40 兵器シスター
このレーザーが仕掛けられている時、セヴィスは変装で警察に紛れ込むか、カイロを投げ込んで騒ぎを起こすというような作戦を取っていた。
別のレーザーを通ったことはあるが、モモン式を正面から突破するのは今回が初めてだ。
後ろを振り返ると、モルディオが早くしろと言うように頷いた。
セヴィスは右手から電気を放出する。
蛍光色のレーザーが斜めに重なっているのが見えた。
それを確認するとすぐに、レーザーの死角を潜り抜ける。
そして再び放電する。
その繰り返しだ。
「ちょっとさ、早くない? 武器はないし、ここは慎重に行かないと」
しつこく文句を言ってくるが、モルディオはちゃんとついて来ている。
「明かりがついてるあの扉に向かってるんだよね? 敵が来たらどうするつもり」
「強行突破だ。それしかない」
「武器がないと勝てないよ」
キングに捕まったこともあって、モルディオは自分への自信を失っているように見える。
それでも自信を失っているのはセヴィスも同じだった。
「武器がないなら素手で勝つしかないだろ。それとも、お前だけ逃げるのか? 俺だって、武器がないとただの喧嘩ぐらいしかできない。自分で言うのも変だと思うけどな、俺はどうしようもない馬鹿だ」
「……え?」
「俺は事件のことを知らなかった。この時点で無能なんだ。俺に頼るのは間違ってる。頭はどう考えてもお前の方が上なんだ。もっと考えろ」
「……君がいなかったら、僕は脱走してもキングに殺されてた」
モルディオが珍しいことを言い出した。
「やめてくれ、いつも偉そうなお前の自信までなくなったら、今までお前に協力してきた意味がなくなるだろ」
二人は、嫌いな相手を頼りにしないといけない自分に腹を立てていた。
同時に、互いを信頼しつつあった。
「とにかく、悪魔が来たらお前も戦え」
扉を前に、セヴィスは立ち止まる。
「分かってるよ。……こんなことで取り乱すなんて、僕は情けないね」
と言って、モルディオは先に扉に手を触れる。
そして鍵が掛かっていることを確かめる。
「どけ」
「鍵を壊す気? どうやって」
扉からモルディオが離れると、セヴィスはドアノブを捻ったまま思い切り扉を蹴る。
鈍い音がして、扉が開いた。
「……」
モルディオは口を開けて唖然としている。
それを気に留めず、セヴィスは部屋に入る。
「誰?」
女の声がした。
すぐにモルディオも部屋に入る。
中には一つの机と椅子、大きな本棚、ベッドとその上に黒いドレスを着た女がいた。
机の上には籠に入った果物と果物ナイフが置いてある。
部屋の造りは先程監禁された部屋と同じだが、絨毯がひいてあるだけで随分雰囲気が違う。
「誰って、君知らないの?」
モルディオは首を傾げる。
確かに変だ。
モルディオ自身も世界的な有名人だが、それどころかほとんど常識であるクレアラッツのS級を知らないのだ。
「知るわけないだろ。あたしが知ってるのはこの教会の人間と」
女の表情が暗くなる。
「セヴィス=ラスケティアだけだ」
「……?」
モルディオは二、三回瞬きをした。
セヴィスもまた、眉をひそめた。
「でさ、勝手に人の部屋に入っておいて名乗らないって、失礼だと思うけど」
女の視線上に、セヴィスが映っていないわけがない。
それを考えているのはモルディオも同じだったらしく、
「君、もしかして盲目? 僕たちが来たこと、足音で聞き分けてるんじゃ……」
と尋ねた。
「何? 外の男って、初対面の女に勝手に盲目とか決め付けるんだ」
「外の男って、変な言い方だね」
モルディオは女に冷笑する。
「あたしはこの教会に監禁されてるんだ。だから教会の人間しか顔は知らない。セヴィスだって、名前しか知らない」
と、女は言った。
それを聞いたモルディオは、すぐにセヴィスを指差した。
「君にも聞きたいことがあるし、教えるよ。僕はA級祓魔師のモルディオ=アスカ。で、この紫髪のデカブツがS級のセヴィスだ」
「っ!」
女は目を見開いた。
そしてすぐにベッドから降りると、机の上の果物ナイフを手に取った。
と思ったら、
「うっ……」
何が起こったのか、女は頭を押さえて倒れこんだ。
「やめろ、ロザリア!」
「ロザリアって、総攻撃の? どうして君が?」
どうしてロザリアが出てくるのだろう、と考える暇はない。
女は抑え込むと殺意がむき出した表情で、唐突に果物ナイフを投げてきた。
女が投げたナイフは、セヴィスが投げたものと比べると半分程の速さだった。
あまりの遅さに驚いた。
一般の女性の力ではこんなものだろうとは思ったが、まさか素手で取れるとは思わなかった。
「うそ」
女はナイフが取られたことに驚愕して、地面に膝から崩れ落ちた。
「俺に何の恨みがあるのかは知らないけどな、そもそも俺とこいつで勝負しようってことが間違ってる」
セヴィスは手で果物ナイフを弄びながら言う。
「この子、多分セヴィスの戦法を知らないんだと思うよ」
呆れた様子で、モルディオが肩をすくめる。
しばらくして、俯いていた女は顔だけをゆっくり上げた。
「殺せ」
低く、どす黒い声で女は言った。
その瞬間、場の空気が一変した。
「殺せって言ってるだろ!」
「あのさ、冗談も程々にしてくれない?」
呆れが苛つきに変わったらしく、モルディオの声色も変わった。
確かに、意味が分からない。
顔も知らなかったのに、自分に恨みを持っている。
セヴィスは女の付近に凶器がないことを確かめると、女に近づく。
「俺は脱出する為の情報が欲しいだけだ。アンタを殺すつもりはない」
言葉を紡ぐだけで、女の美しく整った顔は歪んでいく。
「ふざけんな、あんたさえいなくなれば、あたしは自由になれたかもしれないのに」
「かもしれない、だろ。俺を殺したところで、アンタは自由になれないかもしれない。それに、俺の顔を知らなかった時点で、自由になれなかったと思うけどな」
「あたしが死ねば、クロエの計画はおじゃんだ。あたしもこの兵器みたいなつまらない人生から解放される。だから殺せ」
セヴィスはモルディオと顔を見合わせる。
そして、彼女がシェイムの友人で重要な人間であることを自然に理解した。




