32 未来を見通す少年
ポケットに入れていた携帯電話のバイブが鳴った。
これを聞くと、ロザリアとの逃走劇を思い出す。
『新着メール』という文字を押すと、『モズディオ』と表示された。
ここで初めてセヴィスは電話帳の誤字に気づいた。
今まで一度も連絡することがなかったので、一年生の時からそのまま登録されていたのだ。
昔の自分がどういう打ち方をしたのか逆に聞きたくなった。
向かい側のベージュのシートに座るモルディオに目を向けると、携帯電話を手にちらっと視線を向けてきた。
クロエがいるこの場で口に出して話せないことなのだろうか。
そう思って、メールを開く。
『このまま任務に向かうなんて馬鹿なことはしないよね。館長を取り押さえよう』
確かにそれは思った。
だが、もしそれが可能ならシェイムが先に行動を起こしているはずだ。
それができないとシェイムが判断したから、セヴィスはクロエに騙されているふりをしている。
それでも、できないという根拠はどこにもない。
もしシェイムがいなかったら、今すぐにでもクロエを取り押さえただろう。
『やるなら車を降りた後か?』
と返信すると、モルディオがすぐに反応した。
そして高速で指を動かし始める。
『そうだね、でもこの車は頑丈だって有名だから、君は勝手なことしないでくれる』
返事は早かった。
だがモルディオの文面そのものが自分を馬鹿にしている様に見えた。
それだけで、セヴィスはモルディオに返信するのを止めた。
電話帳は悪意で『モズディオ』のままにしておいた。
すると再びバイブが鳴った。
『話したいことがあるんだ。僕の能力とかの話』
『ここで話せないのか』
モルディオの魔力権は無効化だ。
今更聞く必要のない話だ。
モルディオの意図がよく分からなかったので、セヴィスは仕方なく『モズディオ』に返信した。
『今は無理。でも館長がスラムに行く前に言わないといけない』
先程三人でいた時には言わなかった。
つまり、シェイムやクロエがいる場では直接言えないことなのだろう。
だが、今後その余裕がありそうな余地はない。
『仮に失敗したとしても、そんな暇ないだろ』
『どうしても伝えないといけないんだ。君は無知すぎるから』
メールを読んでいる途中で、結局自分を馬鹿にするのか、とセヴィスは頭を掻いた。
そんな長文で焦らすなら、この文で話せば済むことだ。
その続きを読む。
『君は無知すぎるから、今後きっと損をする。だからこれから僕の言うことを聞いてくれる?』
「馬鹿にしてるのか」
と、セヴィスは声に出した。
「どうかしました?」
右側に座るシェイムが首を傾げる。
「……」
しばらく沈黙が訪れる。
モルディオは呆れた表情でため息をついた。
シェイムは無言で中心のテーブルに手を伸ばし、赤い袋で包まれた飴を手に取った。
それを慣れない手つきで抉じ開け、口に運ぶ。
「余裕だね、シェイム」
モルディオは飴の入った容器を見ながら言った。
「そうですか?」
「着いたぞ」
モルディオが言い返す前にクロエが口を開いた。
車が止まる。
クロエの表情は、至って普通だった。
「館長」
モルディオが真っ先に席を立った。
「何だ」
「どうして館長は戦わないんですか」
シェイムが開いた口を華奢な手で押さえる。
今聞くのか、とセヴィスも内心驚いていた。
「私には世界美術館長会議に参加する義務がある」
「見え透いた嘘をつかないで下さい。代理で副館長が行くことになったと、昨日直接ウィンズ様から聞きました」
クロエは無言で運転席を立ち、車を降りる。
その様子を見て慌ててシェイムが降車した。
「セヴィス、館長を取り押さえるから手伝って」
モルディオは一度振り返って、車を降りる。
「もしできなかったらどうするんだ」
「せめて足止めはしよう。逃がしたら終わりだよ」
モルディオはシェイムに聞こえないよう小声で言った。
地面に降り立つと、都会クレアラッツとは正反対の田舎、ラムツェルの景色が広がっていた。
夜明けの日差しが差し込んでいて、周囲には同じ建築様式で造られた民家と山がある。
地面にはコンクリートがなく、液体に近い透明な雪が積もっていて、クロエのリムジンが全く似合わない。
そして降りた反対側に、大きな教会があった。
「貴様こそ嘘をつくな。早く行け、時間がない。今回の悪魔は強いと聞いている」
クロエの態度は明らかに焦っている。
その様子を見て、モルディオは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「僕は館長を軽蔑します。この場に強い悪魔を用意して、邪魔な僕たちを口封じに殺す気なんですね」
「何を言っている!」
と、クロエは大声をあげた。
「何が目的なんですか。僕には魔力権で分かるんですよ。館長がこれから地下で人間を虐殺することがね」
「魔力権って……貴様まさか」
クロエは何かを思い出したらしく、目を見開いている。
話が分からないのか、シェイムはきょとんとしている。
分からないのはセヴィスも同じなのだが。
「未来予知の魔力権……」
「まあ未完全なので読むのに時間が掛かる上、少ししか見れないんですがね。学校では無効化だと偽ってきました」
未来予知の魔力権には昨日の授業で聞き覚えがある。
だがこの魔力権を持つ人間は今いないとジャックが言っていた。
モルディオの言う通り、今まで無効化だと嘘をついてきたのだろう。
「貴様、まさか『新生児誘拐事件』の生き残りか。三人の生き残りに、その魔力権を持つ、危険な子供がいたと聞いている。確か名前はベルク=グラファイス」
「はい。ベルクは僕の本名です」




