38 血戦のグラビティ
早朝の河川敷は、大都会のクレアラッツでも人が少ない場所だ。
そんな場所で、一人の祓魔師と悪魔は戦っていた。
互いの持つ情報を手に入れる為に。
「くらえっ!」
繰り出された銀の拳は、金色の髪をすり抜けた。
「ばーか、くらえとか言ったら、攻撃のタイミングが分かっちまうだろ」
余裕げに喋りながら、シンクは容赦なく蹴りを腹に叩き込んだ。
「うっ!」
一瞬ではあったが、ハミルの背中は湿った芝生についていた。
「おいおい、背中をつくってのはトーナメントと同じだぜ? 一応祓魔師のくせに随分間抜けだなー?」
シンクは水溜りにサンダルのまま踏み込んで、ハミルを挑発する。
無論、これはハミルに我を忘れさせる為にやっている。
彼が怒ると何でも口走るというのは、昔のセヴィスもよく腹をたてて言っていた。
シンクはそれを待っている。
「てめえみたいな奴が真の祓魔師? 笑わせんじゃねえよ。そんな実力じゃ、セビどころかモルディオにも勝てねえぜ? あ、ウィンズにも負けるか?」
「うるさい!」
河川敷に着くまでの僅かな間、ハミルは自分の目的の一部を語った。
それは、『真の祓魔師として名を上げる』だ。
どうして一日でこんなに変わってしまったのか、それを聞き出す為にシンクはこんな面倒な勝負をしている。
「おれは真の祓魔師だ! だからセヴィスにも……絶対負けない!」
「真の祓魔師ばっかりうるせえよ。祓魔師なら俺を先に殺すのが野暮ってもんだろ? 今ここで死ぬかもしれねえってのに、ここにいねえセビのこと考えてどうすんだ。俺からは逃げるつもりか? でも真の祓魔師『様』のてめえにそれができんのか?」
シンクは水溜りに入った足で一度地面を蹴った。
茶色の泥水が飛び散って、ハミルの顔に付着した。
「そういえば、ルール忘れてねえよな? 俺の質問に答えろよな」
「誰も守らないなって言ってないだろ! ルールはルールだ。守るよ」
「じゃあ一つ目」
セヴィスが知っていそうなことは聞かないでおこう。
シンクは少しの間考えて、口を開く。
「てめえの目は何でそんな色になったんだ? まさかカラーコンタクトとか言わねえよな」
「……を食べた」
「あ?」
よく聞こえなかったので、シンクはもう片方の足も水溜りに踏み込んだ。
泥水が足の指に入ってきた。
「『宝石』を食べた」
「何言ってんだてめえ。ここ大丈夫か?」
と言って、シンクは自分の頭を指差す。
ハミルの表情はとても嘘をついているようには見えない。
「人間には『宝石』は食えねえ。そもそも『宝石』ってのは悪魔の魂そのものだぞ。悪魔の血にしか反応しねえんだよ。だからてめえら祓魔師は悪魔の血を『バレット』とかいう麻薬にして飲んで、魔力権を得るんだろ」
今シンクが話したのは祓魔師上層部の秘密であり、候補生や下級祓魔師には知られていないことだ。
だが、ハミルはそんなことは気にも留めていない。
「クロエさんは、それを可能にしたんだ。魔力権を二つ得る為に作った、人工の『アフター・ヘヴン』。おれはその実験台になったんだ」
「そのアフター何とかは初めて聞いたな。まっ俺が知ってもどうしようもねえことだろうけどな。で、てめえは誰の『宝石』を食ったんだ」
「質問は一つだって言ったの、店長じゃないか」
「あい分かった」
シンクは今まで隠し持っていた薙刀を突然取り出して、ボタンを押す。
「っ!」
伸びてくる水色の刃に気づいたハミルは、とっさに身体を捻る。
それでも不意の攻撃だったからか、服が敗れて肩に浅い傷がついた。
「てめえなら素手でも勝てそうだけどな。傷つけるならこっちの方が俺の性に合ってる」
「卑怯だ! おれはお前が武器を持ってないという前提で」
「甘えんだよ。これはトーナメントじゃねえ。卑怯もクソもあるか」
ハミルは悔しそうに唇を噛む。
こういうところはレンに似てるな、とシンクは思った。
「ほら、さっさと答えろ」
「……ブレイズ鉱山の悪魔」
と、ハミルは掠れた声で言った。
「何だって?」
シンクは目を開く。
ブレイズ鉱山の悪魔なら、シンクの知っている悪魔だ。
「確か、グランフェザーっていう」
「グランって……てめえ、あんなクソの『宝石』食ったのか!?」
このシンクの態度に何か悟ったらしく、ハミルは落ち着いた様子で立ち上がる。
「今のお前の態度、その悪魔のことよく知ってるって感じだな。やっぱり悪魔だったんだ」
「んなこと、端から分かってるから俺に挑んできたんだろ」
シンクは目を逸らして言った。
それでも警戒は解いていない。
元々シンクは悪魔であることを隠す気はなかった。
ただ、自分の生活に支障が出るから隠していた。
だから、ハミルに気づかれても密告されることさえ防げばいいだけだ。
「グランフェザーっていう悪魔に関してはおれもよく知らない。殺したのはセヴィスだし。知ってるのは、その族の長でほとんど外に出なかったってことだけ」
「じゃあ、俺に質問することなんてねえんじゃねえの?」
「お前がグランフェザー率いる族の一員だったってことはよく分かったよ。おれが知りたいのは、お前が総攻撃に参加するどころか人間に紛れ込んでいた理由と、セヴィスとの関係だ!」
ハミルは拳を繰り出す。
シンクは後ろに後退してかわす。
「ならセビにでも聞けよ」
拳を避けながらシンクは薙刀を収縮させる。ハミルは拳で空を切り続けている。
「お前が言えよ! お前とあいつの接点が分からないんだ!」
そうハミルが叫んだ時だった。
「……っ?」
シンクは自分の身体が重くなったのを感じた。
それはもはや自分のものではない程重く、シンクは思わず尻餅をついた。
一瞬ではあったが背中もついた。
その隙に拳が頬を掠め、わずかな血が流れ出た。
周囲の重力を任意に操作する。
これがハミルの魔力権だ。
「なんだよ、てめえ、魔力権使えるじゃねえか」
と言って、シンクは頬の血を舌で舐めた。
重力を操るのは、セヴィスやチェルシーの魔力権と比べるととてつもないものだ。
今までハミルが使うのを拒み続けてきただけあって、モルディオ以上に消耗は激しい。
一度使っただけでハミルは肩を上下させていた。
「約束だ、教えろ」
シンクはだるそうに頭を掻いた。




