33 裏切る竜巻
『新生児誘拐事件』。
どこかで見た気がする。
セヴィスは事件よりモルディオの正体の方が気になった。
「なるほど。それなら私の思想に反対するのは当然だな」
と言いながらクロエは運転席に戻ろうとする。
それを見たセヴィスはすぐに考えるのを止めて、反射的に赤ナイフを投げる。
「セヴィスさん!?」
シェイムは視線をクロエに向けたまま驚いている。
ナイフが車の近くの木に刺さり、クロエの前に薄いワイヤーが張られていた。
「そんな話を聞いたら、尚更逃がすわけにはいかないな」
「貴様ら……」
と言って、クロエは四本のナイフを抜こうと柄を握る。
魔力権を使おうと思ったが、クロエは手にゴム手袋をしている。
それも、ウィンズが武器発明に使っている高性能のものだ。
「確信犯だな。このまま逃げられると思うなよ」
セヴィスはすぐにワイヤーが伸びた右腕のブレスレットを外して、左手で投げる。
車にワイヤーが巻きついた。
これで少しは足止めになる。
後はタイヤをパンクさせることができればいいのだが、タイヤの位置が低く、ナイフが届きにくい。
それにクロエが邪魔だ。
「貴様等……」
「一人で来るなんて、無用心な人だね」
苛立ちを見せるクロエに、モルディオが剣を振り下ろす。
クロエはとっさに二刀剣を抜いて受け止める。
その隙に、セヴィスは左手でナイフを投げる。
「くっ!」
クロエは伏せてかわす。
さらにモルディオの攻撃が繰り出される。
セヴィス一人でも勝つことができたのだから、絶対に勝てる。
そう確信した時だった。
「っ!?」
どこからか強風が吹いてきた。
モルディオが腕で顔を覆う。
白い風が渦を巻いて竜巻を作っていた。
狭い視界の中、クロエが竜巻の外に抜けて行くのが見えた。
だがモルディオは風が強すぎて見えない位置にいる。
どうやらこの竜巻は三角に並んでいた三人の中心ではなく、モルディオの方に偏って吹いているらしい。
クロエが抜け出せるなら、自分も抜け出せるはず。
そう思ったセヴィスは後ろを向き、竜巻の外側に向けて思い切り地面を蹴って低く飛んだ。
いくつもの石が顔を出している土に手をついて前転すると、少し目眩がしたが竜巻から抜け出せた。
先程モルディオの後ろにいたのはシェイムだ。
立ち上がって斜め後ろに身体を向けると、案の定シェイムが手から風を生み出していた。
風の影響で、投げたナイフが回収されていない。
その証拠に、左腕のブレスレットが引っ張られている。
ナイフは上の方で渦を巻いているので、モルディオを傷つける心配はない。
「やっぱりお前か」
シェイムは強風の音でセヴィスが竜巻を抜け出したことに気づいていない。
だが彼女は足技を得意と聞いている。
ましてナイフを持たないセヴィスが接近しても、おそらく止められないだろう。
接近しない姑息な攻撃がセヴィスの戦法そのものだからだ。
周囲に投げられそうなものを探す。
石は埋まっていて使い物にならない。
すぐに道路沿いで鉄製の柵が一定間隔で刺さっているのを見つけた。
ナイフよりも重そうだが、これなら電気も通る。
セヴィスが片手でそれを抜くと、土と泥が飛び散った。
人の家の庭に刺さっていたものだが、今更抵抗はない。
すぐに魔力権を使って、シェイムに投げつけた。
庭を囲むだけの柵が、セヴィスが投げることによって凶器と化した。
「うっ!」
シェイムは意表を突かれたらしく、反応が少し遅れた。
柵は直接刺さらなかったが、彼女の腕を少し掠めた。
しかし、ブレスレットがない右手で投げては、当たっても痺れるだけだった。
普段のナイフなら気絶させることができたかもしれないということを考えると、好機を逃した様な気がした。
「どうやって竜巻から……」
とシェイムが言うと同時に、竜巻がおさまった。
そのシェイムの五十メートル程先で、柵が落ちた。
ナイフが戻って来た。
「やっぱり、君は館長の味方か」
モルディオは落ちついた様子で言った。
いつも整っている髪型がひどく乱れている。
「……すみません」
シェイムは小さく頭を下げて謝る。
モルディオはシェイムに腹を立てているらしく、腕を組んで睨んでいる。
その間に、セヴィスはクロエの様子を確かめようと車に目を向ける。
だがそこにクロエの姿はなかった。
「謝ったって許さないよ。僕さ、今すぐ君を殺したいくらい怒ってるんだけど」
「すみません」
シェイムは深く頭を下げた。
今はシェイムを責めている場合ではない。
「そんなことより見てみろ、クロエがいない」
と、セヴィスは言う。
「えっ?」
モルディオは驚いて辺りを見回す。
だが、クロエの姿はどこにも見当たらない。
あの短時間の間に、クロエの車も消えてしまった。
その隙に、シェイムが教会の方に走り出した。
足が速いせいか、すぐに見えなくなった。
「ちょっと」
モルディオは止めるというよりも苛立ち気味に言い、シェイムに向けて舌打ちした。
「シェイムは教会に行けば追いつけそうだな。クロエはどこに行ったのか分からない。どうするんだ?」
セヴィスはモルディオの意見を聞く。
実際、どうすればいいのか分からなかったからだ。
クロエが街を滅ぼすというのは確かな事実。
しかし、それ以外の情報――クロエが滅ぼすのが今日だということはシェイムから得た情報だ。
モルディオも未来で滅ぼすとは言っていたが、魔力権が立証されない以上、簡単に信じられるものではない。
だがもし、教会に捕えられているシェイムの友人がクロエの目的に関する重要な人物なら、クロエの目的を見抜くことができるかもしれない。
これも真実かどうか分からないのだが。
クロエの目的さえ見抜けば、これからの行動が先読みできる。
つまり勝負は勝ちだ。
この賭けは全て、存在するかも分からないシェイムの友人に掛かっている。
疑心暗鬼となった今。
セヴィスには誰を敵と見なし、誰を信じればいいのか分からなかった。
ハミルは今何をしているのだろう。
抹殺計画が明らかになったクロエも何か手を打ってくるはずだ。
シェイムも何を考えているのかさっぱり分からない。
今一番味方に近いのは、ここにいるモルディオのような気がする。
余程のことがない限りは彼と協力した方がよさそうだが、彼にもいくつか謎がある。
「このまま館長を追うのは無謀だよ。どこに行ったのかも分からないし」
と、モルディオは告げた。
クロエを追わないとなると、残された道は教会に行ってシェイムの友人を助けることだけだ。
「多分、シェイムの友人が鍵を握ってる。館長とシェイムの目的のね。
あと、本当にシェイムは裏切ったのかな。もしかしたらだけど……館長を傷つけたらその友達がどうなるか分からないから、シェイムは僕たちを止めたのかもしれない」
「お前、さっき未来予知の魔力権を持ってるって言ったな。それは本当か?」
「本当だよ。館長が今日中に滅ぼす未来が見えたのも事実」
セヴィスは手を前に出し、何の前触れもなく放電した。
青白い閃光を見て、モルディオはとっさに後退した。
「無効化じゃないのは間違いないな」
「そんなことしてる場合?」
「いや、お前の魔力権が本物なら、今は未来を読めないのかって思っただけだ」
「もう一回魔力権を使えってこと? 僕の魔力権は消耗が大きいし集中しないといけないから、後にしてくれない」
「あと、何で本名と魔力権を隠してたんだ? 何かあったのか?」
と聞くと、モルディオはため息をついた。
「今度は僕の過去を知りたいわけ?」
「シェイムみたいにお前も何かありそうだからな」
「あんなのと一緒にしないでくれる。少なくとも僕が館長の目的を暴きたいのは本当だ。今はそれだけしか言えないけど、君を裏切らないことは約束するよ。僕に関しても……後で余裕ができたら話すから」
「で、俺はこれからベルクって呼べばいいのか」
セヴィスは少し緩んだ表情で言った。
「君ってさ、緊迫した雰囲気になると変に余裕だよね。今まで通りモルディオでいいから、早くナイフを回収して。シェイムを追おう」




