39 教会脱走作戦
「教えてやるよ。ロザリアとセビに戦闘訓練を施したのは俺だ」
「っ嘘だ」
戦意を喪失したらしく、ハミルは拳を下ろした。
「ここまで言えばもう分かるだろ。俺は元々S級だったけどな、奴等の俺に対する扱いに腹が立って、族から抜け出した」
「悪魔のタロットカード……」
もっと驚くという予想は外れ、ハミルはひどく落ち着いていた。
「おっよく知ってるじゃねえか。俺もこの境遇がタロットで決められてたって知ったのは、つい一ヶ月前なんだけどな」
「ロザリアが店長から戦闘訓練を受けたのは納得、します。でも、セヴィスは……」
S級と言う言葉に恐怖感を覚えたのか、ハミルは敬語になった。
「俺があいつと会ったのは、確か五年前。本当に偶然だったんだぜ」
「そのときも、あいつはスラムにいたんですか」
「いや、俺と会った時はクレアラッツに来たばっかりだって言ってたぜ。ウィンズがエルクロス学園に特待生として入って、借金まみれで暮らしてたらしい」
「特待生って……セヴィスがスラムにいたってことは、副館長もいたんですよね。学園はちゃんとした経歴がないと入れないはずです」
「そこは俺もよく分からねえ。ただ、クロエ同様ウィンズには何か秘密がある。ウィンズの謎さえ解けば、セビのことなんて簡単に分かると思うぜ」
ハミルはしばらく考え込んで、顔を上げる。
「話戻しますけど、セヴィスの戦法って店長が考えたんですか」
「あいつはファイトクラブで喧嘩慣れしてた。でもな、てめえと違って正式な格闘術じゃねえから弱かった。だから俺は、あいつが得意だったナイフ投げをそのまま戦闘に応用してみろって言っただけだ」
シンクはナイフ投げが得意な理由を話さなかった。
そのまま泥棒であることも明かしてしまうからだ。
「で、あいつが学園に入った時にウィンズがあの武器を作ったらしいぜ。電気を流せるようにな。鞭として使ってるのは多分セビのアレンジだと思うぜ」
「分かりました」
と言って、ハミルは背を向ける。
「鍵を握ってたのは、セヴィスや館長じゃなかったんだ」
未来を読み終えたモルディオは、黙って立ち上がった。
少しふらついているが、表情には出さない。
「見えた内容を話すよ。まず僕が、そこの通気ダクトがあっさり開くことに気づくんだ。それで先に僕が進んで、出た後の暗い廊下を少し進んだところでサイレンが鳴って捕まった。多分ダクトが開くのはわざとだと思う。目には見えない防犯レーザーがあるみたい」
「防犯レーザーって、モモン式のやつか」
「そんなこと知るわけないじゃん。ただ、黒い球体がたくさんあったのは覚えてるよ」
「じゃあ確実だな」
モルディオは首を傾げる。
どうして、と思っているのだろう。
こんな状況では、セヴィスも焦っていた。
防犯レーザーの機種など、普通は知らないことだと考えていなかった。
「モモン式のレーザーには死角がある。そこを通ればいい」
「通るって言われてもさ、透明なレーザーだよ」
「透明じゃない。あのレーザーは暗闇専用で、明るくすれば肉眼でも見える。だから部屋を明るくすればいい」
「へえ、よく知ってるね」
いつも自信に溢れているモルディオの声にも、あまり余裕は感じられなかった。
「肝心のその方法が思いつかないけどな」
「明るくする方法? 簡単じゃん」
モルディオは呆れた表情で言う。
「君の電気を放電すればいいじゃん」
「そうか」
「ったく、感心した僕が馬鹿だったよ」
モルディオは通気ダクトに手を伸ばす。
身長が低いせいか、かなり背伸びをしている。
両手で網を掴んで上下に揺らすと、予想通りダクトはあっさり開いた。
「僕が先に行ったら、僕が見た未来そのものになるってのは分かってるよね。君が先に行って」
と言って、モルディオは音を立てないように網を置く。
彼の腕を見ると、さりげなく力を抜いて休憩している。
その理由はすぐに分かった。
「俺は行けるけどな……お前はその身長で」
「うるさいよ、デカブツ。今度チビって言ったら斬るよ」
「……誰もチビとか言ってないだろ」
「今言った」
セヴィスの言葉を遮る程、反応が早かった。
どうやら、気にしていたらしい。
「そんなことより、クロエは今どうしてるんだ」
と言って、セヴィスはダクトに入る。
無駄のない円滑な動作に、モルディオは驚きを隠せていない。
ダクトは天井が抉れていて、鉄筋が剥き出しだった。
昔、誰かが同じ方法で脱出したのかもしれない。
そのお陰でダクトは広く、中腰で進める。
「……多分、さっきのリムジンに乗ってる。この近くに駅はあるけど、館長は会議に出席したことになってるから、見つかったら怪しまれる。だから僕たちが去るのをずっと待っていたはずだ」
「じゃあお前はクロエを逃がすと分かっていて、シェイムを追うことにしたのか? それなら最初から俺たちが電車に乗ればよかったんじゃないか」
「僕が館長だったら、僕たちに逃走されないよう、電車には悪魔を大量に仕掛けるけどね」
モルディオの声が途中からダクト内で響いた。
小さな身長のことは考える必要がなかったな、とセヴィスは思った。
「もし教会で僕たちを自由にしたら、先を越される可能性がある。だから、僕たちの唯一の交通手段には絶対手を打っているはずだ。だから僕はシェイムの友人を助けて、その次の電車に乗る手段を取ったんだ。
でも捕まるのは想定外だったよ。とりあえず、ここに来るのにかかった時間は二時間三十分。あと二時間でクレアラッツに戻らないとかなりまずい。ラムツェル駅からクレアラッツ駅まで、汽車で三十分だ」
「今から残り一時間三十分でここを脱出して、駅に着けばいいんだな」
「そういうこと」
ダクトの長さは二十メートル程あった。
出口は暗くて見にくいが、かすかに金属の網が見える。
「分かってると思うけど、その網を地面に落としたらセンサーが反応するよ」
と、モルディオが後ろから口を出す。
「いや、モモン式は体温センサーで反応するから大丈夫だ」
「何でそんなこと知ってるの?」
セヴィスの返答を聞いて、モルディオは唇を尖らせた。
その間に、セヴィスは慣れた手つきで網を外す。
「それに、こんな広いダクトなら地面に置かなくてもいいだろ」
そう言って、セヴィスは網を鉄筋の窪みに置く。
「分かったからさ、早く降りてくれない」
モルディオが不機嫌そうに言うので、少し急ぎ気味で地面に降り立つ。
奥の扉から薄い光が漏れているので、視界は先程よりも良好だ。
モルディオの言った通り、黒い球体がいくつもの扉に張り付いている。
この廊下は監禁用のたくさんの部屋があるらしい。
自分たちがいた部屋の右は行き止まりで、光が漏れる扉があるのは左だ。
目指すのは左の扉だ。




