィは大きな本棚を指差して腰に手をあてた。
「それを知っている貴方が今まで抜け出せなかったということは」
「見張りの悪魔がいるよ。まあS級なら大丈夫だと思うけど」
緊張感が全く感じられない喋り方で、ミルフィは本棚の方へ歩いていく。
その隙に、モルディオは小声でセヴィスに話しかける。
「どう思う?」
「……俺はシェイムの方が気になるけどな」
セヴィスはさりげなく話を逸らした。
「そうだね。僕たちより先に行ったはずなのに、変だね。でも分からないのは仕方ないし。
僕たちの目的は、彼女の救出と館長の阻止だったけど……彼女をルキアビッツに連れて行くのは混乱を招くだけだ。だからと言って別の場所に連れて行く時間もない。彼女はキングさんが一応保護してるみたいだし、救出はその後でも十分間に合う。僕は館長を優先すべきだと思うよ」
モルディオはミルフィを見る。
ミルフィは本棚にあるスイッチを押して、動くのを見届けている。
「お前は何か分かったか?」
「聞いたところ、セヴィスとの共通点はスラムだけ。やっぱり大きな関係があるのはシェイムなのかな」
とモルディオが言った途端、ミルフィがこちらにやって来た。
「共通点がスラムってどういうこと?」
モルディオは時計塔のシェイムと同じ様に、セヴィスの表情を確かめる。
セヴィスは、首を振った。
あのことはモルディオに知られたくない。
「ありがとうございます。館長の目的は、必ず暴いてみせます」
モルディオは不思議に思いながらも、本棚の奥にある薄暗い廊下に向かった。




