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INNOCENT STEAL -After HEAVEN-  作者: 豹牙
四章 栄辱の捕飾
32/65

番外編 新入りアルバイト・セビッツ①

本編と続編の間にあたる、総攻撃の後の話です。

直接ストーリーには関係のない話です。

「だから、話題性さえあればいいんですよてんちょ!」

「いらねえよ、そんなもん」


 開店前の『クリムゾン・スター』で、シンクのやる気のない声が木霊した。


「もっと宣伝すればいいんですよ! CM作るとか……」

 と、マリが言う。


「CMを流すには莫大な広告費が掛かりますよ」


 アルジオは呆れた表情で言った。


 総攻撃が終わってから二週間が経った。

今、三人はマリの提案により店の利益を上げる方法を考えていた。

だが、どの案にもシンクのやる気が必要で話は一歩も進んでいない。


「めんどくせーな。今のままでいいじゃねえか」

「店が狭い、席が少ないといった理由で店を改築してほしいという意見がたくさん寄せられています。その為には資金が必要なのです」


 椅子に寄りかかるシンクに、アルジオが説得する。

先ほどから何度も同じことが繰り返されていた。


「お客様の意見が第一です。このままだと潰れますよ」

「この店は美術館の近くにあるから、十分客が来てるだろ。まだまだ安泰」

「そういう甘い考えが」

「あーうるせえ。俺は面倒なことはしたくねえ」


 言葉の遮り合いはいつもシンクの発言で終わる。

いい加減に飽きてきたのか、アルジオはため息をついた。


「あっ!」


 突然、マリが両手を叩いた。


「どうしたんですか、マリ」

「てんちょが何もしなくてもお客さんが集まる方法、思いつきました!」

 と、マリは大声をあげる。


 マリの目は輝いているが、他の二人の目は混沌だ。

マリの言うことに、最初から期待していなかった。


「何だよ」


 頭を掻きながらシンクはマリに視線を向ける。


「有名人を雇うんですよ!」


 マリは自信満々に答えた。

しばらくの間、辺りがしらけた。


「有名人雇ったらそれこそ潰れるだろ」

 と、シンクは言う。


「私もそう思います。誰を呼ぶのかにしても、お金がかかります」


 アルジオは真剣な表情で腕を組んだ。

シンクとアルジオの意見が合うことは滅多にない。

それでも、マリは笑っている。


「この店の常連で世界的に有名な人、いるじゃないですか」

「誰だよ、そんな奴知らねえぞ」

「セヴィスくんですよ!」

「はぁ?」


 シンクは立ち上がって机に手を置く。

その後ろで、アルジオは顎に手をあてて考え事を始めた。


「彼なら、知名度もありますし、店長と話ができますし!」

「何言ってんだ。あいつが働くわけねえだろ」

「……店長。彼を働かせる方法、思いつきました」


***


「俺に働け? そんなことしたら店が潰れるぞ」


 その十五分後。

シンクの反対を押し切って、マリとアルジオは店にセヴィスを連れてきた。


「一日だけでいいんです。もちろんただでとは言いませんよ。当店のハンバーグの無料券十枚でどうですか?」

「無料券……?」


 アルジオはハンバーグでセヴィスを釣るつもりらしい。

シンクは黙って頭を抱える。


 副館長であるウィンズの給料を考えれば、無料券十枚など安いものだ。

ましてセヴィスはS級だ。

いくら十六歳とは言え、悪魔討伐の収入はシンクより多い。


 同時に、シンクはセヴィスが働けるかどうかは問題にしていなかった。

彼の知られざる特技である変装。

その間は、百八十度性格が変わる。

どうしてこの無愛想な少年が笑顔と敬語を簡単に使いこなすのか、逆に知りたい程だ。


「ハンバーグには今後も金を払うから、働くのは勘弁してくれないか」


 案の定、セヴィスは断った。


 確かにセヴィスが働けば話題性があり、客寄せにはなる。

この最凶祓魔師が働く姿も見てみたい。

だがセヴィスを動かすには余程の弱みを握ることが必要だ。

そう思った時、シンクの頭の中でふと良い案が閃いた。


「てめえが働かねえなら、言うぜ」

「何を?」

「フレグランスが誰か」


 セヴィスの表情が動揺に変わった。


「アル、マリ」


 シンクはわざと大声で言う。

アルジオとマリが振り返る。


「おいやめろ」

「怪盗……」

「ああ分かった、働けばいいんだろ」


 やる気のないセヴィスの返答に、アルジオが驚いている。

怪盗フレグランスの正体という弱点は、今後も利用できそうだ。


「かいとう?」


 マリが首を傾げる。


「冷凍庫に入ってる肉を解凍してくれよ」

「はーい、わかりました」

「……卑怯な悪魔だ」


 マリが冷凍庫に向かう横で、セヴィスは文句を吐き捨てた。


「で、俺は何をすればいいんだ? 料理の作り方は知らないぞ」

「じゃあ教えますよ」

「マジかよ」


 シンクは誰よりも早く驚きと呆れが混ざった表情をした。


「これで決まりですね、店長」


 そう言うアルジオの笑顔が、不気味でしかなかった。

この二人は知らないのだ。

セヴィスの料理がどれだけ酷いものかということを。


***


 その次の朝。

クリムゾン・スターの店員には不釣合いな祓魔師が、腰にエプロンをしていた。

白いシャツを着ていても、シンクには返り血で染まるような気がしてならない。


「朝はお客さんが少ないので、オーダーをお願いします。私と店長が料理を作りますので」

「……言っとくけどな、俺は候補生は相手しない。それぐらいいいだろ」

 と言って、セヴィスは髪を縛る。

彼の場合長いのは耳から前だけで、後ろ髪はそこまで長くない。

それなのに後ろ髪を縛っている。


「お前さ、髪縛ったら誰か分からねえぞ」


 長い前髪が横に流してあるだけでも、完全に別人だ。

こんなS級ならまだ明るい印象があって、皆に頼りにされてたかもな、とシンクは思った。


「やっぱり彼に任せて正解でしたね。ここが食品を扱うところだということをちゃんと分かっていますから」


 アルジオはわざとらしくシンクに視線を向ける。


「てんちょ、時間なので店を開けますね!」


 本当に大丈夫なのだろうか。

そんなシンクの心配とは裏腹に、店にはいつもより多くのサラリーマンが入ってきた。

普段なら喜ぶところだが、今日は運が悪かった。

まだ開店時刻なのに、既に十人もの客で埋まってしまった。


「すいません、注文いいですかー?」


 スーツの男が手を挙げている。


「ほら、出番ですよ」

 と、アルジオはセヴィスの背中を押す。


 もしかして、嫌がっていないのか。

少なくとも、渋々歩いていくようには見えなかった。


「お待たせしました、ご注文どうぞ」


 いつもより少し高い声で、S級は言った。


「え、あっマジデウメーゾ三つ」


 青年たちは少し驚いた様子で、注文した。

明らかに戸惑っている。

あまりの変貌にマリとアルジオも絶句している。


「店長、マジデウメーゾ三つ」


 誰だよお前、と思いつつシンクは調理を始める。


「あの店員、S級のセヴィスに似てね?」

「気のせいだって。大体電気ウナギがこの店にいるわけないだろ」

「でもこの店には結構常連って話だけど」


 サラリーマンたちは聞こえよがしに噂をしている。

電気ウナギはチェルシーがつけたあだ名だが、どうやら一般人にまで広まっているらしい。


「やっぱり紫髪じゃバレるな……」

 と、セヴィスは小声で呟いている。


 バレるとかそういう問題なのかよ。

S級が働いてる方が十分おかしいだろ。


 頭の中で考えているうちに、オムライスはすぐに出来た。

それをアルジオが持っていく。


「あのー、彼は……」

 と、青年の一人がアルジオにたずねる。


小さい声でたずねたので、セヴィスには聞こえていない。


 するとアルジオは、

「ああ、彼は今日から私たちの仲間になったんです。特技はS級祓魔師のモノマネで、名前は」 


 辺りが静まる。


「!?」


 セヴィスは驚いて振り返る。


「セビッツ君ですよ」

「何だよそれ!」


 青年たちは吹き出す。

よく見ると、マリも笑っている。

シンクは呆れて頭を掻いた。


「ちょっと待て、そんなこと聞いてない」

 と、セヴィスは地声でアルジオに問い詰める。


「うわっマジで似てる」


 青年たちが腹を抱えて笑っている。


「良かったですね、セビッツ君。モノマネ好評ですよ」

「いや、モノマネじゃなくて」


 この反応を見て、さらに周りが笑いに包まれる。


「その冗談が通用しないところとかすっげえ似てる」


 セヴィスは何も言えなくなった。

こいつ、アルには敵わねえんだな。

シンクは、彼がもっとうろたえるところを見たくなった。


 客はセビッツに夢中で、注文する気はまだなさそうだ。

よし、とシンクは厨房から客席に向かう。


「こいつ面白いんだぜ。何だって、モノマネ極めるのにナイフ投げまでできるからな」

「おい……」


 思った通り、困惑するのはセヴィスだけだった。

客はさらに笑い出して、期待の視線を向ける。


「やらないからな。大体、危険だろ」

「じゃあこの店の近くに悪魔が来たら戦えよな」

「それは祓魔師の本業だから」

「本業だって!」


 客の笑いは止まらなくなった。

セヴィスは呆れた様子で髪を掻き上げる。

もう何を言っても駄目だ、という雰囲気だ。


「もう芸人なれば? それで手から電気出す芸とかやったら絶対ウケるから!」


 偽者だと信じているから、こんなことが言えるのだ。

本物だと分かっていたら、誰もそんなことは口にしない。


「店長、成功しましたね」

 と、アルジオがやって来た。


「俺だって、まさかあいつが引き受けるとは思ってなかったぜ」


 シンクは笑いながら言った。


「私も、こんな特技があるなんて思いませんでした。次は調理をやってもらいましょうか?」

「やめろ。それだけは絶対やらせるな」

「どうしてですか? 作り方を聞いてきたので、私は料理が好きなのかと」

「真逆だ。作らせたらクソマズ。てめえ、トイレから出られなくなるぞ」


 アルジオの顔が引きつった。

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