31 アフター・ヘヴン
この世界に太陽はない。
周囲には、荒地が広がっている。
足元を見下ろすと褐色の岩肌がむき出しで、地平線はどこまでも続いている。
またこの場所にやって来たのか、とため息をつく。
先を見渡すと、所々に光る石が落ちている。
これはもう飽きる程見た、悪魔の『宝石』だ。
色は様々であるが、特に多いのは赤色。
『宝石』店ではルビーと呼ばれていて、主にフレグランスが盗む『宝石』である。
赤い『宝石』は、たくさんの人を殺したという証だ。
そんな凶悪な悪魔たちの『宝石』が、今この場所にごろごろと転がっている。
この世界に来る時は、いつも寝ている間だ。
だがこれは夢ではない。
この世界が自分の視界に広がる時は、決まっているからだ。
「『宝石』、食べたからなぁ」
今日食べたのは、青色の『宝石』だった。
ルビーとは対照的な存在で、店ではサファイアと呼ばれているものだ。
刺激的なルビーと違って、サファイアは甘い。
嫌いだったので、これは食べたくなかった。
この世界に来たら、食べた『宝石』を見つけないと現実で目覚めることができない。
一生、夢の世界にいないといけない。
「どこにいるのかな」
少し歩くと、目的のものはすぐに見つかった。
酷い時はこの世界中探し回らないといけないのに、今回は楽だった。
今回の悪魔は、黄色の服と茶色のポニーテールが印象的な女だった。
『宝石』を食べた時は男のことが多いのに、今回は女だ。
「……誰?」
自分が近づくと、女は目を覚ました。
そしてすぐに防衛体制を取る。
S級かA級だとすぐに分かった。
「それはこっちの台詞だよ」
と、自分は言った。
「ごめんなさい。でも……私、死んだはずよ。どうして生きているの?」
女は立ち上がって辺りを見回す。
腰に剣の鞘があることから、生前は剣使いだったらしい。
かなりの腕だ、と自分はすぐに分かった。
「あんたは死んだ。あたしはあんたの『宝石』を食った」
「じゃあここはどこなの?」
「アフター・へヴン」
女は首を傾げる。
「そんなところ、初めて聞いたわ」
「当たり前だ。死んだ奴の記憶なんか伝わるわけがないからね。あんたはあたしに食われたから、生きてる奴に意思を伝えることはできるけどね」
女の目つきが悪くなった。
怒りたいのはこちらも同じだ、と自分は思った。
「まず名乗って、それで生前の未練を言ってよ」
「従わないわ。悪魔は無実なのよ」
「悪魔が無実?」
と、自分は肩をすくめた。
「あなたは何者なの。何の目的があるの」
女は拳を握り締めて言った。
「仕方ないな。……あたしはミルフィ=レオパルド。人間だけど『宝石』が食える」
「嘘よ。人間には硬すぎて『宝石』は食べられないのよ」
自己紹介をすると疑う。
ここに来る悪魔の典型的な例だ。
「嘘じゃない。あたしだって、この変な能力のせいで教会に軟禁されてるんだ」
女の表情は変わらない。
もう少し説明した方が良さそうだ。
「食べた『宝石』の悪魔と夢の中で会い、承諾を得ることでそいつの魔力権を手に入れる。それがあたしの能力だ。あんたみたいに肉体があるのは未練がある状態で、『宝石』になってる悪魔は、もう未練がなくなってる状態だ」
「どうりで赤い『宝石』ばかりあるのね。強い魔力権を持っている悪魔の『宝石』は赤であることが多いから。でも、私の魔力権は至って普通よ」
女は冷静に答えた。
物分りの良い悪魔なのだろうか。
それなら自分の目的も分かってくれるだろう。
「そう言われても、食べる『宝石』を選んでるのはあたしじゃないからね。あの野郎はあたしを強くしたいらしいけど、あたしはそれに従いたくない。でもあたしじゃあいつは殺せないから、どうしようもできない」
「……」
「だからあたしの目的は、あいつの邪魔をすること。つまり、セヴィス=ラスケティアを殺すことだ」
と、語気を強めて言った。
大抵の悪魔はセヴィスに恨みを持っている。
これで共感してくれることがほとんどだ。
しかし、今回は違っていた。
「っ!」
女は息を呑んだ。
そして、
「どうして彼を殺すの!」
と罵声をあげた。
変わった悪魔だ、と自分は再び肩をすくめた。
「あいつの目的にはセヴィスの存在が不可欠なんだ」
「それだけで殺すの? 彼は、彼なりの方法で街を守ろうとしているわ。彼によって命を助けられた人もたくさんいる。彼がいなければ、あなただって悪魔に襲われていたかもしれないのよ」
「そうだよ。実際あいつに救われた人間はたくさんいる。でもあたしはあいつの名前を聞く度にもやもやするんだ。こいつがいるから、あたしは自由になれないんだってね」
「だから殺すの? あなたのやり方は間違っているわ」
「説教なんて聞きたくないよ」
そう言って、自分は女を突き飛ばす。女は倒れなかった。
「ほら、さっさと未練を言ってよ。あんたの未練をなくさないと、あんたの魔力権が得られない」
「たった今できたわ。あなたが彼を殺そうとしていることよ。誰の目的か知らないけど……あなたが彼を殺したところで、あなたが自由になれるとは限らないわ」
無性に腹が立ってきた。
この女に。
「おかしいよ、あんた。普通セヴィスを殺すって言ったら悪魔は賛同するはずなんだ」
「私はS級のロザリアよ」
「ロザリアって、総攻撃の……」
ロザリアは、一ヶ月前の総攻撃でセヴィスと戦って敗れたと聞いている。
彼女も、セヴィスによって自由への道を絶たれた。
ならば尚更セヴィスが憎いはずだ。
「どうして、あんたはあいつを庇うんだ」
「答えたくないわ」
女、ロザリアは視線を地面に落とす。
突然、視界が暗くなってきた。
どうやら、もうすぐ夢が覚めるらしい。
目が覚めたら未練を教会の人間に伝えるのがいつもの流れなのだが、今日は伝えようという気がしない。
「彼は、今どうしているのかしら」
最後に聞こえた声が、不可解でしかなかった。




