番外編 新入りアルバイト・セビッツ②
アルジオとマリの予想は華麗すぎる程に的中した。
開店時刻に来た客が噂を流したらしく、十時であるにも関わらず店には行列ができていた。
「あのっ、本物なんですか!?」
先程から、シンクに同じ様な質問がぶつけられている。
そんな客にシンクは笑顔で答える。
「違う違う、モノマネが得意なセビッツだ」
「名前まで似てる!」
あれだけ恐れられていたS級が、笑いの種にされている。
これからこの客がテレビで本物を見たら思い出し笑いでもするんだろうな、とシンクは一人予想していた。
「セビッツ君、お客様が呼んでますよ」
「もういい加減にやめてくれ」
「あはははっ!」
素を出すと笑われる。
先程からそれの繰り返しだ。
「写真とってよ! ブログに挙げたいし!」
「止めろ、学園の連中に見られる」
「何それ! 実際エルクロス行ってないのに何言ってんの! そこまでなりきるってある意味すごいよ。めっちゃ似てるし」
「……失礼しました。ですが、写真撮影はご遠慮下さい」
開き直ったのか、彼は笑顔で答えた。
こいつの作り笑顔、不気味なんだよな。
シンクはラーメンを茹でている間、そのようなことを考えていた。
そんな穏やかな時間が流れていた時だった。
「何だって!」
一人の男が携帯電話を手に立ち上がった。
この男の胸にはC級のブローチがついている。
先程セヴィスが相手したということは、セヴィスが知らない祓魔師。
つまり美術館勤務ではない祓魔師だ。
「どうしたのですか?」
アルジオが怪訝そうに尋ねる。
「A級悪魔だ。今この店の前の大通りにいる」
今まで明るい雰囲気だった周囲が、驚愕の嵐に包まれた。
A級と聞いて、食事どころではなくなった男が取り乱している。
パニックになる女もいる。
その中で、
「悪魔?」
とセヴィスは当然のように反応した。
「S級のモノマネには関係ないぞ」
この男もまた、騙されている。
だが、この事態ではそれが裏目に出た。
「じゃあ早く討伐に行くのが祓魔師の仕事だろ」
「……」
「武器持ってきてないのか?」
図星だったらしく、男は黙り込んだ。
「なんか、本物のセヴィスに文句言われた感じで、腹立つ」
「……何でそんなに怒ってるんだ?」
「おれは、今日は休みだったんだぞ。それなのに、大通りまで封鎖されたら、逃げ場がないじゃないか」
挙句の果てに、一人で言い訳を始めた。
祓魔師に休みなどない。
いつでも戦える状態でないといけないのは、常識だ。
悪魔のシンクですらそう思っている。
「……シンク」
セヴィスは、少し苛つき気味に厨房にやって来た。
「てめえ、俺に行けとか言うなよ」
と、シンクは小声で言う。
「分かってる。でも」
「まさか、てめえも武器持ってきてねえのか?」
「……家に忘れてきた」
「馬鹿かてめえは。なーにが武器持ってきてないのか? だ」
この場にいるのは武器を忘れる間抜けなS級と、全く戦う気のない問題外のC級。
この国の祓魔師がこんなに情けないのなら、なぜロザリアたちは勝てなかったのだろうとまで思ってしまった。
「しかも通行止めときた。これじゃ家に帰れねえな。で、てめえは暴力で勝つつもりか?」
「A級だと、素手で勝てるか分からない」
「そうだな、てめえは素手だとハミルより弱いもんな。俺だって、素手で戦う方法は一通り教えたつもりだぜ? まっ、てめえには向いてなかったけどな。でも犠牲が出たらまずいんじゃねえのか」
シンクは冷凍庫に寄り掛かって腕を組む。
奥で、アルジオは騒いでいる客とマリを落ち着かせようとしている。
「……まさかバイトでこんな羽目になるなんてな。他の祓魔師は来ねえのか?」
「A級悪魔をC級に任せるってことは人手が足りないんだ。今美術館の連中のほとんどは遠くの悪魔の巣窟に遠征に行ってる。モルディオとチェルシーも確かついて行ったはずだ」
「おい、そんな話知らねえぞ」
シンクはレストランでテレビのニュースには一応目を通している。
だが、美術館の遠征は初耳だった。
有能な祓魔師を全て遠征に送り出すとは、愚かにも程がある。
もしこの前みたいに総攻撃が起こったら、この国の祓魔師はどうなっていただろう。
「当たり前だろ。祓魔師のほとんどが街にいないなんて報道されたら、不安が広がるし、悪魔にとっては好都合だ」
セヴィスは視線を足元に落として言った。
その様子から、行きたいのは山々だが武器は取りに行けないという悔しさが感じられる。
悪魔のせいで彼の家前の通りが自動バリケードで通行止めになってしまったからだ。
「S級がこの国に一人残ってるのは念のための留守番ってか」
「ああ。ハミルも今は鉱山町に討伐に行ってるって聞いた」
「じゃあ何で引き受けたんだよ」
「言っただろ、これは祓魔師にしか伝えられないんだ」
「それで武器忘れるとか笑わせんなよ。俺は遠征よりもっとすごい情報知ってるけどな?」
つまり、今A級を相手できるのはここにいる彼だけなのだ。
シンクは腹をくくって、食器棚に向かう。
「仕方ねえな……」
そう言ってシンクはポケットから収縮された薙刀を取り、棚から黒いケースを取り出した。
黒いケースの中には、食事用のステーキナイフが五十本程入っていた。
「これでいいだろ。ほら、さっさと行って来い」
「これって、店のやつだろ」
と、セヴィスは薙刀と黒いケースを手に謙遜する。
「てめえが薙刀で戦えるか? あ?」
「でも」
「分かったらさっさと行け。ちゃんと新品で返してくれるなら文句は言わねえぜ」
ほとんど無理矢理ナイフの束を押し付けると、シンクは背中を向ける。
人間の前でシンクは戦うわけにはいかない。
だから、せめてもの手助けだった。
「……悪いな」
しばらくして、シンクは振り返る。
彼の口から、ありえない言葉が飛び出した気がした。




