37 新生児の苦悩
「何か脱出するいい案が思いついたらいつでも言って。僕の体力が最低限回復したら、未来を読んでみるから」
「分かった」
「……君は、『新生児誘拐事件』って知ってる?」
「名前だけ聞いたことがあるな」
モルディオの話を聞きながら、セヴィスは脱出の方法を考える。
しかし、扉とダクトしかない部屋では当然分からなかった。
「この事件で、生まれてから一年も経たないうちに、たくさんの子供が無差別に黒スーツの集団に誘拐されたんだ。僕も、誘拐された子供の一人だった」
モルディオは淡々と語り始めた。
セヴィスは通気ダクトに視線を向けたまま黙って聞いている。
「大きな溝の様な施設に連行されて、『バレット』を呑まされるんだ。『バレット』は知ってるよね。今エルクロス学園に入る一年生全員に呑ませている、魔力権を得る為の麻薬だよ」
「じゃあ、新入生は全員麻薬を呑んで入学か。どうりでその薬が厳重に保管してあるわけだ。これで盗まれたりしたら中毒者が出るからな」
「それで、虐待に近い方法で育て上げられるんだ。最強の祓魔師を作る為にね。彼らは一ヶ月に一回子供同士で決闘して、黒スーツの奴らに審議される。それで勝ったら生きて、負けて見込みがなかったら処刑。僕は魔力権に恵まれてたから、負けても殺されなかったんだけどね」
スラム街で飢餓と戦ってきたセヴィスでも、この修行は極限だと思った。
決してシンクが甘かったわけではない。
当時のセヴィスにとって辛かったのは餓えと理不尽な兄の攻撃であり、シンクがしてくれた戦闘訓練は唯一、自分が望んでしてもらったものだったからだ。
「僕が十四歳になった時、千人程いた子どもは三人になってた。その中に、チェルシーもいたんだ」
「チェルシーもか?」
「うん、チェルシーもこの事件の被害者だよ。それで、突然奴らはこう言ったんだ。『お前らの代わりとなるS級が現れた。だからお前らはもう用済みだ。どこへでも行け』ってね。最初は自由になれるって喜んでた。でも後になるにつれて、僕はこれまでの努力が無駄になるのが嫌になって。それに事件の真相を伝えないといけない。だから、両親が考えてくれた名前に変えてエルクロス学園に入ったんだ。それでS級になってやるってね。チェルシーも同じで、元はフラン=エゼルベルトっていう名前だったんだよ」
「……もう一人の生き残りも学園にいるのか?」
「いや、多分祓魔師にもなってないと思うし、僕たちみたいに名前も変えてる。本名はレイラ=ザインローズ。彼女は僕よりも強かったけど、学園には行かないって言ってた。だから彼女が今どこにいて、何をしているのかは知らないんだ」
その時のことを映像にしたかの様に、モルディオは話した。
「どういうことですか!」
モルディオは黒スーツの男に尋ねる。
「あたしたちより強い人が現れたっていうんですか?」
チェルシーはどこか嬉しそうだ。
もう一人、レイラは黙り込んでいる。
「そういうことだ。ベルク、フラン、自由になれるのがそんなに嫌か」
「嬉しいです!」
「……でも、家の場所が分かりません」
チェルシーが歓喜の声をあげる横でレイラが言った。
確かに自由になれるのは嬉しい。
だが、モルディオは気に食わなかった。
「僕たちのこれまでの努力は全部無駄になるんだね」
と、モルディオは小声で言った。
興奮するチェルシーには聞こえていない。
「感謝するなら、ここにいるウィンズ=ラスケティアにしろ。奴が貴様らに代わるS級を仕立てあげたのだ。しかも奴は貴様らの遺伝情報で故郷を調べたらしい。家まで送ってくれるそうだ」
男は隣にいる眼鏡の青年、ウィンズを指差した。
「本当ですか!」
モルディオの不満はこの時だけ吹き飛んだ。
家族に会いたかったのは同じだからだ。
「両親との電話も繋がっている。間違いないだろう」
「これであたし、パパとママのところに帰れるんだね!」
「ウィンズは、僕たちを家まで送ってくれたんだ。あの人のおかげで、僕は自由になった。事件の目的を模索したら殺すっていう脅し付きでね。
このまま学園に入ったら、奴らは僕が模索してるんじゃないかって、真っ先に僕に目をつける。だから僕はあの人を馬鹿みたいに尊敬してるふりをして、奴らに疑われないように振舞ってたんだ」
「……意味が分からない」
決して他人事ではなかったと気づいた途端、セヴィスの視線はダクトから地面に落ちた。
「さっきも言ったけど……僕は見ず知らずのウィンズの弟、つまり君にこれまでの努力が全部消されたと思うと腹が立ったんだ。君みたいなダークホースが突然現れたから、僕とチェルシーは嫉妬したんだ。大して苦労もしてないくせにS級になったんだと思い込んでね」
「悪かったな。苦労もしてないS級で」
「今は違うよ。スラム街ってことは飢えにも苦しめられたんだよね。僕にとって辛かったのは、親に会えないことと、周りの人間が死んでいく審議。僕は審議で負けても、魔力権が珍しいから殺されなかった。だから死ぬなんて思わなかった。僕たちには十分な食料が与えられていたからね。
君がどんな戦闘訓練を受けてきたのかは聞かないよ。僕たちがあっさり切り捨てられるぐらいだから、きっと想像を絶する程なんだよね」
「違う、勝手に同情するな」
モルディオは眉をひそめて顔だけを向ける。
「俺は戦闘訓練を受けさせられたんじゃない。自分から受けたんだ。兄貴は関係ない。あいつは俺に武器の使い方すら教えなかった」
「どういうこと? ウィンズは君をS級にふさわしく育てたって」
「だから意味が分からないんだ。俺はお前と違って、強くならざるを得ない状況にいたわけじゃない」
モルディオは困惑の表情をしている。
自負心に溢れた彼がこんな表情をするのは、滅多にない。
「それってもしかして、ウィンズも嘘をついてるってこと?」
「俺だって、今お前に聞かされた話で混乱してる」
「うーん、何にしてもここを脱出しないと始まらないか。
僕、思ったんだけど、もしあの事件がなかったら、僕とチェルシーは祓魔師にならなかっただろうし、君も違っていたかもしれない。だから本来ならハミルが学園最強だったんだなって。この事実を知ったら、きっと怒り狂うと思うよ。彼は自分で努力して、候補生でB級という名誉を獲得した。僕たちみたいに、努力させられたのとは訳が違う。多分、彼の性格からして自分から努力をしたんだ。楽しみながら強くなったに違いない。だからこそ、真実を知った時の衝撃は誰よりも大きいはずだ」
セヴィスはスラム街のことと同じぐらいハミルのことも考えていた。
だが、彼の変わった理由は一切掴めない。
モルディオは、ハミルの変貌を知っているのだろうか。
いくら未来が読めるとはいえ、セヴィスの嘘をあっさり信じたところを見るとやはり知らないのだろう。
自分がライバルたちと違って楽な境遇にいたという真実を知った。
ハミルが変わった理由はそんなことではないと確信している。
変貌の理由には、必ず俺が関わっている。
分かっているのはそれだけだ。
「じゃあ、未来を読むよ。疲れてるから少ししか見れないけど、必ず脱出するヒントを掴んでみせるよ」




